湖の子守唄

琵琶湖・湖北での生活、四季おりおりの
風景の移り変わり、旅先でのふれ逢いなど、
つれづれなるままに、語りたい。

66歳の「蹉跌」

2015年11月26日 | 詩歌・歳時記
若い頃、なりふりかまわずひとすじ夢に向かって生きていた。
即ち、作詞家へ、そして、西郷さんへ詩を提供するという「夢」であった。

     月濡れて明日の洗濯あきらめる

東京時代は「老後」なんてことは、考えることさえなかった。その夢が露まぼろしと消え去ったならば、あとは死ねばよいと思っていたのだ。



ところがなぁ! 66歳になってもまだ死ねない。若い頃の遊蕩のおかげで年金だけでは暮らしていけない。

で、ハローワーク巡り、さんざんに会社面接を重ねたあげく、ようやくに在る会社に仕事を得たのだが・・・。

    母恋し秋の火の色見ておれば

己の体力がこれほど落ちていたとは、思いもよらなかった。
「高齢者歓迎」なんて、求人紙にあるのを読めば、週3日、4日、1日四時間から相談オッケイ♪なんて書いてある。

おい、おい? それではお金になるまいに、と単純に思ったのだが、いざ勤めてみると、企業の思惑を身をもって思い知ったのだった。

若い頃のように、8時から5時のフルタイムは無理である。
今は9時から5時まで、勤めているのだが4時を過ぎると、足に鉛が入ったようでへろへろである。

内臓のどこかに「がん」ができて、速く死にたいと思う昨日今日である。