万葉集巻20No.4382一般国民である防人の歌
ふたほがみ悪しき人なりあた病我がする時に防人に指す
(歌意)
ふたほがみ氏は悪い人だ。急な病気に私がかかっているのに防人として辺境の地で防衛任務に就くよう指名した
(椎名の感想)
万葉集は、中央集権国家が権力の正当性を示し、また現に日本中に支配が及んでいることを誇示する動機で編さんされたと言われている。
下級官人、防人、農民の歌や東国民謡(東歌)を網羅しているのも、日本中が今の国家を支持していることを宣伝する意図があるから、というのが定説である。
万葉集の最終巻ともなれば、自信過剰にも見える歌が見られる。この歌は、自分が防人に任じられたことを批判する歌だ。「ふたおがみ氏」が誰を指すのかは解釈が分かれるが、いずれにせよピラミッド型の権力構造の中で、一般国民より上位に立ち、中央政府の手先として権力を行使する側である。
権力基盤に不安があるとするなら、上の命令を批判する者は容赦なく弾圧されるだろうが、この歌を万葉集に載せているのは「この防人の言うことはもっともだ。権力の中間にある者は、下々から要らぬ批判を受けることなく、一般国民が政府のために喜んで奉仕するよう励め」と言ってるように思える。
上意下達に多少の混乱があることを認めるのは、それ以上に権力基盤が強固であるという自信の表われだろう。
人間じゃない証拠とか使えるしイタチの襟巻いかがでしょうか(椎名夕声。短歌人2022年2月号)
十数年前大ヒットした「千と千尋の神隠し」では、迷い込んだ精霊と化け物の世界に留まりたければ、人間であることを悟られてはならない。
普通の人が、人間であることにプライドを持っているのと異なり、人間であることは困ったことになっている。
主人公の千尋が、豚に変えられていた両親を首尾良く開放し、そろって人間世界に復帰できたのは、色々あるが結局のところ、(人間)世界を良く知るに至ったからである。そして、最後の駄目押しとして知恵の勝負に勝ったから、約束どおり湯婆婆を凹ますことが出来た。
しかし、最初に人間であることがバレていたら、両親と同様に千尋も動物に変えられて、二度と人間世界に復帰できなかったかもしれない。