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カトマンドゥを散策

2014-03-31 23:44:02 | ヒマラヤ・トレッキング 花の旅

 

 今から4~50年も前のことですが、日本で山岳写真というジャンルを確立した白旗史郎のヒマラヤ山岳写真集を目にして以来、「一度は自分の目でヒマラヤを見てみたい」との思いを抱き続けてきました。


 定年退職後も、常にネパールのガイドブックを手元に置いて、ネパール語の日常会話集なども本棚に飾り「何時かきっとヒマラヤに行ってやるぞ」と念じ続けてきました。


 そんな日々の中で偶然、航空会社のポイントを使って、安価にネパールへ行けるチャンスが転がり込んできたのです。

 


 既に年金生活へ突入して、贅沢ができる身分ではありませんが、一度チャンスを逃したら、次は無いかもしれません。


 慌ただしく旅の準備を進め、気が付くとカトマンドゥ( カトマンズ )の宿に辿り着いていました。

 

 

 私にも青年時代と呼べる季節がありましたが、その頃は日本を離れ、見知らぬ世界へ旅立ちたい衝動に駆られていたことを、今更ながらに思い出しています。


 「青年は荒野を目指す」などと云う、かなり気恥ずかしいフレーズに獏とした憧れを持っていたことも事実です。

 

 多分、あの頃から基本的な精神構造は少しも変わっていないのかもしれません。

 

 昼近くになって、宿の向かいの店でパンを買って口に頬張り、それをコーラで胃へ流し込むと、私はカトマンドゥ市街の散策に出かけました。


 初めて訪ねた異国の街に、好奇心を刺激されたのですが、思い付きの旅ですから、スケジュールに因ってはこの街が拠点となるはずです。


 バスなどの交通事情やドミトリー(相部屋方式の安宿)などを確認しておこうと考えました。


 下のカトマンドゥ市街の概念図(市街図)を以下にご覧下さい。


 図の上方の四角いオレンジ色がゲストハウスのドルフィンです。


 カトマンドゥ市街北部のタメル地区と呼ばれる場所に位置しています。


 市街の南北は徒歩で30分程。凡そ2kmぐらいの距離でしょうか。

 

 

 

 私は宿前の細い路地を抜けて、ナーシングゲイトと称する、南へ延びる通りへと歩を進めました。

 

 

 通りの両側には衣料品店や御土産物屋などが並んでいます。


 通りは意外と清潔で、ゴミなどは見当たりません。

 

 デリーの街とは雲泥の差です。


 ヒンドゥー教の仏具か、お土産用かは分かりませんが、いかにもネパールらしい装飾品を並べた店などが目に付きます。

 

 

 タメル・チョークの十字路を抜けて暫く進むと、市街図青△1のタヒティー・チョークと呼ばれる場所に出ました。

 

 

 白いストゥーパ(仏塔)に幾枚もの旗がはためいていました。


 この場所は複数の道が交差していますが、信号もない広場の中で、人、自転車、バイクや自動車までもが混然と行き交っています。

 


 私は気儘に、斜め左手の道へ進みました。

 

 石畳み通りに面した肉屋の店先に、生肉を載せた台が無造作に置かれていました。

 

 

 その先の道は、市街図青△2のアサンチョークの交差点へと続き、その場所のアンナプルナ寺院では、香が絶え間ない煙を燻らせていました。

 

 

 周囲には、豆や穀物の袋を並べた店が軒を並べ、タメル地区とは違った、より庶民的な暮らしを感じさせる雰囲気を漂わせていました。

 

 

 

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親切な宿のオーナー

2014-03-27 23:04:08 | ヒマラヤ・トレッキング 花の旅

 

 3月2日 カトマンドゥ( カトマンズ )のゲストハウス、ドルフィンの205号室で目を覚ましました。

 

 

 前日チェックインする時、オーナーのスレンドラさんから日本語で、「朝食は屋上のテラス席に準備します」と言われていたので、部屋を出て屋上階へ階段を登って行きました。


 屋上に出ると、雰囲気の良いテラスに素朴なテーブルとイスが備えられていました。


 テーブルの周囲には鉢植えのデイゴのような赤い花が並び、掃除も行き届き、静かに、ゆったりと食事ができる雰囲気が整えられていました。

 

 

 朝食はバターとジャムを添えたパンに、バナナ、ポットにコーヒーか紅茶と卵料理といった内容です。

 

 

