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新潟淡麗辛口の蔵の人々と”庶民の酒飲み”の間で過ごした長い年月
(昭和五十年代~現在)を書き続けているブログです。

鶴の友について-5--NO4

2019-01-09 18:23:53 | 鶴の友について
 



昨年はあまり記事を投稿しないうちに慌ただしく過ぎ去ってしまいました。
短い記事であっても今年は出来るだけ投稿の数を増やそうと思っています。
私自身も昨年は一応会社員を卒業し、次の“仕事”を探している最中でもあるので今年は“投稿の間隔”を詰めていきたいとは思っているのですが、今までが今までなので“お約束”は出来ません。
また日本酒の業界を離れて四半世紀以上経つのですが、おかげさまで有りがたいことに今でも、私自身が関心のある“業界の情報”は入ってきます。
過去や現在を含め私自身が知っていることを『あからさまには書かない』という姿勢で“行間”を読んでもらうことに努めてきた方針は変えませんが、今年はもう少しだけ“踏み込んで”書いてみようかという気持ちもあります----------より“行間”を読み易くするために。

さて今回は酒販店について書いてみたいと思いますが、いつもとは違い、どのような酒販店なら今後も生き残れるのか、エンドユーザーの消費者にとって残って欲しい酒販店とは----------そうゆう視点で書いていきたいとと思います。


 


ビールメーカーや他のアルコール飲料のメーカーが激しく戦いを行なう主戦場は、コンビニ(CVS)、総合スーパー(GMS)、スーパー(SM)の“商品部”です。
目の前の商品部バイヤーと自社の商品を1アイテムでも多くCVS、GMS、SMの棚に送り込むため、商品部バイヤーだけではなくライバルメーカーとも厳しく激しい戦いを繰り返しています---------なぜなら自社の業績を左右しかねない販売量(全体の70%以上)をこの業態が占めているからです。
残念ながらごく一般的な酒販店は30%以下の需要を担っているのに過ぎないのです。
その30%も“町の酒屋”がすべてを占めているのではなく、居酒屋などの料飲店を主な得意先にする“業務用酒販店”が少なくない需要を占めておりここもアルコール飲料メーカーが直接営業の最前線にまで姿を見せ“戦っている戦場のひとつ”になっています。
つまり伝統的な一般の酒販店が生き残るための“生存可能空間”が今はきわめて狭く小さくなっている-------これが“町の酒屋”の現在の姿なのです。
さらに後継者難もあり“街の酒屋”は消えるスピードが加速しているのです。

では地酒専門店はどうでしょうか?
ビールを始め多くのアルコール飲料でCVS、GMS、SMに圧倒されている一般な酒販店が対抗するのが無理である以上、日本酒、焼酎、ワインのいずれかかあるいはすべてに活路を見出したい気持ちも姿勢も十分に理解出来るのですがそれは簡単なことでは無いと思われます。
日本酒を中心に焼酎を取り扱うタイプの地酒専門店が多いと思われそれなりに“健闘”していますが、たぶんアルコール飲料の需要層の1%以下にしか対応してないことと後述する“理由”のため、このタイプの酒販店も10~15年後という意味での将来は必ずしも明るいものでは無いと私個人には思われます。

実は鶴の友の地元である新潟市でもここ5~6年古くからの取引先の酒販店の休廃業が増えています。
鶴の友は、ごく一部の例外を除いて、もともと新潟市近辺にしか取り扱い酒販店が無くその店舗数も多いとは言えません。
しかし取扱店が少なくなったからといって新潟市内であっても新規取引をするお気持ちは鶴の友・樋木尚一郎社長にはあまり無いように思えますし、県外の酒販店と取引する考えはまったくと言ってよいほど無いように思えます。
それゆえ(蔵と住居が有形文化財であることもその要因の一つですが)鶴の友・樋木酒造は造る量が減ることはあっても増えることが無いのです。
〆張鶴・宮尾酒造も地元村上の酒販店の休廃業が増えている状況は変わりませんが、〆張鶴は一つの県あたりの取り扱い酒販店がかなり少ないにせよほぼ全国に展開しているため数量・売上にはあまり影響が無いとはいえ、地元の取り扱い酒販店の減少は憂慮すべき事態には違いありません。


