「夜ル竊(ひそか)ニ虫は月下の栗を穿ツ」。延宝8年、芭蕉37歳
侘輔 「夜ル竊(ひそか)ニ虫は月下の栗を穿ツ」。延宝8年、芭蕉37歳。この句は名句のようだ。そんなイメージがあるでしょ。そう思うでしょ。
呑助 想像の句だね。
侘助 季語は「月下の栗」、晩秋のようだ。栗名月、十三夜を「月下の栗」から想像できるのかもしれない。
呑助 「虫」も季語なんじゃないですか。
侘助 そうだよね。芭蕉の頃はまだ「虫」は季語として俳諧師たちに認められていなかったのかもしれないよ。
呑助 この句は「月下の栗」を詠んでいるんだよね。
侘助 月明りの中で芭蕉は栗の木を眺め、虫は人に知られることなく、一心不乱に栗を食べているに違いないと想像している。
呑助 分かりますな。
侘助 秋の夜長、月明りが窓から入って来る部屋で一人一生懸命勉強している姿が瞼に浮かんできたりしてね。
呑助 人間の生きる姿ようなものが表現されているということなんでしよう。
侘助 いろいろなことを想像させる句がいい句なのかもしれないなぁー。
呑助 漢字の多い句ですね。
侘助 漢詩文調の句だよね。まだ芭蕉本来の文体をもった句を模索していた頃の句なんじゃないか。
呑助 自分独自の文体を創造することは大変なことだったんでしよう。
侘助 苦しんだんだと思うね。きっとそうだよ。
呑助 芭蕉の文体とはどんなものなんですかね。
侘助 例えば、「道のべの木槿は馬にくはれけり」のような句に芭蕉の文体を見ることができる。
呑助 なんでもない日常の風景の中に人生の真実のようなものを表現したということですかな。
侘助 蕉風を開眼していく過程にある句なのでしよう。だから岩波文庫の『芭蕉俳句集』番号116が「夜ル竊(ひそか)ニ虫は月下の栗を穿ツ」。次の句が「枯枝に烏のとまりたるや秋の暮」だからね。この「枯枝に」の句は蕉風の一歩手前まで来ている句なんじゃないかと思う。
呑助 なるほどね。「月下の栗」の句は「十三夜」の景に栗を穿つ虫に発見したところに芭蕉の手柄があるということですか。枯れ枝の烏に秋の暮れを芭蕉が発見したようにね。
侘助 芭蕉は実際に栗を穿つ虫を見ているんじゃないのかな。その虫の記憶があって、初めて「夜ル竊(ひそか)ニ」の句が詠めたんだとは思うがね。
呑助 銀色に冴えわたる月の光と栗を穿つ虫のささやかな音が静かな世界を表現している。この静かさが良いんだよね。
侘助 句を読んだ時に読者の心に静かさを呼び起こすような句が良い句なのかもしれないなぁー。
呑助 そうなんでしよう。「枯れ枝に」の句にも静かさがありますね。
侘助 そうだよね。芭蕉の名句と言われているものはすべて読者の心に静かさのようなものを吹き込んでくる。そんな感じがするね。
呑助 言われてみれば、そんな感じがしますね。
侘助 そうでしょ。それは芭蕉の句が文学作品になっている証拠なのかもしれませんよ。
呑助 昔、法隆寺の百済観音を見ていた若い女性が一人いつまでもじっと見ている姿を思い出しましたよ。百済観音の前に立つと静かな心が満ちて来るのじゃないですか。