 テラスの周囲に、名も知らぬ小鳥達の囀りが響き、ツートンカラーのカラスの姿も物珍しく、まるで高原のレストハウスで朝食を摂っているかのような、素敵なひと時を過ごすことができました。

 

 

 

 私は朝食後、このテラスで「地球の歩き方」を詳細に見直して、明日からのスケジュールの検討を始めました。

 

 優占順位の最優先はヒマラヤトレッキングです。

 

 ガイドブックに依れば、ヒマラヤでトレッキング対象となる主要な場所は7つのエリアに分けられます。


 ポカラを起点としたアンナプルナ山域はロッジやレストランの質も良いので、快適なトレッキングができると記載されていました。

 

 しかし、アンナプルナ山域もコースの取り方によって1~2日のミニトレッキングから1か月にも及ぶ本格的なものまで、多彩なコースがあるようです。

 


 今回は取りあえず、ポカラから4~5日で歩ける標準的なコースを選択することにしました。

 

 ヒマラヤを眺めながらのんびり歩きたいのですが、同時にシャクナゲの花も見たいし、可能であれば、野に咲く花々にも巡り会いたいのです。

 

 しかし、花に出会えるか否かは、実際に行ってみなければ何とも言えません。

 

 アンナプルナ山域で花に会えなければ、次は世界最高峰のエベレストが見えるコースを訪ねることも考えました。

 

 凡そは、そんな作戦で臨むことにして、1階のロビーへ下りてゆきました。


 カトマンドゥの日常的な停電の中、灯りが消えたロビーでオーナーのスレンドラさんが待っていてくれて、「明日から、どうされますか」と問われました。

 

 

 そこで、先ほどのプランを説明しますと、アンナプルナ山域へ入るのであれば、TIMS (Trekkers Information Management System)許可証と、アンナプルナ保護区入域証を取得する必要があり、その二つはカトマンドゥで同時に取得できるとのことでした。

 

 しかし、今日の日曜日は夫々の事務所が休みなので、明日に手続きを行ない、明後日のバスでポカラへ向かうとよい、とのアドバイスを頂きました。

 

 明後日のポカラ行きのバスはスレンドラさんが手配してくれるそうです。


 昔の日本人のような、誠実なスレンドラさんの人柄に感銘し、私は全てをスレンドラさんのアドバイス通りに行うことにしました。

 

 

 

 

 実は、私にはもう一つ解決しなければならない懸案事項がありました。

 

 それはお金の問題です。

 

 今回の旅行は物価が安いネパールの、費用の安いトレッキングが目的なので5万円程の日本円を持参したのですが、インドで1万円をインドルピーに換金しましたので、現金が少々不足しそうなのです。

 

 トレッキング中の山の中は勿論、カトマンドゥでさえもクレジットカードが使える場所は限られます。

 

 日本円をネパールルピーに換金する場合は各所に両替所があるのですが、それでも円の現金が無ければ話になりません。

 

 日本を出る前に、ネパールではクレジットカードを使いATMでキャッシングができるとガイドブックに記されていたので、JALカードのVISAを持参したのですが、このカードにはキャッシング機能が付加されていないことを忘れていました。

 

 もう一枚持参した楽天カードでキャッシング機能が使えなければ、ちょっと困ったことになりそうです。

 

 実際、昨晩チェックインした後で、ホテル近くのATMで試したのですが、上手くいきませんでした。

 


 そのことをスレンドラさんに相談すると、幾つかのATMを一緒に周ってくれて、その内の一つが見事に反応し、1万Rsの現金が、まるで魔法のようにATMからスルスルと出てきたのです。

 


 この時は本当に嬉しくて、

 

 迷い込んだ洞窟の暗闇から、いきなり晴天の草原に飛び出たような気分を味わいました。

 

 それにしてもスレンドラさんの親切が身に染みました。

 

 

 

 こうして私は、全ての懸案事項を解決し、その日の午後、安心してカトマンドゥ市内の見学に出かけることができたのでした。


 まあ、それにしても準備不足が甚だしくて、今にして思えば冷や汗ものです。

 

 

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ネパール 入国

2014-03-27 15:23:14 | ヒマラヤ・トレッキング 花の旅

 

 デリーのインディラ・ガンジー国際空港は世界最悪の空港の一つと云われていることを後から知りました。


 ネパールへの旅を急に決めたので、ネパール関連の情報収集に集中し、経由地のインド関連情報収集にまで手が回らなかったのです。

 

 それでも今こうして、何とか事なきを得て、ネパールへ向かう飛行機のタラップを渡っています。

 

