いつだったか、Yさんの作品に出典のわからない箴言が引かれているから、これは何だろうとご本人に言ったら、『ファウスト』ですよ、と言って一瞬だけれども憐れむような表情をされたような気がした。それではずかしかったから時々めくってみるのだが、いまさら通読する気はまったく起きないので、気に入ったところだけ斜め読みしては放り出している。いま手元には、昭和四十七年の新潮文庫があるが、その時代に購入していまだに読み終えていないのだから、読めないのにも年季が入っている。昔の文庫本だから字が小さくてますます読みにくい。けれども、折に触れて拡げてみると、まことにその時にぴったりという一節が目に入って来たりするのが、古典というもののいいところである。今目に飛び込んできた一節を引いてみることにしよう。
牡猿(おすざる)
どうか一つ賽(さい)を振って、
金持にして下さいまし。
一儲けさせて下さいまし。
近頃どうもさっぱりでして。
持つものを持っていれば、
私だって棄てたもんじゃない。
メフィストーフェレス
猿に冨くじが買えたなら、
猿もわが身を仕合せと思うだろうが。
(その間、子猿は一つの大きな球で遊んでいたが、それを前に押し出してくる)
牡猿
これが世界さ、
上がったり下がったり、
いつもぐるぐる回っている。
音は硝子のようで
すぐにこわれる。
中はがらんどう。
ここはよく光っている、
こっちはもっと光っている。
球は生きている。
子猿どもよ、
離れていろよ。
いのちが危ない。
この球は土製で、
こわれるとかけらが散る。
メフィストーフェレス
あの篩(ふるい)は何に使うんだ。
牡猿 (篩を取下ろし)
泥棒の正体を見破る
役をするのです。
(牝猿の所へ行き、透かして覗かせる。)
透かして見てごらん。
泥棒がわかっても、
名前は言わないことだな。
メフィストーフェレス
(かまどへ近寄り)
さてこの鍋は。
牡猿と牝猿
うかつなお方だ。
この鍋をご存知ないとは。
この釜をご存知ないとは。
…この一節を今度の選挙で魔女の竈で煮られた方々に捧げたい。茶番に付き合わされた者の一人として、多少は何か言ってみたいので、ゲーテの詞藻をかりることにした。
新潮文庫『ファウスト 第一部』「魔女の厨」の章より 高橋義孝訳
※これは、しばらく消していたのだが、佐川氏辞任のニュースをみているうちに思い出して、復活させることにした。
牡猿(おすざる)
どうか一つ賽(さい)を振って、
金持にして下さいまし。
一儲けさせて下さいまし。
近頃どうもさっぱりでして。
持つものを持っていれば、
私だって棄てたもんじゃない。
メフィストーフェレス
猿に冨くじが買えたなら、
猿もわが身を仕合せと思うだろうが。
(その間、子猿は一つの大きな球で遊んでいたが、それを前に押し出してくる)
牡猿
これが世界さ、
上がったり下がったり、
いつもぐるぐる回っている。
音は硝子のようで
すぐにこわれる。
中はがらんどう。
ここはよく光っている、
こっちはもっと光っている。
球は生きている。
子猿どもよ、
離れていろよ。
いのちが危ない。
この球は土製で、
こわれるとかけらが散る。
メフィストーフェレス
あの篩(ふるい)は何に使うんだ。
牡猿 (篩を取下ろし)
泥棒の正体を見破る
役をするのです。
(牝猿の所へ行き、透かして覗かせる。)
透かして見てごらん。
泥棒がわかっても、
名前は言わないことだな。
メフィストーフェレス
(かまどへ近寄り)
さてこの鍋は。
牡猿と牝猿
うかつなお方だ。
この鍋をご存知ないとは。
この釜をご存知ないとは。
…この一節を今度の選挙で魔女の竈で煮られた方々に捧げたい。茶番に付き合わされた者の一人として、多少は何か言ってみたいので、ゲーテの詞藻をかりることにした。
新潮文庫『ファウスト 第一部』「魔女の厨」の章より 高橋義孝訳
※これは、しばらく消していたのだが、佐川氏辞任のニュースをみているうちに思い出して、復活させることにした。