中村哲・澤地久枝(聞き手) 『人は愛するに足り,真心は信ずるに足る アフガンとの約束』 岩波現代文庫 2021年
2019年12月,アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲さんと,ノンフィクションライターの澤地久枝さんとの対談の記録である。2008年,中村さんの帰国の折に対談は行われ,その記録は,2010年に岩波書店から刊行された。本書はそれを文庫の形にし,内容を補って今年出版されたものである。なお,この本の印税は中村さんのご遺族に支払われる。
この本を読んで,わたしはペシャワール会(中村さんの現地事業を支援するために結成された国際NGO団体)のホームページで,中村さんの事業をあらためて確認した。6年間の医師としての派遣期間の後も,自ら望んでアフガニスタン現地の医療に従事し,さらに農地・農村の回復を目指して,用水路の建築に関わり,24.5㎞の用水路を完成して,16,500haの砂漠を緑地化し,65万人の飢えを救い,農村社会を築いた偉業は,奇跡か神の技かとすら感じられる。しかし,これはアフガニスタンの人々と,日本人ボランティアが成し遂げた事業である。
対談において,澤地さんは根掘り葉掘り,中村さんが刑事の尋問のようだというほどに,生い立ち・家族を含めて,中村さんの本音を聞き出している。ここでは,その内容の紹介というより,わたしの感じたことを記したい。
中村さんは,この事業を始めた動機を訊かれ,「運命というか,さだめによって」と答えている。派遣医師としてアフガニスタンでの医療に従事し,それでは埋められない現地の人々との隔たりを感じ,その隔たりを埋めることを自らに課した。それを運命という。それは重い責任を負うということだったろう。対談の中で,落馬事故で死にそうになった時,このまま死ねば楽になると思ったと,中村さんは述べられている。
中村さんは,アフガニスタンの人々の歴史,習慣,掟を尊重し,人々が何を必要としているかを考慮し,現地の方々と一緒に事業を進められた。ペシャワール会を窓口として送られてくる寄付金はすべて現地の事業に還元し,必要な機器・資材の購入,人件費にあてられた。上から目線で押し付けるのではなく,農民と同じ立場で中村さんはそれを受けとっている。
中村さんは,この対談の時点でアメリカ軍のアフガニスタンからの全面撤退を予言している。撤退に際して,バイデン大統領とアメリカ軍司令官が述べた,「自分たちで自分の国が守れない人たちに,アメリカ人の命をかけることはできない。」に示される姿勢は,中村さんのアフガニスタン人に対するスタンスとは対照的である。
この本を読んで,わたしはタリバンに対する認識を改めさせられた。わたしは,アフガニスタンを題材にした小説(*)を二つ読んでいる。その内容はタリバンに属する人(達)の「悪行」を描いていて,マスコミで伝えられる風評も手伝って,タリバン=悪というイメージを持っていた。中村さんはタリバンに非難すべき点があることは認めつつ,それが一枚岩的な存在ではないと述べられている。
タリバンはアフガニスタン人の農民に基盤を置く組織であり,アルカイダのような国際的な知識人を主体とするテロ組織ではないと指摘する。アフガニスタンの伝統と掟を尊重し,地区の長老会議と話し合って,その地区を治める。外国軍隊の誤爆などによる被害に対する復讐は,アフガニスタンの伝統である。タリバンはアフガニスタン人であり,いくら根絶やしにしようと思っても,決してできるものではない。
わたしには,中村さんが言われることの真偽は分からない。しかし,そうあって欲しいと思うし,そうであることがアフガニスタンの将来への光であって欲しい。
*カーレド・ホッセイニ (佐藤耕士訳) 『カイト・ランナー』 アーティストハウス 2006年
*ヤスミナ・カドラ (香川由利子訳) 『カブールの燕たち』 早川書房 2007年