 

 エアインディアのシートに身を収めると、席のシートポケットにあった新聞記事にクリケットの写真が掲載されていました。


 インドとスリランカの試合が行われたようです。

 

 

 

 私はネットで飛行機を予約する時に、左手前方窓側の席を予約しました。

 


 デリーからカトマンドゥ( カトマンズ )へ向かう飛行機の左側にヒマラヤ山脈が見えるはずなのです。


 飛行機の窓に広がる、雪を被った8千メートル級の山々を想像していました。

 

 

 しかし、何と云うことでしょう。


 デリーを離陸した飛行機は、インド上空を東へ飛び続け、ネパールにはなかなか近づきません。

 

 

 しかも、ネパール上空へ続く空は厚い雲に覆われ、飛行機はその雲を避けるように、インド領空を飛行し続けました。

 


 離陸後1時間半ほど経った頃、飛行機は突然機首を北へ向けると、厚い雲の中へと降下を始めました。


 厚い雲を突き抜け、険しい尾根に人家が点在する光景を垣間見ながら、更に飛行機は雨雲の中へと降下を続けます。

 

 

 灰色の雲を抜け、着陸直前になって、雨に濡れたカトマンドゥの街が姿を見せました。

 

 

 ネパールの首都のカトマンドゥ・トリブヴァン国際空港は、日本で云えば、北陸の地方空港を想わせる質素な佇まいでした。


 飛行機から降りた乗客達は、ショルダーバックを肩にする欧米人の姿が目立ちました。

 

 

 

 私はインドでの失敗を教訓に、最初に1万円をネパールルピーに両替しました。


 1万円が9400Rs(ルピー)程のレイトでした。



 入国審査が超スローペースで進み、フロアに長い人の列ができていました。



 「郷に入っては郷に従え」です。



 私は長い列に並びながら、意識の中の日本時計をネパール時計に置き換えました。

 

 

 観光目的でネパールに入国する場合、滞在期間が30日以内であれば申請料として5千円ないし40US$をキャッシュで支払います。

 

 滞在期間が15日以内であれば3千円か25US$ですが、何れの場合もクレジットカードやトラベラーズチェクは使えません。

 

 それと顔写真が必要ですが、空港のフロアに写真屋が店を構えていました。

 

 写真は二枚セットで400 Rsだと言うので、500 Rsを渡すと、そのままポケットに入れて知らん顔です。

 

 お釣りは?と催促すると平然と「ない」との返事が返ってきました。

 

 入国審査を終えて外へ出ると、タクシーの客引きが英語で声を掛けてきました。

 

 宿は決まっているかと言うので、カトマンドゥ市内のタミル地区と答えると、700 Rsだと言います。


 事前情報よりも高いと思ったのですが、市内への交通手段は、タクシー以外は現実的ではないとガイドブックに記載されていました。


 雨も降っていたので、言われるままに金を払い、黙ってタクシーに乗り込みました。

 


 この時にレシートを渡されましたが、そこには「空港プリペイドタクシーサービス」と記載されていました。どうやらこれが空港でのオフィシャルなシステムのようです。

 

 

 

  タクシーの窓から、雨に煙る街を眺めながらカトマンドゥ( カトマンズ )市内へ向かい、ネット予約したタメル地区のゲストハウス「ドルフィン」にチェックインすることができました。

 

 

 

 

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マイレージを有効に活用する

2014-03-26 22:25:24 | ヒマラヤ・トレッキング 花の旅

 

 3月1日

 

 今日は、13時10分発のエアインディアYM8MP便でネパールに飛びます。

  

 ネパールの首都、カトマンドゥー トリブヴァン国際空港に14時55分着の予定です。

 

 しかし、昨晩早目に寝たので、朝早くに目が覚め、8時前にホテルをチェックアウトしていました。

 

 地下鉄を使えば空港までは20分程なので、9時前に空港に到着していました。

 

 フライトまでは4時間以上、チェックインまで約2時間、手荷物検査や出国審査に1時間、出発まで1時間と、退屈する程に余裕があります。

 

 しかし、これ程まで時間に余裕を持たせたのには訳があります。

 

 実は今回の旅を決めてから、1か月も経っていないのです。

 

 本来は、台湾を自転車で一周するつもりで準備を進めていました。

 

 ところが、1月下旬にJALから、「2月20日から3月20日までの間、通常3万5千マイル必要なデリーへ、2万マイルでご搭乗頂けます」という会員メールが届いたのです。

