2.
ロッカーや引き出しに荷物を分け入れ、夫と2人で所在なくしていると、14時頃F先生が走るようにしてやって来た。3週間前に検査診断と告知に関わった若い方の医師だ。夫に自己紹介し、「Yと2人で治療を担当します」と言う。そして次のことが確認された。
・細胞診の結果がクラスVではなかったので、まず腫瘍の病理検査を
してから手術に入る予定だが、切除しないことはまずあり得ないと
思っていてほしい。
・決して大がかりな手術ではないが、術中に血栓が破裂した例が
自分の勤務歴9年の間に2件あったので、家族と連絡をとり
ながら手術を進める。血栓症防止のためのストッキングを
履いてもらう。
・輸血の必要は恐らくないと考えているが、念のために輸血用の
血液を用意する。
私はこのときは深く考えもせず、「とにかく、切断面の生検で陽性と出たら、乳頭もとってしまってください」とサバサバと言った。とにかく早くがん細胞を取ってしまいたいという気持ちが何よりも強く、乳房を失ったり腋窩リンパ節を郭清したりすることの後遺症にまで、頭が回っていなかったのだ。命には代えられないと単純に考えていた。
それに、乳房を失うかもしれないことに、さほどの抵抗感がなかった。もともと小さいことが関係あるかもしれない。胸が小さいのは若い頃からのコンプレックスだったが、初めて小さいことに感謝した。
「ベストの治療をしますから、ご安心ください」と、F先生が妙に力を込めて言ってくれるので、安心する。Y先生を待つように言い残して、F先生は足早に去った。
Y先生を待つ間に病棟を見学してみようと、私だけが廊下をそぞろに歩いていると、向こうから白衣を着た医師が走って来る。―この病院の先生はみんな忙しそうだな…―と思っていると、近づいてきたのはY先生だった。外科の診察室で見ていたときより小さく見えたので、違う先生だと思ったのだ。すれ違いざまに気づいて「Y先生だったんですね」と思わず口にすると、「白衣脱いだらただの人、ってやつですね」と見透かして返しながらも、闊達に苦笑なさる。病室に戻り、夫と話を聞いた。
・手術が4月4日の13時からになった。本来は午前中に行い
たかったのだが、公開手術が入ってしまったので、申し訳ない。
・当日の朝8:30に外科部長との面談があるので、ご家族は
外科外来に来てほしい。
目的は、インフォームドコンセントがきちんとなされているか
どうかを部長が家族に確認するという、いわば形式的なもの
なので、どうぞよろしく。
不明な点等あれば、部長に直接訊いてもらってかまわない。
・今日は外泊してご家族とゆっくり過ごし、明日の昼までに戻る
ように。
F先生もY先生も、午前中の診察の合間か、終わったのを見計らって駆けつけてくれたのだろうと思った。生真面目で情熱的な感じのF先生と、経験に裏打ちされた自信と余裕があり、かつユーモアもあるY先生…良いコンビだと思った。これで大船に乗った気分だ。鯉を釣るのではなくて、自分がまな板の上の鯉になるのではあるが…。
ナースステーションで外泊届を出し、夫と帰宅した。
ロッカーや引き出しに荷物を分け入れ、夫と2人で所在なくしていると、14時頃F先生が走るようにしてやって来た。3週間前に検査診断と告知に関わった若い方の医師だ。夫に自己紹介し、「Yと2人で治療を担当します」と言う。そして次のことが確認された。
・細胞診の結果がクラスVではなかったので、まず腫瘍の病理検査を
してから手術に入る予定だが、切除しないことはまずあり得ないと
思っていてほしい。
・決して大がかりな手術ではないが、術中に血栓が破裂した例が
自分の勤務歴9年の間に2件あったので、家族と連絡をとり
ながら手術を進める。血栓症防止のためのストッキングを
履いてもらう。
・輸血の必要は恐らくないと考えているが、念のために輸血用の
血液を用意する。
私はこのときは深く考えもせず、「とにかく、切断面の生検で陽性と出たら、乳頭もとってしまってください」とサバサバと言った。とにかく早くがん細胞を取ってしまいたいという気持ちが何よりも強く、乳房を失ったり腋窩リンパ節を郭清したりすることの後遺症にまで、頭が回っていなかったのだ。命には代えられないと単純に考えていた。
それに、乳房を失うかもしれないことに、さほどの抵抗感がなかった。もともと小さいことが関係あるかもしれない。胸が小さいのは若い頃からのコンプレックスだったが、初めて小さいことに感謝した。
「ベストの治療をしますから、ご安心ください」と、F先生が妙に力を込めて言ってくれるので、安心する。Y先生を待つように言い残して、F先生は足早に去った。
Y先生を待つ間に病棟を見学してみようと、私だけが廊下をそぞろに歩いていると、向こうから白衣を着た医師が走って来る。―この病院の先生はみんな忙しそうだな…―と思っていると、近づいてきたのはY先生だった。外科の診察室で見ていたときより小さく見えたので、違う先生だと思ったのだ。すれ違いざまに気づいて「Y先生だったんですね」と思わず口にすると、「白衣脱いだらただの人、ってやつですね」と見透かして返しながらも、闊達に苦笑なさる。病室に戻り、夫と話を聞いた。
・手術が4月4日の13時からになった。本来は午前中に行い
たかったのだが、公開手術が入ってしまったので、申し訳ない。
・当日の朝8:30に外科部長との面談があるので、ご家族は
外科外来に来てほしい。
目的は、インフォームドコンセントがきちんとなされているか
どうかを部長が家族に確認するという、いわば形式的なもの
なので、どうぞよろしく。
不明な点等あれば、部長に直接訊いてもらってかまわない。
・今日は外泊してご家族とゆっくり過ごし、明日の昼までに戻る
ように。
F先生もY先生も、午前中の診察の合間か、終わったのを見計らって駆けつけてくれたのだろうと思った。生真面目で情熱的な感じのF先生と、経験に裏打ちされた自信と余裕があり、かつユーモアもあるY先生…良いコンビだと思った。これで大船に乗った気分だ。鯉を釣るのではなくて、自分がまな板の上の鯉になるのではあるが…。
ナースステーションで外泊届を出し、夫と帰宅した。