醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  479号  白井一道

2017-08-08 16:35:54 | 日記

 「木啄も庵はやぶらず夏木立」芭蕉 雲岩寺で詠む

句郎 「木啄も庵はやぶらず夏木立」。雲岩寺で芭蕉が仏頂和尚を偲び、芭蕉が詠んだ句、この句は名句なのかな。
華女 そうね。今だったら「木啄」は秋の季語、「夏木立」は夏。季重りの句ね。「夏木立」が主と読めるからいいのかな。でも芭蕉が詠んだ「木啄」は実景なのかしら。
侘助 なるほど、この句の「木啄」は芭蕉の心の中の「木啄」のような気がするね。
華女 そう読めるわよね。仏頂和尚さんの山居の跡を詠んでいるのよね。
侘助 仏頂和尚さんの高徳を芭蕉が称えた句なのかな。
華女 そうなのよ。だから句としてはどうなのかなと思ってしまうのよ。「夏木立」という季語がいまいち効いていないなと感じてしまうのよ。
侘助 「夏木立」を詠んだ芭蕉の有名な句と言うと何かな。
華女 「先づ頼む椎の木も有り夏木立」なんじゃないかしら。「おくのほそ道」の旅を終え、幻住庵にたどり着いた時に詠んだ句よ。
侘助 静かさと、安らぎを詠った句なのかな。
華女 そうなんじゃないかしらね。心身ともに休ませていただきます。そんな気持ちを詠んだんじゃないの。
侘助 季語「夏木立」には安心感とか、静寂感があるということなのかな。
華女 「井にとゞく釣瓶の音や夏木立」という芝不器男が詠んだ句があるのよ。「古池や蛙飛び込む水の音」と同じような世界を詠んでいると思うでしょ。そう思わない?「古池の」句も「井にとゞく」の句にも静かさが詠まれているでしょ。
侘助 そう思うね。季語「木啄」も静かさが詠まれているように思うな。水原秋桜子が詠んだ有名な句に「啄木鳥や落葉を急ぐ牧の木々」という句があるでしょ。この句も静かさが詠まれているのじゃないかと思う。静かな牧の木々の中からキツツキが木をコツコツと穿つ音が木の葉の落ちるかすかな音と共に聞こえてくる。そんな情景が詠まれていると思うんだけど。
華女 もちろん、静かさも詠まれているとは思うけれど、秋桜子の句の場合は秋の日の明るさのようなものも詠まれているとは思うわ。
侘助 そうなんじゃないかと私も思いますよ。キツツキと夏木立について検討した結果から言うと芭蕉の句はどうなのかな。
華女 「木啄」は木に嘴で穴を掘ることはするでしょう。しかし人の住まいの柱や梁に穴を開けたりするのかしら。
侘助 芭蕉はキツツキについての観察を十分していなかったのかな。
華女 「木啄も」の「も」が効いていないと言えるのかもね。
句郎 うーん。そうなのかな。「木啄も庵は」の「も」「は」という形で決まっている句もあるけどね。例えば芭蕉は金沢に来て弟子、一笑の悲報に触れ詠んだ句。「塚も動けわが泣く声は秋の風」のような句がある。芭蕉慟哭の句として知られているようだけど。この「塚も」の「も」が効いていると言われているみたい。
華女 なるほど、この句の場合は「も」と「は」は確かに決まっているように思うけれども「木啄も」の句はどうかしら。観念的な句よね。