失礼します。三回生の山本です。
近頃急に暑くなり皆様が体調を崩していないか心配です。
さて、先日の幹部交代をもちまして主将を務めさせていただくことになりました。主将になり、まだ数週間しか経っていないのですが色々と考える事が多いです。部のこと、個人のこと、明日のこと、これからのこと…。どれも大事でどれも手を抜くことができません。
そんな沢山のことを考えていると、偶に自分のやろうとしている事が分からなくなる時があります。そういった時に僕は「主将になるにあたって決めたいくつかの決意」を思い出すようにしています。今日はその中から1つ「変化を恐れない」という事について話したいと思います。
僕は正直「今までこうだったから」という考えが嫌いです。確かに長年続けていた事には何かしら意味があるとは思いますが、その時その時で状況が違いますし、それに「滋賀教がこれまでなんの変化もなかったか」と聞かれると、やはり沢山の変化を繰り返して今があると思っています。なので上の代がしていたことが僕らの代で変わることもありますし、僕らの代でしていたことが下の代で変わることも自然なことだと思います。それは悪いことではなく改善を繰り返しているという事ではないでしょうか。
今日も大阪でやっている関関戦にお邪魔し、関学さんと交流を持たせて頂きました。他大を知り今の滋賀教を知るために、これからの滋賀教が変化していくために。
近頃急に暑くなり皆様が体調を崩していないか心配です。
さて、先日の幹部交代をもちまして主将を務めさせていただくことになりました。主将になり、まだ数週間しか経っていないのですが色々と考える事が多いです。部のこと、個人のこと、明日のこと、これからのこと…。どれも大事でどれも手を抜くことができません。
そんな沢山のことを考えていると、偶に自分のやろうとしている事が分からなくなる時があります。そういった時に僕は「主将になるにあたって決めたいくつかの決意」を思い出すようにしています。今日はその中から1つ「変化を恐れない」という事について話したいと思います。
僕は正直「今までこうだったから」という考えが嫌いです。確かに長年続けていた事には何かしら意味があるとは思いますが、その時その時で状況が違いますし、それに「滋賀教がこれまでなんの変化もなかったか」と聞かれると、やはり沢山の変化を繰り返して今があると思っています。なので上の代がしていたことが僕らの代で変わることもありますし、僕らの代でしていたことが下の代で変わることも自然なことだと思います。それは悪いことではなく改善を繰り返しているという事ではないでしょうか。
今日も大阪でやっている関関戦にお邪魔し、関学さんと交流を持たせて頂きました。他大を知り今の滋賀教を知るために、これからの滋賀教が変化していくために。