影のこと。

2008年05月16日 | 思う

忙しく、あれもこれもの毎日に

へとへとになります。

一日の時間は限られています。

毎日 追われて 追われて

あれもこれもいっぱいです。

そうなると ごはんをたべる。

そういう 行為自体が面倒になります。

そしゃく すら 面倒に。

時間を削ろうとすると、ごはんの時間をけずる。

早く。 早く。 というわけです。

映画なんか観てますと、実に食事に時間をかけている。

会話を楽しみ、ゴージャスな時間を過ごしている。

ように 見える。

りんごひとつむくのにも、笑いながら、相手を見つめ

会話の途中で 目の玉を上に上げたり、

両手で感情を表しながら、りんごを口に運ぶ。

あぁ 実に楽しそうだ。

が 食事の支度を日に3回。

毎日、毎日となると、買い物から始まって、

作って、食べて、後かたづけです。

わたしに あんなゴージャスな食事は、夢のまた夢。

誰かわたしに、笑いながらりんごをむいてください。

、、、

制作やなんかで いっぱいいっぱい。

やらなくちゃならないことは 盛りだくさん。

考えなくちゃならないことは いっこうに減らない。

おまけに 次から次から面倒なこと。

そんなことに囲まれたときの、食事の支度は最悪。

。。

いつだったんでしょうか。

そんな あれもかれもに ふさがれていた時です。

ほんとはいつだって ふさがれてるかもしれません。

何も 考えてしたことでもないんですが。

わたしは いつものように

食卓の25Wのランプを付けて 

ごはんを食べていたんです。

実に 義務的に。

わたしは なぜかその時 影に。 

いえ 影が わたしに。

なんて言えばいいんでしょう。

25Wの白熱灯は、

グラスに入った麦茶の影を テーブルに落とし、

わたしの 茶碗や お椀や 小鉢の影を テーブルに落とし、

わたしが 動かす箸 の影を テーブルに落とした。

 

う  ご  く 。 

は し 。

、、

箸を動かす わたし。

動かされる 箸。

子供のころ、親に刷り込まれた

日本人としての正しい箸の持ち方の わたし。

その動いている箸は わたしを生かすために

わたしは わたしを 生かすために

何代も前の親、またその親が

箸使い方を厳しく教え

わたしは 無意識に その箸で

確実に食べ物をとらえ 口に運び

そしゃくする。

あるいは飲み込む。

その影 箸の動きの。 

手や指の。

それらに 静かに 何かを 

わたしは 何かを 感じて

一瞬 止まった。