 


上記のように一般的な酒販店が継続してゆくのは難しい状況にありますが、経営状況の悪化のみならず後継者が居ないという解決が難しい問題がさらに酒販店の休廃業のスピードを加速させているのです。
たぶん今までも一般の酒販店はかなり減ってきましたが、私個人の杞憂であれば良いののですが、今後はさらに現在の三分の一以下にまで減ってしまうのではないかと危惧しています。
気楽に入れて気軽な言葉を交わせる“町の酒屋”が消えていくことはエンドユーザーの消費者にとってもけっこう打撃が大きいのです。

CVS、GMS、SMは基本的に対面販売を省いた業態であり、売れ筋の商品群と『その売れ筋の商品群を活かすための商品群』を豊富に取り揃えPOSシステムを利用しリアルタイムで販売数を把握し商品の改廃、棚割の改変をシステム化しています。
ゆえに現在売れているもの、話題になっているもの、新製品は常に置いて有りますが気に入って買い続けていた商品がいつの間にか消えてしまうのです。
一般の酒販店では定期的に買いに来るエンドユーザーの消費者がいる場合、その商品がそんなに売れるものではなくとも廃番商品にならない限り棚に置き続けますし、要望があるもので棚に並んでいない商品でも取り寄せできるものはすぐに取り寄せます-------CVS、GMS、SMには出来ない接客を含めたきめ細かい対応が個人商店である一般の酒販店の持ち味なのです。
基本的に“免許制度”に守られてきた一般の酒販店の努力不足を私個人も否定できないのですが、同時に肌の感覚で感じてきた“その良さ”を否定できませんし、CVS、GMS、SMの価値と便利さも十分理解していますが買い物に行く選択がそれ以外に無いとしたら、エンドユーザーの消費者の一人でもある私にとっても、絶対に来て欲しくない“未来の事態”としか言いようがありません。

私は元々一般の酒販店の家に長男として生まれ“酒販店の空気”を吸って育ってきました。
本当に幼いころの記憶の中に、酒の樽やその樽に飲み口を付けるための穴を開ける三つ目の錐などの“景色”が微かに存在しています。
幼いころから学生のころまで“家業の酒販店”が嫌いで、「日本酒なんてものは21世紀には無くなる」と公言していたのに“真逆の現在の私”に私自身も苦笑するしかないのでですが、その原因は日本酒の世界、特に酒蔵にまるでタイムカプセルであるかのように埋め込まれている『受け継がれてきた過去の景色や光景』に強く惹かれたからだと思われます。
数多くの改良や改善を積み重ねてきたとはいえ江戸時代に確立した世界にあまり例を見ない“並行複発酵”の技法を今も日本酒の蔵が受け継いでいる以上どんな酒蔵でも(ファクトリーは除く)残り香のように受けついできた“景色”が存在しているのです。
蔵も住居も有形文化財である鶴の友・樋木酒造には確かにその“景色”は強く残っていて蔵の中で流れる“時間”は明らかに蔵の外とは違いゆっくり流れていますが、創業二百年を数え設備の充実・改廃に熱心な〆張鶴・宮尾酒造にも積極的にその“景色”を残していこうという強い“意志”を感じます。
“日本酒の世界”には他の業界・他の産業が成功発展のために失ってしまった“有形無形の景色”が今も色濃く存在しています。
そしてそれこそが日本酒と取り扱う酒販店の“最大の武器”だと私には思うのですが、その“最大の武器”をエンドユーザーの消費者の立場から見て有効に使えている酒販店の数があまりに少ないことにきわめて残念な思いを抱かざるを得ないのです----------------------------。


 


ではこの現状でも生き延び継続出来る酒販店(取り扱い銘柄の多さを誇る地酒専門店を除く)はどのような店でしょうか?
結論的に言うと、エンドユーザーの消費者から「あの店が無くなったら困る」と思って貰える酒販店です。
“無くなったら困る”--------そうエンドユーザーの消費者に思ってもらえる“理由”はいろいろですが簡単なことではありません。
地酒専門店では無いがこんな店なら日本酒を店の特徴にして生き残っていけるのではないか---------私個人が感じていることを以下に書いていきます。

