睡蓮の千夜一夜

馬はモンゴルの誇り、
馬は草原の風の生まれ変わり。
坂口安吾の言葉「生きよ・堕ちよ」を拝す。

紅いルージュの唇・高見順の最後・明日は空色

2020-10-04 09:30:00 | 散文うたかたの記



見るともなしに古い雑誌をめくっていた。
ふと指が止まったのは「ファーストkissの平均値は?」の
記事だった。

おれ16歳のとき。
庭にタバコを投げ捨てる洋子さんを呼び止めて注意した。
彼女は回り廊下の柱に寄りかかり天に向かってタバコを吸う、
右手の親指と中指でタバコの火種を器用にはじいて落とし
吸い殻をぽいっと中庭に投げ捨てる。

この中庭を掃除するのは毎朝のおれの勤めなんだが、
洋モクの白いフィルターに付いているルージュの色で
洋子さんの仕業と見当をつけていた。

振り向いた彼女はおれの眼をじっと見つめて、
「あんた、可愛い顔して生意気ね」
白く細い指でおれのほっぺたをつねる真似をする
どぎまぎしたら紅いルージュの唇が迫ってきた。
ぶちゅっとキスしてふふんと笑われた。

それだけでおれはズキンとしたのだが、
彼女はもう後ろ姿を見せて部屋に戻っていく。
いつかあの細い腰を両手で引き寄せおれの胸に屈服
させてやると思ったが、当たり前に敵わなかった。

この家のひとり娘の彼女は奇抜というか才気というか、
一筋縄ではいかないオーラと芸大生気質をにじませ、
ぼくと中庭を睥睨していた。

さすがに母方の親戚は良くも悪くもとび抜けている。
春夏秋冬1年と半年をこの家で暮らし、おひねりを
あげる人にもらう人、普通の生活では体験できない
あまたのことを教わった。


「高見順(1907-1965)」の最後(全身がんによる心臓衰弱)
午後二時半ごろ、三島の龍沢寺の中川宗淵師が病室にはいってきた。
彼は高見の一高時代の同級生であった。
彼は巻紙に書いた決別の辞を枕頭におき、しばらく高見の顔を
見つめていたが、やがて「こんなものは取りましょう」と
酸素吸入のパイプをはずしてしまった。
あっけにとられた医師に会釈して、宗淵師は読経を始めた。
それは二時間もつづいた。

秋子夫人は記す。
「朗々とした、身にしみわたるお声だった。最後に『喝!』と
大きな声で叫ばれたとき、高見は私の方をみて、息をひきとったのです。
閉じられた双のまぶたからは、はらはらと涙があふれ両方の痩せた頬に
流れ落ちました。五時三十二分のことでした」
(山田風太郎著人間臨終図鑑Ⅱより抜粋転載)


人生は色のようなもの
ハダカで生まれたオノレをあらゆる色に染めてゆく
朝は可憐、夜は豊穣、今日はだいだい、明日は空色、
どんな色でも思いのままに融通無碍。

今朝はどんより灰色の雲
昨日は校正ミスにあたふたして
なんとか終わって淡い抹茶色のドリンクは
モヒートにミルクをステアしたような色だった。

アイドリングはまだ
眠くないけどさ
目を閉じて
ねないとな
毎日死んで毎日生き還る。




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