釧路から走り来た2両編成の列車は、根室に13分停車した後、16時10分に釧路駅を目指して元来た道を戻ります。
帰路は、車体に「北海道の恵み」と記された車両が先頭なので、私は先頭車両の進行方向左側に席を移しました。
程なく、海に浮かぶユルリ・モユルリ島が見えてきました。
未熟だったあの頃、ひたむきに一生懸命だった青春が島影と重なります。
単調なジーゼル音を響かせる列車の窓に牧草地が広がり、枯れ草色の台地と青い空の間に森の緑、その隙間に一瞬の島影を認めましたが、これがユルリ・モユルリ島の見納めとなりました。
そんな牧草地で、草を食むエゾシカを見かけました。
この牧草地は彼らの為にあるようなものです。
帰路は駅名を気にせず、何も考えずに、移りゆく景色を楽しみました。
ノリウツギが白い花を咲かせ、風車が羽を休めていました。
トドマツやエゾマツが傾きかけた陽の光の中で幹を伸ばし、
落石岬が見える海岸線で、メタリックシルバーのセダンが西陽を浴びて走り去ります。
列車は落石岬の裾を瞬く間に通り過ぎ、振り返れば、段丘涯の浜に波が寄せていました。
茎に葉を付けたイネ科の草が静かに佇み、オオヨモギが白い花を見せていました。
そして、正面に西日を受ける車内に灯りが灯りました。
景色の中で、幾頭ものエゾシカが夕餉の時を迎えています。
厚床駅に停車すると、トリコロールカラーの椅子が、誰かの到着を待つかのように並んでいました。
朝上り列車で登校した女学生が、今度の下り列車で帰ってくるのでしょうか。
ルパン三世が待合室から銃を向けていた姉別駅を過ぎ、浜中方面へ20分ほど進んだ頃、
列車は警笛を鳴らしながら、スピードを緩めました。
線路にまたエゾシカが侵入したのかと思い、運転席横の窓から覗くと、線路上を3羽のタンチョウが歩いています。
運転手さんが「シカの姿はよく見かけますが、これは珍しい。3羽は親子で、一羽は今年生まれたヒナです」と問わず語りに解説してくれました。
親鳥が茶色っぽい色付きのヒナを守りながら、3羽は列車の進行方向へ歩き続けます。ヒナはまだ十分に飛べないのかもしれません。
線路の両側に灌木が茂り、タンチョ親子に逃げ場はありません。
運転手は時々警笛を鳴らしながら、根気よく列車を進めました。
そしてやっと、右手に森が開けた場所まで来ると、3羽は羽を広げて、その中へ飛び去ってゆきました。
永い時間だったように思いますが、後で撮影時間を確認すると2分ほどのドラマでした。
そして駅舎にも灯が灯り始め、これ以降は、旅の景色を撮影できなくなりました。
18時51分、列車は定刻通りに釧路に終着し、釧路で19時27分発の帯広経由新得行き普通列車に乗り換えました。
一両編成の普通列車は、闇の中を走り続け、約2時間半後の22時01分に帯広駅に到着しました。
私は帯広駅で降りて、駅近のコンビニで缶ビールを買い求め、数分程も歩いた公園にテントを張り、その中に転がり込みました。
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追伸:大学時代サークル後輩の 森さんからメールで
「長沼町の舞鶴遊水池でタンチョウの繁殖が確認されており、石狩市の
コーン畑を餌場に飛来している」との情報を頂きました。
石狩川河口辺りで、当たり前にタンチョウの姿が見られる日がくるかも
しれません。