『現代人の日常には、現実がない』―養老孟司×岩村暢子対談
義務教育中に軍国主義教育から民主主義教育に大転換をした為、
「容易に物事が信じられない世代」となった。結果、「五感でとらえられるもの≒モノ」を信じる事で生きてきた。
裏には「信じられるものは何か」との思いがあった。
だから、同時代の多くが工学系や技術系の道に進んだ。その結果、戦後の日本は技術大国になった。
また、子ども(1960年以降の生まれ)には「何事も時代時代で変わるから」と言って、
子どもに自分のやり方や価値観も伝えようとしない。
聞かれても「こうすべきだ」とは言わず、「いろいろな考え方があっていいから、あなたのしたいようにしなさい」というのです。
1960年~生まれ(親 現在60歳台)
マークシート方式で暗記式の試験に対応した勉強をしてきた第一世代で、「答え」は自分で探すものでなく教えられるもの、そして、待つ事が出来ない世代となった。
教育内容は、サラリーマン育成教育≒消費者育成教育で知識、情報に重きが置かれ、身につける体験教育ではない。
1985年~生まれ(子ども 現在30歳台)
実際にできたかどうかよりも、前向きな「姿勢」を重視し、評価するようになった。
理解したかどうかよりも「関心や要求」を学力として評価しようとするように変った。
この世代を「ミーフェチ世代」と呼んでおり、ミー(私)に対するフェティシズムが濃厚である。
「私が大好き」で「私」に関心が高い。お気に入りの写真やマスコット、音楽や香りなどを身の回りに集め、
持ち歩いたりして、自分の内的世界の心地よさにこだわるのに、外界や他者には余り関心を持たない特徴がある。
この世代が入社し始めて「厳しくしてはいけない」「叱ってはいけない」といわれている。
なぜなら「へこみ」やすい。「私の世界」が壊されたようになって、立ち直りに時間が掛かるとの事。
○サラリーマン育成教育
岩村:1950年代後半から日本は第1次産業を他産業に振り分ける政策を採ってきて、
60年代には、「サラリーマン化」が大きく進みましたよね。
1960年以降に生まれた人たちが受けた教育をみると、
サラリーマン育成の教育だし、消費者育成の教育でもあると感じます。
人や自然と向き合って、人と協力してものをつくりだす人の教育ではなくなって、
単独で自律的なサラリーマンを育成し、賢い消費者を育成する教育になってきた、と。
だから「サラリーマン化した」と言うのは、単に産業構造が変わっただけでなく、
第1次産業にいきる人たちの培ってきたものも、教育から落としてきたということなんだと思います。
そういう教育を受けた人たちが、もう50代になっているのですから、いろんなことが変わってくるんですよね。
養老:消費者教育をやってきた結果、教育の現場においてさえ、子どもたちは消費者行動をとるようになっていますよね。
今のこどもたちは授業を商品として見ています。だから、教師が教えようとすると、「その価値を説明してみろ」という態度に出る。
授業中、ている小学生は、ずっと後ろを向いてしゃべっ行動にでているんです。
先生の話を無視することで値切り価値の分からないものを買うときは徹底的に値切るというのは、完全に消費者としての振る舞いです。
淡登水:教育はしかりした哲学を考えることから始めるめるべきだある。
しっかりした身体と心を持てる人にならなければならない。
疑問に感じることに問をたてることから始めよう
子どもは本来天性哲学者である。
それを導き出す哲学者はスピノザ「エチカ」である。
貴方のエートス(棲み処)とコナトゥス(自分の存在を維持しようとする力)を考えよう。