【写真】シンポでは5人の専門家から報告を受け、討論を行った
東日本大震災から10年、復興の新たな動向に焦点を当てた北日本漁業経済学会(二平章会長)の岩手大会(第49回大会)シンポジウムが、5月15日午後1時からZoomによるオンラインで開催され、「岩手水産業の今日的動向〜新しい時代を創る取り組みと三陸縦貫道全線開通のインパクト」をテーマに研究者、試験研究機関、産地市場、水産加工業、地方自治体の各セクターの代表5人の報告を受け、シンポジスト討議で共通認識を深めた。このシンポは岩手大学三陸キャンパス(岩手県釜石市)を拠点に、岩手大学三陸水産研究センターとの共催で開かれ、約70人が参加した。
開会に当たり、二平会長が「岩手県の水産業は、震災前に比べ、主な水産物の生産が戻っていない。また、近年のサケ、サンマ、イカの不漁で水産加工を含め大きな影響を受けている。三陸を歩くと巨大な防潮堤に驚くと同時に、りっぱな道路が整備され、消費地へのアクセスが向上し、今後の水産業の発展が期待される。本日は未来に向けた新しい取り組みを報告していただきたい」と挨拶した。
杭田俊之岩手大学教授の司会でさっそくシンポに入り、後藤知明岩手大学教授(三陸水産研究センター副センター長)が「岩手県漁業の動向と新機軸〜東日本大震災復興のカタチ」、佐藤光男大船渡魚市場㈱専務が「産地市場の近況と変化」、大野宣和氏(岩手県水産技術センター)が「水産加工業界の動向」、佐藤正一釜石ヒカリフーズ㈱代表取締役が「マイナスからの挑戦〜三陸の水産物のブランド化」、立石孝釜石市水産課主幹が「釜石市が復興事業で整備した「魚のまち」」をテーマに報告した。
この中で、後藤教授は三陸の沿岸漁業が復興後もサケ、サンマ、イカなど定置や漁船漁業の不漁やカキ、ホタテの回復の遅れ、アワビなどの資源減少といった状況にあると報告。今後の温暖化による漁獲物組成の変化,多様化、漁期のズレを指摘し「変化への適応が必須」と強調した。
佐藤専務は大船渡魚市場のタブレット入札などICT化や道路整備による名古屋までの商圏拡大、鮮魚出荷の物量拡大を紹介し、品質と衛生の両面で「選ばれる市場」、小規模ながら「産地完結型」をめざす方針を明らかにした。
大野氏は補助金などで震災後の水産加工業の再開率が9割まで進み、商品開発や販路拡大に取り組んでいるが、前浜資源の不漁による原料確保に苦労している状況を説明し、直接消費者に売るルートの確保で利益向上をめざす姿が見られるとした。
佐藤社長は震災後に創業した加工会社が産学官、広域連携によりスラリーアイスの活用、サバの畜養、サクラマスを対象にしたマーケットイン型養殖、ウニ・アワビ・ナマコの増殖などに取り組んでいる状況を示し、量販店だけでなく様々な取引先の確保で巣ごもり需要を取り込み、利益を確保しているとした。
立石主幹は「魚のまち」釜石市の復興事業を通して市場、加工集積、物流拠点を港内に配置、魚市場(公設民営)を地元、外来に分けて整備し、水産加工業(8業者)や大型まき網船の誘致に成功した経緯を説明。今後は高速道路の整備による物流の効率化、港湾整備による冷凍水産物の輸出など新たな条件を水産振興に活かしたいとした。
シンポジストによる討論では、海洋と陸上の環境変化を踏まえた岩手水産業の今後を展望し、産地市場の棲み分け、統合による広域連携の可能性が議論された。また、資源が増えているイワシの高鮮度流通による付加価値向上、スルメイカ狙いの沖底によるサバの混獲増加、複数市場との取引も道路整備で促進されている実態などが明らかにされた。