見るともなしに古い雑誌をめくっていた。
ふと指が止まったのは「ファーストkissの平均値は?」の
記事だった。
おれ16歳のとき。
庭にタバコを投げ捨てる洋子さんを呼び止めて注意した。
彼女は回り廊下の柱に寄りかかり天に向かってタバコを吸う、
右手の親指と中指でタバコの火種を器用にはじいて落とし
吸い殻をぽいっと中庭に投げ捨てる。
この中庭を掃除するのは毎朝のおれの勤めなんだが、
洋モクの白いフィルターに付いているルージュの色で
洋子さんの仕業と見当をつけていた。
振り向いた彼女はおれの眼をじっと見つめて、
「あんた、可愛い顔して生意気ね」
白く細い指でおれのほっぺたをつねる真似をする
どぎまぎしたら紅いルージュの唇が迫ってきた。
ぶちゅっとキスしてふふんと笑われた。
それだけでおれはズキンとしたのだが、
彼女はもう後ろ姿を見せて部屋に戻っていく。
いつかあの細い腰を両手で引き寄せおれの胸に屈服
させてやると思ったが、当たり前に敵わなかった。
この家のひとり娘の彼女は奇抜というか才気というか、
一筋縄ではいかないオーラと芸大生気質をにじませ、
ぼくと中庭を睥睨していた。
さすがに母方の親戚は良くも悪くもとび抜けている。
春夏秋冬1年と半年をこの家で暮らし、おひねりを
あげる人にもらう人、普通の生活では体験できない
あまたのことを教わった。
「高見順(1907-1965)」の最後(全身がんによる心臓衰弱)
午後二時半ごろ、三島の龍沢寺の中川宗淵師が病室にはいってきた。
彼は高見の一高時代の同級生であった。
彼は巻紙に書いた決別の辞を枕頭におき、しばらく高見の顔を
見つめていたが、やがて「こんなものは取りましょう」と
酸素吸入のパイプをはずしてしまった。
あっけにとられた医師に会釈して、宗淵師は読経を始めた。
それは二時間もつづいた。
秋子夫人は記す。
「朗々とした、身にしみわたるお声だった。最後に『喝!』と
大きな声で叫ばれたとき、高見は私の方をみて、息をひきとったのです。
閉じられた双のまぶたからは、はらはらと涙があふれ両方の痩せた頬に
流れ落ちました。五時三十二分のことでした」
(山田風太郎著人間臨終図鑑Ⅱより抜粋転載)
人生は色のようなもの
ハダカで生まれたオノレをあらゆる色に染めてゆく
朝は可憐、夜は豊穣、今日はだいだい、明日は空色、
どんな色でも思いのままに融通無碍。
今朝はどんより灰色の雲
昨日は校正ミスにあたふたして
なんとか終わって淡い抹茶色のドリンクは
モヒートにミルクをステアしたような色だった。
ふと指が止まったのは「ファーストkissの平均値は?」の
記事だった。
おれ16歳のとき。
庭にタバコを投げ捨てる洋子さんを呼び止めて注意した。
彼女は回り廊下の柱に寄りかかり天に向かってタバコを吸う、
右手の親指と中指でタバコの火種を器用にはじいて落とし
吸い殻をぽいっと中庭に投げ捨てる。
この中庭を掃除するのは毎朝のおれの勤めなんだが、
洋モクの白いフィルターに付いているルージュの色で
洋子さんの仕業と見当をつけていた。
振り向いた彼女はおれの眼をじっと見つめて、
「あんた、可愛い顔して生意気ね」
白く細い指でおれのほっぺたをつねる真似をする
どぎまぎしたら紅いルージュの唇が迫ってきた。
ぶちゅっとキスしてふふんと笑われた。
それだけでおれはズキンとしたのだが、
彼女はもう後ろ姿を見せて部屋に戻っていく。
いつかあの細い腰を両手で引き寄せおれの胸に屈服
させてやると思ったが、当たり前に敵わなかった。
この家のひとり娘の彼女は奇抜というか才気というか、
一筋縄ではいかないオーラと芸大生気質をにじませ、
ぼくと中庭を睥睨していた。
さすがに母方の親戚は良くも悪くもとび抜けている。
春夏秋冬1年と半年をこの家で暮らし、おひねりを
あげる人にもらう人、普通の生活では体験できない
あまたのことを教わった。
「高見順(1907-1965)」の最後(全身がんによる心臓衰弱)
午後二時半ごろ、三島の龍沢寺の中川宗淵師が病室にはいってきた。
彼は高見の一高時代の同級生であった。
彼は巻紙に書いた決別の辞を枕頭におき、しばらく高見の顔を
見つめていたが、やがて「こんなものは取りましょう」と
酸素吸入のパイプをはずしてしまった。
あっけにとられた医師に会釈して、宗淵師は読経を始めた。
それは二時間もつづいた。
秋子夫人は記す。
「朗々とした、身にしみわたるお声だった。最後に『喝!』と
大きな声で叫ばれたとき、高見は私の方をみて、息をひきとったのです。
閉じられた双のまぶたからは、はらはらと涙があふれ両方の痩せた頬に
流れ落ちました。五時三十二分のことでした」
(山田風太郎著人間臨終図鑑Ⅱより抜粋転載)
人生は色のようなもの
ハダカで生まれたオノレをあらゆる色に染めてゆく
朝は可憐、夜は豊穣、今日はだいだい、明日は空色、
どんな色でも思いのままに融通無碍。
今朝はどんより灰色の雲
昨日は校正ミスにあたふたして
なんとか終わって淡い抹茶色のドリンクは
モヒートにミルクをステアしたような色だった。
アイドリングはまだ
眠くないけどさ
目を閉じて
ねないとな
毎日死んで毎日生き還る。
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