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「平和百人一首」とこのシリーズについての解説は、初回記事と2回目の記事をご参照ください。前回記事はこちらで見られます。
なお、かなづかいや句読点は原文のままとするので、読みづらい点はご了承ください。
平和百人一首
琴焚きて雪夜を寝ねず引揚げし 彼の日思へばなに耐えざらむ
大阪市旭区新守小路 香島 八重子
終戦直後、新京の夫との電話連絡全く絶え、各地に起る殺人暴行等類々として大連の留守宅を守る私は日夜不安に怯いていた。大学を卒業した計りの長男は入隊して行方不明、長女はソ満国境で出征する夫と別れ、次男は哈爾濱工大からソ軍捕虜となりそして私は幼児を抱え、美貌の妹をどこへ隠そうかと頭を痛めた。恐ろしい危険が迫り、日本人同志が信じられなくなつた苦痛は言語に絶した。
それからの苦心惨憺―幸にも夫や長女次男の三人は新京で落合い漸く身一つで大連へ脱出した。私達を狂喜させた。今思えばその時雪のシベリヤで可愛い長男が戦病に斃れつつ父母弟妹の生命を救つてくれたものとしか思えない。引揚の前夜、残されて行く愛着の家財の中から思出の琴を取出し、追憶の糸を絶ち切り鋸でひきストーブにくべて僅かばかりの暖をとり刺すような雪の寒夜を明したのだつた。
私は今、切に切に日本の平和を祈り、過去の運命を弔ふ気持で暮らしている。
(八重子)