4.
3月に入った。時はどんなときも淡々と、同じリズムで刻まれていく。
私は1日に何度もしこりに触っては、不安と疑問の嵐の中で悶々と堂々巡りを繰り返していた。その日はかなり前からの約束で外出の予定が入っていたため、とにかく予定をこなして帰宅した。
何をしていても不安から解放されないので、パソコンに向かった。インターネットでしこりについて調べようと思ったのだ。
あるサイトで、良性のしこりと悪性のしこりとの見分け方を見つけた。良性のは「乳管内にとどまっているので、乳管の形、つまり丸い形をしている」「周りとの境界がはっきりしている」「柔らかい」「つまむとコロコロと逃げる」とか書いてある。一方悪性のは「丸いとは限らない」「周りとの境界がはっきりしない」「硬い。ときには石のように硬い」「痛みを感じない」…。
―私のはどっちだ???― 確かめるため、また何度も触ってみる。「丸い?」「いや、丸くない…」 「境界がはっきりしている?」「はっきりしているような、していないような…」 「柔らかい?」「いや、どっちかっていうと硬い…」 「痛い?」「いや、痛くもなんともない…」
合格に浮かれ、喜び一杯の息子を見るにつけ、私は複雑な思いだった。心底からこの喜びを噛みしめられないのだ。合格の喜びを、「がん」の2文字がはるかに凌駕していた。
そして、堂々巡りも3日が限界だった。一人で不安を抱えているのが急に怖くなり、私は夫に言ってみた。「胸にしこりがあるみたいなんだけど、ちょっと触ってみてくれない?」
夫は何を考えたかニヤッと笑い、わざとすけべったらしい顔つきをして見せ、「どれどれ…」と触った。その表情は、―何を心配してるんだ?…心配性のえつが…どうせいつものとりこし苦労だろうに…―と語っていた。
ところが、その表情がすぐに曇るのがわかった。「ね? あるでしょ? しこりだよね?」「そうみたいだね……」夫は何度か確かめて、私の不安と自分の不安を打ち消すかのように言った。「でも、良性だろう、きっと……」
3月に入った。時はどんなときも淡々と、同じリズムで刻まれていく。
私は1日に何度もしこりに触っては、不安と疑問の嵐の中で悶々と堂々巡りを繰り返していた。その日はかなり前からの約束で外出の予定が入っていたため、とにかく予定をこなして帰宅した。
何をしていても不安から解放されないので、パソコンに向かった。インターネットでしこりについて調べようと思ったのだ。
あるサイトで、良性のしこりと悪性のしこりとの見分け方を見つけた。良性のは「乳管内にとどまっているので、乳管の形、つまり丸い形をしている」「周りとの境界がはっきりしている」「柔らかい」「つまむとコロコロと逃げる」とか書いてある。一方悪性のは「丸いとは限らない」「周りとの境界がはっきりしない」「硬い。ときには石のように硬い」「痛みを感じない」…。
―私のはどっちだ???― 確かめるため、また何度も触ってみる。「丸い?」「いや、丸くない…」 「境界がはっきりしている?」「はっきりしているような、していないような…」 「柔らかい?」「いや、どっちかっていうと硬い…」 「痛い?」「いや、痛くもなんともない…」
合格に浮かれ、喜び一杯の息子を見るにつけ、私は複雑な思いだった。心底からこの喜びを噛みしめられないのだ。合格の喜びを、「がん」の2文字がはるかに凌駕していた。
そして、堂々巡りも3日が限界だった。一人で不安を抱えているのが急に怖くなり、私は夫に言ってみた。「胸にしこりがあるみたいなんだけど、ちょっと触ってみてくれない?」
夫は何を考えたかニヤッと笑い、わざとすけべったらしい顔つきをして見せ、「どれどれ…」と触った。その表情は、―何を心配してるんだ?…心配性のえつが…どうせいつものとりこし苦労だろうに…―と語っていた。
ところが、その表情がすぐに曇るのがわかった。「ね? あるでしょ? しこりだよね?」「そうみたいだね……」夫は何度か確かめて、私の不安と自分の不安を打ち消すかのように言った。「でも、良性だろう、きっと……」