この私の考えは土地が高い都会ではなく地方都市の例です。

1 できるだけ設備面をCVS、GMS、SMに近いものにする。

専門知識や商品による差別化より以前に、“戦える土俵造り”があります。
現状では設備面では酒販店は大きく負けていますが、なんとか不利でも戦えるレベルの設備が必要と思われます。
道路から建物を6~7mバックさせ駐車スペース(数台分でも絶対に必要)とし、出来れば入り口のドアは自動ドアにしドアの左右はガラス面で構成し
酒に直射日光に当たらないようなブラインドを取り付ける。
店の内部はなるべく明るく清潔にし、なるべく大きな冷蔵能力(リーチインではなくウォークインが望ましい)を持ち、倉庫にも2~3坪のプレハブ冷蔵  庫を持つ。

2 日本酒の品揃えについては地方銘酒は地元のものを含め5~10銘柄(ただし一番安いものから大吟醸まで扱う“縦のフルライン”)
  ナショナルブランド(NB)の日本酒は紙パックやパウチパックも含めある程度は取り揃える。
  ビールや他のアルコール飲料はウォークインクラーに入れることを前提に必要最低限+αを品揃えする。

基本的に地元を含む地方銘酒は自分がほれ込むあるいは自信の持てる酒質でなければなりません。
私がほれ込む基準は一番価格の安い酒(昔で言えば2級酒)の酒質のレベルの高さです、なぜならそれが美味ければ本醸造から大吟醸まで美味いに決まっ  ているからです。
“逆のパターン”は多いのですが、残念ながら、上記のような酒蔵は極めて希少なのです。
その希少な蔵の酒はどの酒を飲んでも美味くレベルが高いため全種類を取り扱う“縦のフルライン”を構成でき、エンドユーザーの消費者にとっても魅力的なバリエーションと感じてもらえます。
“縦のフルライン”を構成するためには、大前提として、酒蔵と友好的で日常的な“交流”が必須になります--------それゆえ数多い蔵には対処出来ないため5銘柄前後が取り扱う限界になるのではと私個人には思えます。

NBについては今まで記事でも何回も書いていますが、昭和五十年代とは別物と思えるほど酒質は向上しています。
月桂冠のきちんと造った本醸造などはレベルが高く、地方銘酒サイドも酒質的には安泰とも言い切れない状況です。
またNBは本醸造、純米、吟醸、大吟醸、山廃酛、生酛など“手造り方向”にも“資源”を投入し続けており、八海山、久保田、越乃寒梅の新潟ナショナルブランドや獺祭が“ファクトリー化”に投資してきたという“真逆の動き”には、私個人はため息をつかざるを得ません------------。
便利性、使用目的に沿った商品群、コストパフォーマンスの高さなどNBの“有用性”は否定できませんし、ビールや他のアルコール商品も酒販店として
必要最小限のアイテム数、数量で良いので取り扱うべきです---------日本酒を買いにきたついでに買っていくというエンドユーザーの消費者の利便性を
無視してはいけないと私個人は強く思っています。

3 エンドユーザーの消費者に日本酒の説明をするとき“酒造りの技法・専門用語の羅列”や『希少性、手に入り難さ』を語るのではなく、誰にでも分る『自分の言葉でその酒の価値、自分がその酒に注いでいる熱い気持ち』を話すべきだと私は強く感じています。

エンドユーザーの消費者が分るような言葉に“翻訳”して酒蔵がしていることを伝え、酒蔵の人々に分るような言葉に“翻訳”してエンドユーザーの消費者の要望を伝える『インターフェイスの役割』をするのが日本酒を主力にしている酒販店がすべきことだと私は感じてきましたし、現役の酒販店時代にはかろうじての最低合格点であったとしても、そのことを実行してきたという自負もあります。
本来は酒販店はエンドユーザーの消費者の“視点”を大切にすべきなので、“翻訳”するためにはエンドユーザーの消費者の“立ち位置”をよく認識すると同時に酒蔵や日本酒や酒蔵の人達の“置かれている状況”を理解し学ばなければなりません。
  
