250セット手作りで貰って頂きました。それと水晶の様なお菓子(ゼリー)を添えて、
感謝の品・・師匠の松陰先生の語録も参照いたしました。
☆『志(こころざし)定まれば 気盛んなり』 吉田松陰の名言
☆『夢なきものに理想なし』 同上
★『面白き 事なき 世を 面白く』 高杉晋作の句
いつも、見えるところに置いてます。
※ 下の句『すみなしものは 心なりけり』 参照 2020/06/25 追記
野村望東尼(のむらもとに)は、晋作の病気が重くなったときいて、みまいにきたのである。歌人であり、学問もあるこの人は、晋作のよい話し相手だった。…晋作は筆と紙をとってもらうと、やっとのことで、「おもしろきこともなき世をおもしろく」と書き、あとをつづけるようにいった。「すみなすものは心なりけり」 さらさらと望東尼は書いて、見せた。「おもしろいのう」晋作は満足げに微笑をもらした。
慶応三年(1867)四月十四日午前二時。高杉晋作は、家族や友人に見守られながら、息をひきとった。数え年二十九才。満二十七才と八ヵ月である。花火のように、短くもまたはげしい生命の燃焼であった。若死(わかじに)ではあったが、高杉晋作の人生は、完結している。吉田松陰は、処刑される直前に書いた『留魂録(りゅうこんろく)』でつぎのようなことをいっている。「人間は、十才でこの世を去る者も、三十才で死ぬ者も、それぞれの人生に春夏秋冬の四季をもっている。花をつけ実を結ぶのである。私がのこす実は、どのような芽を出し、どんな実を後世に結ぶだろうか」 松陰が残した実から、芽をふいたのが、高杉晋作だったといえる。そして、晋作もまた美しい実をのこしたのである。
晋作は、乱世を生きる主役の一人であった。自分が登場すべき場面をよく心得た役者であり、決定的な解決をせまられるときにだけあらわれて、さっさといなくなるという人物だった。「動けば雷電のごとく、発すれば風雨のごとし」 伊藤博文による碑文の一節である。高杉晋作の生きざまを、みごとにいいあらわしている
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孀 婦 岩 (そうふいわ)
たまたま、一昨日も二回目の孀婦岩(そうふがん)の記録を見る機会に恵まれた。恐らく皆さんは既に
ご存じだと思われます。私にはとても奇妙な形とロッククライミングに挑む様子は、高所恐怖症
の者にとっては身体が震えます。しかし、怖いもの見たさに写真を残して置いたのです。
東京の南約650 km、鳥島の南約76 kmに位置する標高99 m、東西84 m、南北56 m、面積0.01 km
の顕著な黒色孤立突岩 。火道内のマグマが硬化してできた典型的な岩頸である。海底から陸上までの
調査により、岩質は海底部分は玄武岩であり海上部分は安山岩であることが判明している 。頂上付近
には水面に対して垂直方向の柱状節理が認められる。【参照wikipediaより】
こんな奇怪な、島に挑戦する記録映画だ!怖いもの見たさにアップしてみました。
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気が付けばpm7:30、畑作業終わる。・・・私に畑を譲ってくれた中村氏からキュウリを頂きました。
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【歩きメモ】
7718歩・5.5km・22g・1946kcal
日記風川柳
「工夫とは 人が人ゆえ 成す事と」
「意識せず 自分本位に 生きる日々」
「現代の 風潮知り なお頑固」
「指摘せず おもねるばかり 何正し」
―1年前今日のブログ記事ー
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