昨年末、JR乗り放題チケットで奈良へ行き、感動しまくったので、夫を連れて行くことにしました。
写真は追々に整理しますが、本日はダイジェストで。
東大寺と興福寺は忘れたのでもう一回行きたい・・・とのことでした_| ̄|○
阿修羅像がよかった。
本物は東京の国立博物館に預けていて、奈良にはないと思っていたのですが、思いがけずにオリジナルが見られてよかったです。
153cmと、像は小柄。小柄だけど、迫力ありました。
仏像彫刻が様式化する前の、素直な信仰とけれんのない技との奇跡の合体。
こちらは平城宮跡の資料館で。
糸を巻く道具。今と全く同じ。
布のダイコン。
薬師寺と唐招提寺をつなぐ道で。手芸作品の店。
蕪、牛蒡、大根、人参。
漢字が似合う野菜たち。
宿は近鉄奈良駅から歩いて数分の日本旅館。
コロナワクチンの接種証明書で12.5畳の部屋に替えてもらえました。
広いのが何よりうれしい田舎者の私。
電気スタンドがあるのがよかった。
寝ながら本読んだりできるので。
奈良名物朝がゆが選べます。
JR奈良駅から近鉄奈良駅、その向こうの興福寺にかけて商店街が広がっています。
観光客向けの土産物、食べ物、雑貨類の店が多くて歩いてとても楽しい。
さらに南下すると、古い町並みが面として残っている「なら町」へ。
朝早くてまだ人は少なめ。ゆっくり歩きました。
昨年は時間がなくてほとんど見られなかったので良かったです。
あるお店で。奈良一刀彫?
午前10時、JR奈良駅で夫とは解散。
夫は南下して法隆寺、そのあと大阪の鶴橋(キムチ買うらしい)、コンサートなどへ。
私は京都へ。
八条口へ出ます。
こんなバスが走っていました。京都市バスではないようです。
市バスの直行便は廃止と聞きました。
すぐに行きたい人は烏丸口ではなく、南の八条口へ行くといいようです。
21日は東寺の弘法市。
何度か行きましたが、たまたま行き合わせたのも何かの御縁、今回ものぞいてみます。
京都駅から歩いて10分くらい。人の流れについいていくとたどり着きます。
賑わっています。
少しだけ買って駅に引き返し、滋賀県の大津まで行く。JRで二駅目、すぐ着く。
今回の目的の一つは、逢坂の関と蝉丸神社へ行くこと。
駅の案内所でマップをもらいます。
さらに奥へは手書きの地図。
まずは腹ごしらえ。
京都駅とその周辺は人が多くてどの店も待つので、大津駅構内で。
まずは琵琶湖に向かって歩ていき、旧東海道と出会うと、あとは京都方面へ向かいます。
しばらく行くと大津事件の碑。
確か、ロシア革命で処刑されたロマノフ王朝最後の皇帝でしたよね。違ったかな?
あとで確認。
道路元標。
明治初め、日本国中の正確な地図を作る時の測量の起点。
京都市内だと四条烏丸の角、広島だと元安橋東詰、小諸だと北国街道が90度曲がるところに。
ここも東海道が左へ90度曲がっているようです。これとは別に三井寺の裏から山に入り、京都の追分を目指すルートもあったようです。
道は、ここから次第に勾配が付いてきます。
幟旗。
神社前。蝉丸くん。盲目の琵琶法師。百人一首には逢坂関の歌が採用されている。
旧国道1号線?は車が多い。歩くのは私だけ。
府県境の山へと差し掛かります。
峠に石碑と常夜灯が。
国道と別れて、道は下り坂に。
この付近はウナギ料理の店がいくつか。向こうへ向かって山の中の集落になっています。
昔の旅人もほっとして一休みしたことでしょう。
街道の面影がよく残っています。
京阪電車の大谷駅です。
うなぎ屋のすぐ先にから駅へ行けたのに、知らないとは情けないこと、大津駅で貰った絵図通り、再び国道に出て高い陸橋を渡り・・・
向こうに大谷駅が見えています。
この後は山科まで行き、年末果たせなかった山科本願寺跡付近を歩き、ついでに東海道も歩き(山科ではもう三条通りと呼んでいる)、京都駅は激混みのはずなので、駅の近くで夕食食べて、JRで一駅の京都からはのぞみで広島まで。
夫とは一日一緒に歩き、二日目は自由行動。
好きな所へ行って、好きなもの見て、好きなもの食べて、解放感いっぱい。
あと何年こんな旅行ができるか分からないけど、歩ける間は続けたいものです。
楽な旅行のために、足元はスニーカー。紐靴だとスポーティーになりすぎるので、fitfitの紐なしのスニーカーで。
荷物は登山リュック一つ。チェストベルトとウェストベルトで重みを背中全体で受ける。で、疲れない。
薄い財布を登山用ジャケットの内ポケットに入れて、ショルダーバッグは持たない。荷物は一つだけ。それで忘れ物を防ぐ。
とこんな旅装なので、それに合う宿に。
今回の宿は、温泉旅館なら一人分のお値段で二人が泊まれました。
料理は特別豪華ではありませんが、部屋に運んできてくれるし、古き良き宿で、心もくつろぎ、いい旅行ができました。
明日も続きます。どうぞよろしく。