酒販店は酒を売る立場で造る立場ではないので酒の造りを杜氏や蔵人なみに知る必要はありません。
しかしその酒が価格の割りに酒質が高くエンドユーザーの消費者にとってきわめて得なものであると判断出来るレベルの知識の“現場での勉強”と利き酒の“訓練”は必要で、それがないと蔵の人に分かるような“言葉”でエンドユーザーの消費者の“要望”が伝えることは不可能です。
  
今でも「Nさんと話していると日本酒を飲みたくなりますねー」とよく言われます。
たぶん私がほとんど専門用語を使わず相手が分りやすい例えや比喩を駆使して「酒蔵の人達がどんな思いでどんな苦労を重ねて造っているか。美味い酒に  はどのような“要素”が必要か」日本酒と日本酒の世界が好きで好きでたまらない気持ち全開で話してしまうからかも知れませんがたいがいは「日本酒って面白くて楽しいものなんですねー」と言ってもらえます---------「一人の人間がそこまで好きになるのだから“今まで知らなかった魅力”がもしかしたら日本酒にはあるのではないか」そう感じてもらえるエンドユーザーの消費者を一人づつ時間がかかっても増やしていくことが酒販店にとっては致命的に重要なのではと“自分のキャリアと経験”ではそう思えてならないのです。 

*ちなみに私がよく使う“例えや比喩”をそのままパクッて説明に使っている酒販店の後輩が数人いますが「お客さんに分りやすいと好評」だそうで苦笑する するしかありません-----------。

 


さて上記の1、2、3ですがたぶんそれが実現できたらその酒販店をエンドユーザーの消費者は絶対に休廃業させないと思われます。
なぜなら休廃業されてしまったら自分達が困るからです。
思わず笑いがでるほど儲かるとは考え難いですがエンドユーザーの消費者から、普通に暮らし酒販店を継続できる売上は頂けるのではないかと思われます。
完全に1、2、3を実現しているとは言えなくてもその方向に向いてる酒販店の後輩は数人います。
楽でもなく苦労もありますが、“有名銘柄”を持っていないにも関わらず、彼らの店に足を運ぶエンドユーザーの消費者が少しずつですが時間の経過とともに増え続けています。
まだまだ足らない部分や修行不足の面があったとしても、彼らにとっては時間の経過が味方となっています。
彼らとは逆に数百種類を扱う地酒専門店にとっては時間の経過は敵になりつつあると思われます---------後でその理由を述べます。


私の子供は大学を出て就職して4年目ですが、友人や知り合いのほとんどは新聞も見なければテレビもあまり見ないそうです。
私が居た職場でも、休憩スペースには新聞も置いてありテレビも点いていますが、若手は休憩時間にはスマホやタブレットを見るのに忙しく新聞やテレビを見ることはありませんでした。
彼らにとってスマホやタブレットを見るのに忙しく新聞やテレビに割く時間がないそうです-------彼らにとって“必要で価値ある情報”は、新聞やテレビというネットの無い時代に隆盛を誇った『情報が一方通行のオールドメディア』の中には無く、あらゆるネットの空間にしかないのです。
私自身は新聞やテレビを見るのが当たり前の時代に育ってきたため今でも見てはいますが、2002年からPCでネットを見てきたので私自身も自分が必要としている“情報やファクト”が新聞やテレビの中にあるとは残念ながら言えません。
この日本酒エリアNというブログを2005年に書き始めたのも、新聞やテレビや雑誌で報じられる“日本酒の姿”に強い違和感があったからです。
何が言いたいかというと、現在の20~30歳代及びそれ以下の世代に“支持されていない”新聞やテレビのオールドメディアは10年、20年と年月を重ねるほど縮小均衡をしていかざるを得ないのではないかということです。

