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美しい庭 ハッシャゲニア

2010-06-12 | 名所 旧跡
南部町にある国登録有形文化財の田中邸を、ギャラリーとしているハッシャゲニア。
私邸のために一般公開はしていないのですが、展示会開催中は展示品と合わせて明治時代に建造された屋敷も見ることができます。
展示会の開催は不定期のため、いつでも行けるわけではなく、イベント開催時期のチェックは欠かせません。
それでも何度か足を運んでいるのは、こちらの建物と、とりわけ庭の美しさが素晴らしいからです。

日本庭園は深山幽谷を庭の広さの中で表現するものです。
しかしその縮尺は様々で、小は盆栽から、大は巨木のある大庭園まで。
京都の苔寺のように自然そのものを表現した日本庭園もあります。
農家の日本庭園は実用も兼ね備えていたりで、一般的に日本庭園は岩と松の組み合わせという認識も多いのですが、もっと広がりのあるジャンルの造園です。

自然を表す、というテーマはまたイングリッシュガーデンとも通じていて、イギリスの著名な園芸家は古い農家を買い取って庭を造っています。
庭とは主役となる建物との関係の中に表現されるものであり、古い日本家屋にはそれを引き立てる庭との調和が何よりも大切だと感じます。
ハッシャゲニアはそんな調和に満ちた、どこを見ても絵になる美しい場所でした。



次の展示会は
「秋谷茂郎 日々のうつわ」
6月19日~25日  11:00~18:00(最終日は16:00まで)
南部町福田間ノ原5-1







国登録有形文化財「田中家住宅主屋・米蔵・門」


6月の味

2010-06-10 | 青森自然
6月6日に二戸市の浄法寺地区でのイベントに参加してきました。
岩誦坊クラブ主催の「山の恵み体験」です。
タケノコ採りと言えば北東北ではネマガリタケ(チシマザサ)のタケノコですが、6月頃にシーズンを迎えるタケノコ採りは、毎年何人かの遭難者を出す危険度の高い山菜採りでもあります。
1人では行けないけれども行ってみたい、そんな思いのある人には最高のイベントです。

二戸市の浄法寺治区は瀬戸内寂聴の法話で有名な天台寺があり、山に囲まれた地域です。
山の恵みと共に生きる人がガイドとして案内してくれる山菜採りは、ほんの1時間程のお気楽体験なのですが、熊の目撃情報も多いこの地域では最善の対応を取っていただきながら山菜取りを楽しめます。
山菜採りで一番大変と言われるタケノコ採りは、熊の生息域に踏み込むために、熊との遭遇の確率は非常に高い。
行ってみたいと思っていても二の足を踏ませます。
ガイドの分かりやすい説明や、初心者でもできるタケノコ採りの採取場所選定は、一度は体験したい私にとっては最高でした。

午前中に山菜採りを終えての昼食も、流し蕎麦や地場の山菜料理でした。
採れたて打ちたての食事の中でも蕎麦は格別で、流し蕎麦という食べ方が、この蕎麦に対して失礼ではないかと思えるほどのコシと香り。
山村の魅力と底力を見事に堪能できる素敵なイベントでした。

 

 

 





paeonia molokosewitschii

2010-06-05 | ガーデニング
10年前に種を蒔いた山芍薬Paeonia molokosewitschii(ピオニア・モロコソウィッチ)が初めての花を咲かせました。
コーカサス地方原産、薄いレモン色の花びらと、完全には開かないカップ咲きの花、丸みのある葉が特徴です。
山野草は成長の遅いものが多い中、10年もかかるのは私の育て方が未熟なためだと思います。
品種改良された園芸種とはまた違う、山野草としての魅力を持つ山芍薬は、山野草ファンには人気のある花です。
日本で山芍薬といえばpaeonia Japonicaで、白い花を咲かせます。




人間として

2010-06-04 | 思うこと
父が亡くなりました。
葬儀の翌日、遺品整理をしていると、父の箪笥からは遠い昔の名残が出てきました。
それは私たち兄弟の小学校時代の通信簿や幼稚園の卒業証書、独身時代の母の写真、父が武道で取った免状などでした。

昔は子供に対して厳しい時代でしたが、子供心にも不条理と思える躾をされていた私は父が憎かった。
反発もしていましたし、父の葬式には出ないと公言もしていました。
それでも自分が親の立場になってからは、少しずつ理解はできるようになってもいましたが、感覚としては大きく変わりはなかったと思います。
渋々出席した葬儀でしたが、久しぶりに顔を合わせた親戚とは楽しい昔話に花が咲きました。
深く考えずに明るく和やかな葬儀を終えた翌日、出てきた遺品を眺めながら、父が歩いていた人生は、実はごくありふれたものだったのだと感じていました。
結婚する人の写真を大切に持っていたり、小さい子供の記録をまとめていたり、生前は思い出などを大切にする人には見えなかったのに、本当は所帯を持ち家族を持つことが人並みに嬉しかったのだろうな、と。
昔の男気質で嬉しさを隠していただけで、見栄っ張りで自分勝手で少し臆病な人間だっただけだ、そう思ったらいつの間にか、憎んでいた気持ちはどこか遠くへ消えてしまったように無くなってしまいました。

見つけた写真を母に見せると
「あら、綺麗じゃない」
「これをお母さんの遺影にしたら ?」
「そうだねぇ」
「じゃあそのまま黒い額装しとこうか(笑)」
「まったくもぉ(笑)」

いくらなんでもそれは図々し過ぎるんじゃないか、とチャチを入れる弟とみんなで笑う何時もの時間に戻っていました。