朋美は腹を立てていた。明日は自分の誕生日だというのに、恋人の健太は急な出張で今から大阪に飛ばねばならないという。
「誕生日は一緒に祝ってくれるって約束したのに…」
『悪いな。取引先との急な仕事が入っちゃってさ。でも、朋美の誕生日は一番に祝うよ』
「本当?約束よ?絶対だからね!」
『ああ、約束するよ。じゃあね朋美。愛してるよ』
そんな恋人同士のありふれた会話を交わし、朋美は電話を切った。
「さってと…もう寝よ~っと」
夜の11時、朋美は部屋の明かりを消して、ベッドに入った。今夜は両親も留守で、二階建ての一軒家には朋美一人である。
(ちょっと怖いな…ま、幽霊なんているわけないしね。平気平気)
そんなことを考えて、朋美は眠りについた。
どれ程経っただろうか。
うつらうつらと舟を漕いでいた朋美は、物音に目を覚ます。
ガサゴソという何かを漁る音。ギュッギュッという室内では不自然な足音。ドアが開閉する音。全ては下の階から聞こえる。
朋美の脳は一瞬にして覚醒する。
泥棒…朋美の脳裏に浮かんだ二文字は、規則的な足音が階段をのぼってくることで色濃くなる。
(やだ!こっちにくる!どうしよう…)
朋美は焦った。足音は間近だ。朋美の寝室の隣から聞こえてくる。
慌てた朋美は、それでも極力音を立てぬようにクローゼットの中に隠れる。咄嗟に枕元に目覚まし用にと置いていた携帯も掴んだ。
朋美がクローゼットの戸を閉めた瞬間、部屋のドアが開く。入ってきたのは大柄な男。男が自分の部屋に入ってくる様子を、朋美はクローゼットの戸の隙間から見ていた。
机の上に置かれた蛍光塗料付きの時計が放つ緑色の怪しい光が、男の持つ何かを照らし出す。
それは、包丁だった。
(いやだ…いやだ!見つかったら殺される!助けて健太、健太!)
男がすぐそこにいては、警察に電話することもできない。朋美は来るはずのない健太に助けを求めた。
(ん…?健太…?)
何かが頭に引っ掛かる。
ふと、目線をうろついている男から、机の上に移す。
時計の針がカチリ、と音を立てて重なった。