血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする(岸上大作)
こういう歌は無理に文脈をたどらないほうがよい。
(1) 血と雨にワイシャツ濡れている…学生運動に参加し、無防備に近い姿で警察と殴り合っている自分の描写だ。
(2) 無援…援軍が来ず苦戦するという意味で、革命を成功させることができない敗北感のこと。ただし、孤立無援としての孤独感をも表現している。
(3) ひとりへの愛…当時同じサークル(部活)の女性に片思いしていた。
(4) うつくしくする…「恋と革命」を生きる目標としていた岸上にしてみれば、革命のために傷つくことは、恋しい女性への思いの純粋さの証しとなる。
と、この程度の理解にとどめておいたほうがよい。
岸上は二十歳そこそこで自殺してしまった。だから、岸上の歌は涙を前提として鑑賞しなければならない。死ぬほどの状況が歌を生んだのか、彼の文学が彼を死なしめたのかと考えたときに、後者なのではないかと思うゆえに、岸上の文学は異界へ続くものと思い定め、この世ならぬものを解読することは諦めなければならないのだ。
岸上は、寺山修司の政治に向き合う姿勢を批判し、抗議していたという。寺山は政治によって、特に当時の学生運動によっては何も変わらないと言っていたそうだが、岸上は痩せた体に木の棒を持ち、デモ行進の流れで完全武装の機動隊へ突撃していた。そして革命にも恋にも敗北感を抱き、アパートの自室でひそかに死んでいった。
政治も恋も、ある意味では力学によって成就するものである。しかし、愛ということになると、必ずしも成就させるものではなく、貫くことが必要十分条件であるから、ときとして悲劇性を帯びてしまう。
ところで、寺山と岸上は生い立ちが似ていた。ともに母ひとり子ひとり、つまり長男である。寺山の父は警官(憲兵?)として、岸上の父は兵士として、ともに戦地で亡くなっている。当然遺族として恩給を受けたはずだが、もともと少ないうえに、戦後の極端なインフレで生活は苦しかったようだ。デフレの現代からは想像するのが難しいが、物資が高価というのは、たとえて言うなら、収入が5万円なのに卵1個が1,000円、下着が上下で10,000円くらいの感じだろう。人口の9割近くが農民だった時代だから、食料をすべて自給できる家庭にとっては不満はなかったのかもしれないが、そうでなければとても貧しい暮らしだったろう。
長男は立派にやろうと努めきて心はガキの頃のままだよ(椎名夕声。短歌人2014年1月号)
第3句の語を国語辞書で引くと、用例として「泣くまいと努める」と書いてある。
(2020年に記す)
軍人恩給制度は19世紀から1946年まで途切れることなく続き、1952年以後現在まで途切れることなく続いている。
ところが、GHQの方針により6年間ほど中断していたことが判明した。