 

 その時私が貯めていたのは2万1千マイル程でした。

 

 貯めたマイルを使って、インドまで飛べば、そこからネパールまで、2万円台の運賃で往復できるはずです。

 

 学生時代から山登りを趣味にしていた私の夢は「ヒマラヤを一度は目にしたい」でした。

 そして今回、その夢を叶えるチャンスが突然巡ってきたのです。

 

 但し、マイルで搭乗できる席数は限られますので、のんびりしていると折角のチャンスを逃しかねません。

 

 計画の詳細を考える前に、2月28日にデリーに飛んで、3月19日にデリーから成田へ帰国する飛行機を予約していました。

 

 2月27日は、健康診断の胃バリウム検査が入っていたので、これがヒマラヤ旅行を実現する、ぎりぎりの日程だったのです。

 

 ということで、何が起こるかは、行ってからのお楽しみ~、という旅が始まりました。

 

 ま~ 今思ってもほんとにいい加減でした。

 

 ところで、ネパールへ飛ぶ飛行機は午後の便を予約したので、当初は、午前中にデリー市内を散歩しようと考えていました。

 

 しかしインドへ足を踏み入れると、この国は私の予測し得ない価値観で生きる匂いが溢れていました。

 

 触らぬ神に祟りなしです。

 

 面倒が起こらぬ前に、飛行機の搭乗手続きを済ませることにしました。

 

 

 ホテルからデリー駅まで歩き、駅構内を横切って反対側へまわると、駅前広場に無数の三輪タクシー(リキシャ)が並んでいました。

 

 

 それにしても、駅前広場は見事な汚さです。

 

 

 駅前広場に面したサンドウィッチ屋で朝食を済ませ、早々に地下鉄の駅へ向かいました。

 

 

 地下鉄駅のコンコースは清潔でゴミ一つ見当たりません。


 地上とは別世界かと思う程でした。

 

 地下鉄の駅構内へ入るとき、手荷物検査とボディーチェックを受けました。

 

 窓口で150ルピーを払うと、プラスチックのコインのようなものを渡され、それを自動改札機にタッチしてプラットホームに入りました。

 

 

 地下鉄のプラットホームは、線路がガラス扉で仕切られ、安全で清潔な空間が広がっていました。

 

 

 地下鉄はデリー出発後の二駅は地下を、その後地上に出て、高架を走り始めました。

 

 

 車内はとても清潔で、乗り心地は日本の地下鉄同様、すこぶる快適です。

 

 

 空港駅に着いて、プラットホームを出る時、自動改札機に先ほどのプラスチックコインを投入すると、改札機のゲートが開きました。

 

 改札口はそのまま空港ビルに直結していました。

 

 デリー市内の地理や、ホテルの位置等に不安が無ければ、地下鉄はタクシーよりも安価で便利な移動方法と思います。

 

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デリーで戦意消失

2014-03-25 22:35:20 | ヒマラヤ・トレッキング 花の旅

 

 デリーで、入国審査を終えた私は、最初に両替を試みました。

 

 しかし、空港内の両替所で5千円札を出すと、両替は1万円からだと言われたのです。

 

 一晩だけの滞在ですし、ホテル代はネットで先払いを済ませています。


 タクシーと夕食代さえあれば事足りるので、一旦空港の外へ出て様子を見ることにしました。

 

 しかし、空港ビルの外はバスとタクシーが並ぶばかりで、両替所は空港ビルの中だけのようです。

 

 再び、ビルへ戻ろうとすると、入口で銃を構えた警備員に阻止されました。

 

 アリャ!参ったな、「現金が無ければ手も足も出ないぞ」と悩んでいると、丁度そこへ、飛行機で隣り合わせたMさん達が出てこられたのです。

 

 Mさんに窮状を説明すると、添乗員の方に相談してくれて、「取り合えず、タクシーでデリー市内へ行けばホテルで両替ができるはずです」とアドバイスを頂きました。


 更には、ご親切にもタクシー乗り場まで案内してくれたのです。

 

 Mさん、その節は本当にありがとうございました。

 

 

 さて、タクシーに乗ってしまえば、こっちのもの。

 

 運転手に、ホテル名と住所と地図を印刷した紙を示した後、タクシーの車窓から、売子が交差点で、バスの客へパンを売る様子などを興味深く眺め続けました。

 

 

 しかし、インターネットで予約したホテルの地図は全くいい加減でした。


 タクシーの運転手は、当てにならない地図を諦め、街行く人に住所を告げて、何とかホテルを探してくれたのです。

 

