さっと

東北・秋田県南での田舎くらし

金曜日

2009-01-09 14:14:22 | くらし
20090109_今日は「宵えびす」なのですから、明日は「十日えびす」なんですね?
自分は「頭ががんがん」「足元がふらふら」と言いながら、大黒天の扮装で、二曲(2回=二箇所)舞い踊りました!完全に頭脳・理性が壊れて・・狂ってやってました。リズムに合わせて、細かい硬い粒が入っている金属の筒を木槌に見立て、踊り用の大判の扇を(左団扇にして)もって、一人一人のお払いをするように、動いたのです。お面をかぶると、視界が狭まり、物が見えませんでした。終わった後で、直ぐにバス添乗があり、車酔いをする自分にとっては、これも試練でしたが、がんばりましたヨ。
ほかの人に、いちいち・ぐちゅぐちゅ言うような内容だとは思っていないので、終わったら何にも言わずに、シレットした何にも無かったかのような顔をしています。それが、一切・努力せずに怠けている・・と、思われているのを通り越して、まわりにそういう事として言いふらされています。1のことを10と言う、そういう人がたくさんいるんです。
そして、その話をまるっきり本気にする方もいて・・・確かに、その言いたくなる原因となる“わたしの馬鹿な事をする言動”が、全然無いとは言いませんヨ。でも「大げさに表現して・言いふらして・問題としているのは、ア・ナ・タ・なのだ!」という事、「ぎゃあぎゃあ騒ぐことが“真の解決”には繋がらない。」と、いうことを理解していただきたいのです。
まぁ、そんな「解決・和解」は、永遠にありえない・・無理な事なのでしょうねぇ。
昼休みに、机で昼寝をしていて「職場に甘えている。」という、ものすごい勢いのお叱りを受けました。言いたい事を、自分勝手・好き勝手に言える人がうらやましい。(けれど、私・自身は、そういう人には、なりたくないですね。)これも、心身共に、一段と、きっついなぁ!
「適材適所」と、いくらわめいてみても・・・半病人の私を、その状態にみあった=適当な部・所へ配置する事は、それこそ出来ない事なのでしょう。この、仕事・・・やめたいという気分になってしまいます。でも、あんた・・やめて、どうする?これからの「望み」はありません。でも生きていく上での「願い」のように、今までの環境と異なる職場で経験・体験できて、ものすごい桁・量の勉強にはなっています。ナンか・・・・体力の無いわたしにとっては、この現実は、あまりにも、つらい・つらすぎるんだ・なぁ。
でも、まだ、こうやって考え込める余裕があるうちは、大丈夫なのかな?

フランスに住む方からいただいた航空便“凱旋門前並木のクリスマス・イルミネーションカード”ですが、いろいろなことが人生に起こりますが、それを乗り越えて、一人前の人間になる様な気がします。試練がきびしければ、きびしい程、その人となりが、豊かさを増すと思います。また、それを引き受ける大の力量があるからこそ、神はそれを課すのだと信じます。あなたのこれからの人生がより良いものになります様、心よりお祈り申し上げてます。ということでしたから、座右の銘のようにして、活きて行くための杖の言葉とさせていただこうと思っています。

コメント
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