私の息子は小学生のときから新潟の蔵に行っており、大学生のときも社会人になってからも〆張鶴・宮尾酒造や鶴の友・樋木酒造に行かせて頂いておりまた幼児のころから盆暮れに届く酒や冬に送られてくる酒粕に慣れ親しんできました。
「ちゃんと飲んだら日本酒が一番美味いと思うんだけど--------」息子は本心からそう思っているのですが、学生時代のサークルの仲間にも社会人になってからもそう思える“同志的な仲間”はなかなか見つからないそうです。
NBの日本酒は学生が行ける価格の居酒屋に置いてあるので飲む人はそれなりに居るそうですが他のアルコール飲料を頼む人よりはるかに少なく、地方銘醸蔵の価格の高い吟醸、大吟醸、純米吟醸、純米大吟醸中心に据えている料飲店は敷居が高く、学生や若手サラリーマンが気楽に行ける料金ではありません。
昭和五十年代後半のどうしようもなかった逼迫状態よりは供給も十分に増えているはずなのに、今だに、知人から「〆張鶴・純を1合1200円で飲みました」といような話が聞こえてきます---------それでもDのような他の超有名銘柄よりはかなり価格が低かったそうです。
10~15年後この敷居が高く感じた世代がアルコール飲料の消費の中心世代になります。
そのとき地方銘醸蔵その吟醸や大吟醸を中心に販売する料飲店は現在の隆盛をはたして維持できていられるのでしょうか---------。

地方銘醸蔵の日本酒を主力に据える料飲店の主な仕入先は地酒専門店です。
今酒販店の中では“健闘”しており中には”隆盛を極めている”地酒専門店もあるやに聞いています。
「超有名な希少銘柄は、他の商品を買ってポイントを貯めその酒が買えるだけのポイントになったらようやく“購入する権利”が生じる」という店もあるそうで料飲店の方が殺到していると聞かされたこともありますが、私に出来るのは“ため息”をつくだけです。
上記の1、2、3のうち地酒専門店は1は出来ている場合が多いですが2は無く、3もあまり無いのではと私個人は感じています。

200銘柄(酒蔵の数)と取引があるとすると、1銘柄当たり5アイテムあるとすると約1000アイテムの日本酒を取り扱っていることになります。
1000アイテムの日本酒を、“酒造りの技法・専門用語の羅列”や『希少性、手に入り難さ』を語るのではなく、誰にでも分る『自分の言葉でその酒の価値、自分がその酒に注いでいる熱い気持ち』を話すことなど“能力の乏しい私”では不可能ですし、〆張鶴、千代の光、鶴の友の今でもお付き合いのある蔵そして過去に取り扱っていた八海山、久保田の5つの酒蔵の酒を約40年前から現在に至るまで、あたかも定点観測のように“定期的な利き酒”を頻繁に繰り返すことぐらいしか出来ません。
その5つの蔵の酒ですら造りの技法的側面(本醸造、純米、吟醸、大吟醸、山廃酛、生酛など)の違いだけでは説明できない要素がかなり有り、約40年前から数多く蔵を訪ね造る人たちの話を聞き続け会社員になっても利き酒を継続してきたため、「そう間違ったことは言っていないと思いますが、どこまで相手に伝わっているかは自信はない」のです。
むしろエンドユーザーの消費者には、「その蔵がどんな雰囲気の蔵で、蔵の人達が何を大切にし何を目指し、自分達が造る酒に何を込めようとして大変な努力をしているのか」をメインに話したほうがその酒の価値を十分に理解しファンになってもらえる----------それが私にとって酒販店時代、会社員時代を通して得た確信でもあり実感でもあるのです。

 


現在の20~30歳代及びそれ以下の世代に“支持されていない”新聞やテレビのオールドメディアは10年、20年と年月を重ねるほど縮小均衡をしていかざるを得ないのではないか--------そして地方銘酒を中心に据えている、若い層にとっては価格も高く敷居も高い、料飲店の将来もそうなのではないかと上記に述べました。
であればその料飲店の主な取引先である地酒専門店はどうなのでしょうか?
現在取引銘柄の多さや希少な超有名銘柄を抱え込み雑誌やマスコミに取り上げられた銘柄は素早く取引をする---------そういった要因で地酒専門店は健闘しており中には隆盛を誇っている店もあると私も聞いています。
前述したように「地酒専門店で希少な超有名銘柄を売ってもらうためには(他の酒を買ってポイントを積み上げ)その酒を買えるまでのポイントを貯めなければならない」------というようなシステムのある地酒専門店もけっこうあると聞いていますが、若い層のエンドユーザーの消費者にはとうてい受け入れてもらえない“やり方”です。
そして酒の説明も造りの技法的側面(本醸造、純米、吟醸、大吟醸、山廃酛、生酛など)がほとんどだということが“事実”であれば、“新聞やテレビのような情報が一方通行のオールドメディア”のように、時間の経過とともに、地酒専門店もそして地酒専門店を主たる取引先とする酒蔵も縮小均衡の状況が進行せざるを得ないと私には思えてなりません。

