曜変天目のミステリー
曜変天目茶碗は、12~13世紀(中国南宋時代)の物で、鎌倉時代に中国に渡った禅僧たちが天目山から持ち帰ったことが、
天目の語源とされている。
曜変天目茶碗は、現在の中国福建省南平市建陽区にあった建窯(中国語版)で作られたとされる。現存するものは世界でわずか3点(または4点、)
しかなく、そのすべてが日本にあり、3点が国宝、1点が重要文化財に指定されている。
いずれも南宋時代の作とされるが、作者は不詳である。日本では室町時代から唐物の天目茶碗の最高峰として位置付けられている。
漆黒の器で内側には星のようにもみえる大小の斑文が散らばり、斑文の周囲は暈状の青や青紫で、角度によって玉虫色に光彩が輝き移動する
「器の中に宇宙が見える」とも評される。
五三霧
桐紋とは、ゴマノハグサ科の樹木であるキリの葉や花を図案化した、家紋などの総称である。桐花紋とも呼ばれる。 室町幕府では小判などの貨幣に刻印された。
これ以来、室町幕府のほか皇室や豊臣政権など様々な政権が用いており、現在では日本国政府の紋章として用いられている。十大家紋のひとつにも数えられている。
巴 紋ともえもん
巴とは水が渦を巻いている形をあらわしている。いわゆる渦巻き。この渦巻を火災予防のお呪いとして、民家では屋根瓦や土蔵などに用いていることが多い。巴の図を省略して「水」を描いているものも見かける。しかし巴にはもっと深い意味がある。武士の弓手に巻く皮具-鞆(とも)から、また、古代の宝器であった勾玉が巴形で、これが神霊のシンボルに移転したこともこの紋が広がった要因のようだ。 |
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