開封いちばん強烈な表紙カバーの匂いにつつまれ、本をひらくと、目がちかちかするような鮮烈な言葉が飛び込んで来た。二回にわけてあっという間に読み終えた。同じ一連から引く。
焼き捨ててしまひたいほどたよりない僕のからだが夏にぬかずく
彗星に焼き切られたる街ならむ薔薇も芙蓉も咲く新宿は
集ひ来て息の温度をたしかめる少年たちの密やかな群
秋雨は亀裂 真昼の新宿を、やがて日本をへめぐりてゆく
全休符しんと動かぬ五線譜よ かうして九月の街は暮れゆく
いまという時代は、二丁目を中心とした新宿の街に感謝し、そこでやっと解放を得られたひとびとがいるということを、大声にではなく、普通に語り合うことができる。そうして、この街への尽きせぬ賛歌をこのようにささげている歌人がいるということも、現在の日本の文化の成熟の度合を示すものであろう。だから、この歌集の作品は、かつてのようなスキャンダラスなイメージを冠して受け取られるべきものではない。このようにしかあり得ない一人の孤独な青年の愛と苦悩の経験の歌として、詠まれるべきものなのだ。
一首目は、官能の不安な予感にふわふわしながら歩いている作者の気持をみごとに表現している。そうして、どうしても、言うならば「彗星に焼き切られ」たり、「秋雨は亀裂」だったりするほかはないような、はげしい後悔と自責の思いにさいなまれる愛恋に出会ってしまうのも、その若さのゆえである。
現代の後朝(きぬぎぬ)の歌というコンセプトを作って探してみると、次の歌が目に入った。
ぐちやぐちやに絡まつたまま溶けゐつつあらむ 始発を待つ藻屑たち
薄雲のやうにおぼろな約束のことば交はしてひとりで帰る
一首目は朝帰りをしたことがある者には、よくわかる光景だが、二首目の「薄雲のやうにおぼろな約束のことば」という控えめな言い方に注意したい。春日井健との比較を言う人は、解説にも引いてあるような、華々しい劇場型の作品の方に注意を向けようとするだろう。私はそちらの方はそれほど好きでもないので、むしろ静かな淡い抒情をたたえた歌の良さに読者としてよろこびを覚えた。
熟れてなほ青々として芒果はレインボーフラッグとならんでゆれる
※「芒果」に「マンゴー」と振り仮名。
永住者カード涼しき水色の存在感で財布に眠る
身にしみてゆく音どれもゆふやみの似合ふ金管楽器のファ・ソ・ラ
焼き捨ててしまひたいほどたよりない僕のからだが夏にぬかずく
彗星に焼き切られたる街ならむ薔薇も芙蓉も咲く新宿は
集ひ来て息の温度をたしかめる少年たちの密やかな群
秋雨は亀裂 真昼の新宿を、やがて日本をへめぐりてゆく
全休符しんと動かぬ五線譜よ かうして九月の街は暮れゆく
いまという時代は、二丁目を中心とした新宿の街に感謝し、そこでやっと解放を得られたひとびとがいるということを、大声にではなく、普通に語り合うことができる。そうして、この街への尽きせぬ賛歌をこのようにささげている歌人がいるということも、現在の日本の文化の成熟の度合を示すものであろう。だから、この歌集の作品は、かつてのようなスキャンダラスなイメージを冠して受け取られるべきものではない。このようにしかあり得ない一人の孤独な青年の愛と苦悩の経験の歌として、詠まれるべきものなのだ。
一首目は、官能の不安な予感にふわふわしながら歩いている作者の気持をみごとに表現している。そうして、どうしても、言うならば「彗星に焼き切られ」たり、「秋雨は亀裂」だったりするほかはないような、はげしい後悔と自責の思いにさいなまれる愛恋に出会ってしまうのも、その若さのゆえである。
現代の後朝(きぬぎぬ)の歌というコンセプトを作って探してみると、次の歌が目に入った。
ぐちやぐちやに絡まつたまま溶けゐつつあらむ 始発を待つ藻屑たち
薄雲のやうにおぼろな約束のことば交はしてひとりで帰る
一首目は朝帰りをしたことがある者には、よくわかる光景だが、二首目の「薄雲のやうにおぼろな約束のことば」という控えめな言い方に注意したい。春日井健との比較を言う人は、解説にも引いてあるような、華々しい劇場型の作品の方に注意を向けようとするだろう。私はそちらの方はそれほど好きでもないので、むしろ静かな淡い抒情をたたえた歌の良さに読者としてよろこびを覚えた。
熟れてなほ青々として芒果はレインボーフラッグとならんでゆれる
※「芒果」に「マンゴー」と振り仮名。
永住者カード涼しき水色の存在感で財布に眠る
身にしみてゆく音どれもゆふやみの似合ふ金管楽器のファ・ソ・ラ