記憶も定かでない小さい頃に、母の実家に行った事がある。
新潟の米どころで、山あいの広い水田に囲まれた大きな茅葺屋根の家で、母の子供の頃は瞽女(ごぜ)の定宿だったらしい。
昼は暑いけれど、夜になると田んぼの蛙の大合唱で、障子を明け放して蚊帳を吊って寝ると涼しかった記憶がある。そしてトイレが遠くて暗く怖かった。
あなた達が来たのだからと餅を搗き、クマザサの葉でくるむ作業を手伝った。笹の葉の香りが移った餅は美味しくて、豪農らしい生活にあこがれました。
豪雪地でもあるため今は廃村になって、墓地だけが残っていると聞き、あの光景は二度とみられないのだと思うと寂しい気もします。
茅葺屋根に惹かれるのは、そんな子供時代の思い出からなのかは分かりませんが、世代に関わらず茅葺屋根の家屋に惹かれる人は多いでしょう。
野田村にある茅葺屋根の美しい南部曲屋の民宿「苫屋」は、電話が無いため予約は手紙・ハガキだけの有名な民宿です。
昼はカフェもやっているので、泊りではなくても立ち寄る事が出来ます。
大きな囲炉裏と黒く光った床。古民家にしては窓の多い建物と思いますが、それでも室内は薄暗い。
今は日常生活で日中でも照明を多用しますが、昔の人はこの明るさの中で生活していたはずです。
そしてテレビの音もなく静かな時間が過ぎていきます。
昔の庶民の娯楽が会話であったことは落語や宮本常一の著作でも書かれていて、語らう事が娯楽の大きな部分を占めていたらしい。お茶を飲みながら主人との会話も楽しくて、リピート率がとても高いと言われるこの民宿の一番のサービスは、故郷へ帰ったようなこの場所の魅力とともに故郷のような会話ではないかと思えました。
会話というのは今でも大切な娯楽なのですね。
野田村観光協会のページ 苫屋
新潟の米どころで、山あいの広い水田に囲まれた大きな茅葺屋根の家で、母の子供の頃は瞽女(ごぜ)の定宿だったらしい。
昼は暑いけれど、夜になると田んぼの蛙の大合唱で、障子を明け放して蚊帳を吊って寝ると涼しかった記憶がある。そしてトイレが遠くて暗く怖かった。
あなた達が来たのだからと餅を搗き、クマザサの葉でくるむ作業を手伝った。笹の葉の香りが移った餅は美味しくて、豪農らしい生活にあこがれました。
豪雪地でもあるため今は廃村になって、墓地だけが残っていると聞き、あの光景は二度とみられないのだと思うと寂しい気もします。
茅葺屋根に惹かれるのは、そんな子供時代の思い出からなのかは分かりませんが、世代に関わらず茅葺屋根の家屋に惹かれる人は多いでしょう。
野田村にある茅葺屋根の美しい南部曲屋の民宿「苫屋」は、電話が無いため予約は手紙・ハガキだけの有名な民宿です。
昼はカフェもやっているので、泊りではなくても立ち寄る事が出来ます。
大きな囲炉裏と黒く光った床。古民家にしては窓の多い建物と思いますが、それでも室内は薄暗い。
今は日常生活で日中でも照明を多用しますが、昔の人はこの明るさの中で生活していたはずです。
そしてテレビの音もなく静かな時間が過ぎていきます。
昔の庶民の娯楽が会話であったことは落語や宮本常一の著作でも書かれていて、語らう事が娯楽の大きな部分を占めていたらしい。お茶を飲みながら主人との会話も楽しくて、リピート率がとても高いと言われるこの民宿の一番のサービスは、故郷へ帰ったようなこの場所の魅力とともに故郷のような会話ではないかと思えました。
会話というのは今でも大切な娯楽なのですね。
野田村観光協会のページ 苫屋