 

 当初は、今までの海外旅行のように、地下鉄を利用して、自分の足でホテルを探すつもりだったのですが、両替に失敗したおかげで、タクシーを使ったことが幸いしました。

 

 前回のロンドンでは、レンタカーのナビが使えたので問題は無かったのですが、インドはインターネット情報を鵜呑みにして、大変な目に合う所でした。

 

 この一件で、インドは注意しなければと、身構える気持ちが芽生えました。

 

 さて、無事にホテルに着いて両替を済ませ、シャワーを浴びた後、何時ものように夜の街へ繰り出しました。

 


 目の前の車道を当たり前のように牛車が通り過ぎます。

 

 

 地下鉄にも乗ってみたかったので、地下鉄のデリー駅を探すことにしました。


 ホテルから5,6分も歩くと、鉄道のデリー駅に出ました。

 

 ネット情報では、デリー駅の構内を抜けた、反対側に地下鉄の乗車口があるはずです。


 夜行列車が出発するのでしょうか、駅のプラットホームは、大きな荷物を持った乗客でごった返していました。

 

 

 駅を反対側に抜けると、すぐに地下鉄とその乗車口を確認することができました。

 


 しかし、この街が本当にインドの首都なのでしょうか? 

 


 ビルは煤け、道路に意識を失った若者が倒れ込み、道路のアスファルトは剥がれ、穴の開いた場所に水が溜まっています。

 

 今まで生きて来て、目にしたこともないような光景が周囲に満ち溢れていました。


 中国の旅でも経験したことのない、価値観が全く異なる世界に紛れ込んだような、恐怖心が伴う違和感を覚えました。


 旅は今日始まったばかりです。


 ついでに立ち寄ったインドで、身動きが取れなくなったらあまりにも悲しすぎます。



 流石の私も、今度ばかりは街を探索する戦意も消失し、余計なことはせずに、そのままホテルへ戻ることにしました。

  

 

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ヒマラヤが見たい

2014-03-25 19:51:46 | ヒマラヤ・トレッキング 花の旅

 

 2014年2月28日午前11時35分 成田空港を離陸したJAL749便はゆっくりと高度を上げながら、機首を南へ向けました。

 

 

 東京の北部をかすめ、奥多摩辺りから甲府盆地に入り、南アルプスを越えて行きます。

 

 

  飛行機が向かう先はインドの首都デリー。

 

 そして、私の旅の目的地はネパールです。

 

 南西方向へ、太陽を追うように飛び続ける飛行機の到着予定時間は現地時刻の18時20分。

 

 東シナ海を越え、上海辺りから真直ぐデリーに向かう経路をとれば、最短距離となるはずです。

 

 その経路であれば、南アルプスを眼下としたように、ヒマラヤ山脈の雄姿を拝めるかもしれません。

 

 その光景を期待した私は、飛行機の窓側に席を確保し、離陸後もずっと機外を眺め続けていました。

 

 

 しかし、JAL749便は上海辺りから中国上空に入りましたが、そのまま南下を続け、まるでヒマラヤを迂回するかのように、雲南省の昆明から、ミャンマー国境附近へと航路を進めます。

 

 あぁ、そうでしたよね。

 旅客機は高度1万メートル前後を航行しています。

 エベレストは標高が9千メートル程もあり、安全な飛行経路を考えればヒマラヤを迂回するのは当然かもしれません。


 ちょっと考えが甘かったようです。


 それでも、もしかしてヒマラヤの山影が見えはしないかと目を凝らしましたが、ヒマラヤの方角に乳白色の雲が広がるばかりでした。

 

 

 こんな風に、離陸直後からヒマラヤが気になって、窓の外ばかり眺めていましたが、山が見えないことが確実となった辺りから、いつの間にか、隣席に座る女性との会話が始まっていました。

 

 私は三年程前に民間会社を定年退職し、花や木を眺めながら暮らしていること。

 

 今回はヒマラヤで花の写真などを撮影しながら、歩き廻る予定であることなどをお話しました。

 

 私の席の周囲の10人程の女性の方々は、皆さんヨガのインストラクターをなさっているのだそうです。

 

 明日から一週間、デリーから北へ100km程の場所で、ヨガの世界大会に参加されるとのことでした。

 

 そんなこんなの会話を弾ませている内に、順調に飛行を続けたJAL749便は、ほぼ定刻通りの時刻にデリーに到着しました。

 

 

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