何回も記事に書いていますが、昭和五十年代初めには日本酒は若い層の消費者にそっぽを向かれ年配者専用の酒と思われ“博物館入り”しかけていました。
私自身もこのとき20歳代前半で、新潟県醸造試験場の嶋悌司先生(後に場長、朝日酒造常務を歴任)や早福岩男・早福酒食品店社長(現会長)一部の新潟の酒蔵が昭和四十年代後半から日本酒の“博物館入り”を避けるために「どんな酒質なら若い人達に飲んでもらえるか?変化した食生活に合う日本酒とは?」を各々の立場を越えて共通の努力をし意図的に造ってきた新潟淡麗辛口を目の当たりにし、考えが180度変わったのです。
「この酒質と“蔵の目指す方向”なら同世代にも飲んでもらえる」---------そう確信して『縮小均衡という博物館入り』を避けるための“戦い”に自ら参戦したのですが、最初の頃は“苦戦の連続”でしたが(むしろこの“苦戦の時期”に蔵との繋がりが強くなったのですが)4年、5年と経つうちに少しずつでしたが自分の同世代プラスマイナス5歳の“淡麗辛口のファン”が増え続け、平成になる頃には逆に“供給不足”の状況になってしまいました。
このとき“博物館入り”を防いでくれ日本酒のファンになってくれた“世代、年齢層”が現在も日本酒の厚い支持層として存在しています。
しかしこの“世代、年齢層”は酒を飲む層としては引退する時期は遠くありません。
この“世代、年齢層”が引退するまでに新たな日本酒のファンの層を獲得出来なければ、残念ながら、日本酒の数量がかなり減らざるを得ません。
さらに「NBが主体として日本酒の伝統・良さを継承して後世に伝えてゆくという時代になってしまう」という笑えない事態になってしまう可能性もあるのです。

新潟淡麗辛口が防いだ「日本酒の博物館入り」から約40年の月日が過ぎていますが、昭和五十年代初めより現在のほうが日本酒(特に地方銘酒)の「博物館入り」の危機の度合いが高まっていると私には感じられます。
昭和五十年代初めは製販の日本酒業界(特に新潟を中心にした地方銘酒)が「博物館入り」を防ぎ日本酒はエンドユーザーの消費者の身近にあるものと認識してもらおうと努力してきました。
しかし現在はその努力はNBが担い、地酒専門店(一部の料飲店も含む)や一部の地方銘柄の蔵はエンドユーザーの消費者から遠ざかり日本酒マニア・通というごく一部の需要に“特化”して“博物館化”に突き進んでいるように私個人には思えてなりません。
たとえ仮に1%の“狭い需要層”であっても全国が相手だから十分に集客できる---------地酒専門店の皆様はそう思われているのだろうと想像できます。
確かに全国あるいは都道府県の全体から“博物館のファン”を呼べれば“博物館”は盛況だと思われます。
しかし“博物館”は新たな“博物館のファン”が獲得出来なければ、月日の経過がマイナスに働き、10~20年後に“明るい未来”が待っているとは私個人にはとうてい思えません。
一般の酒販店には厳しい“淘汰の波”が押し寄せていますが、それは等しく地酒専門店や地方銘醸蔵にも訪れており現時点でどちらが“より大きい影響を受けた事態”になっているかの“差”でしかないのです。

私は酒販店全体がかなり厳しい状況であることを認識していますが、それでも一般の酒販店(町の酒屋)は前述の1、2、3の方向で、地酒専門店には「若い層のエンドユーザーの消費者にとって納得でき理解できる“販売方針を前面に押し出す”こと」で一軒でも多く生き残ってくれることを切望しています。
一人の日本酒のファンとしても、日本酒好きのエンドユーザーの消費者全体としても、日本酒を買いに行く選択がCVS、GMS、SM(価値と便利さも十分理解していますが)しか無いとしたら“日本酒を買う楽しさのある部分”がかなり薄まってしまったと感じるか、もしくは失われてしまったと感じざるを得なくなるからです--------------。