人生はコーヒールンバだな 15

2004年09月06日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
真っ赤なチャイナ服を着た小太りとは言い切れない肥満のメガネ男(以下デブ男:だって、これ長すぎてもうそろそろ読者の皆さんも読むの疲れたでしょう。)の横に、真っ黒なチャイナドレスに身を包んだ女性が立った。

網瞳である。

腰骨近くまで入ったスリットからのぞくすらりと伸びた脚が眩しい。

にむの目がピンクのハート型になった。

「あぁ。網瞳ちゃ~~ん。会いたかったよ~~」

思わず走りだすにむ。顕眠は素留を突き飛ばしてその場に立ち上がる。

にむが、両手を広げて網瞳を抱きしめる瞬前に彼女の右手が空を切りにむの左頬に向けてふりおろされる。

「ベシッ!」   崩れ落ちるにむ。

網瞳は小さく   「ウザ」

にむは殴られた左頬についた真っ赤な手形をさすり、口元から喜びの涎をたらしながら、デブ男を見上げて叫んだ。

「あ、あ、あなたはいったいだれなんだぁあ」

デブ男は、宋顕眠を見据えながら、表情を変えずに答える。

「あるときは、

ネットコミュニティのオフ会の待ち合わせ場所で、目印になる黄色の熊のプーさんぬいぐるみを抱え、チェックのワークシャツを着て、背中にナップサックを背負って立っている男。

またあるときは、上海のジャズバーでぬるいビールを出す黒服を着たボーイ。

またまた、あ~るときは、皮のジャンパーを羽織ったセスナ機のパイロット。

そして、また、あ~~るときは、赤いバイクの郵便配達人。

さらに、また、あ~~~るときは、ひかりレールスターの車掌。

あ、もう一つで今の私を含めて、七つになるんだけどなあ、ま、いいか。

しかして、その実体は・・・」

「チャイナ服を着た、ただのデブでしょ」とにむ

「お前に言われる筋合いはな~~~い」デブ男はにむの腹にけりを入れる。

デブ男は気を取り直して、つづける。

「『タラオバンナイ』を叔父に持ち、『きょうのおばんざい』を伯母にもつ。わたしの名前は 『腹尾万代』こと天架鳥仁(あまけかけるとりひと)だ。」

にむは思わず叫ぶ

「晒しきた~~~~っ。」

腹尾万代は顕眠に銃口を向けたまま話をつづける。

「宋顕眠。お前には、これまでも、もう一歩というところで逃げられてきた。今回の事件にもやはりお前が絡んでいたんだな。」

「私たちの組織は、知ってのとおり国際的で。上海支部から、最近なぜか定期的に黄昏煎餅を載せたバンがある邸宅の門をくぐることが多くなったとの報告を得て、捜査していたんだ。その邸宅は極東を中心とした犯罪組織のアジトだということは前から分かっていた。しかし、いくら黄昏煎餅が好評だといっても、その中で、胡麻煎餅だけが納品されているというじゃないか。ひょっとしたら、その保存性を生かして、半島の北部への食料物資補給として流れているのかと思っていたが、そうでもない。なぜ、胡麻煎餅だけが、と捜査を続けていたところに、Akyukiの死だ。これは、もう少し大きな組織的な動きがあると思って、素留とにむを泳がして、後を追いかけていた。そして、ゴマチップが混ぜられていたことがわかった。

中国もWTOに加盟して、物の輸出入に関しては厳しくなった。お前は、物の密輸から情報の密輸へとフィールドを替えたというわけだな。

確かに情報はネットを通じていくらでも流通は出来るし、それの方が手軽だろう。だが、エシュロンシステムがこれほど進化してしまった今なら、ネット経由の情報流通はすべて盗聴されていると思うのは当然だ。そこで、ゴマチップの登場だ。情報をあえて、モノにして動かすとは。

うちの組織でもゴマチップに埋め込まれた情報を幾つか解読した。そこに記録されていたのは日本国民の名前と住所と生年月日だ。そう、住民基本台帳の情報だ。日本国民全員の基本情報を他国に握られてしまったら、大変なことになる。全世界から送られたダイレクトメールで日本の家庭のポストが一杯になるなんて、大きく国益を損なうことになるだろう。」

「顕眠よ、お前はもう包囲されている。私の手配の者達がこのビルを包囲している。逃げ場所は無い。」

春田が空を見上げてだれに言うとも無く。

「すごいですねえ、さすが国際捜査組織だ。ヘリコプターまで用意してますよ」

上空にはヘリコプターのパタパタと言う音が近づいてくる。

顕眠は居直ったようにいう、

「そこまでいわれちゃあこっちのセリフがなくなるってもんだ」

えっ?さっきまで言いたくないって言ってたじゃないか。

「うるさい、著者!お前はひっこんでろ。」

「そうさぁ、万代。おまえが言ったとおりだ。ただ、今回は誤算があった。いつも行く上海のバーに網瞳がいたんだ。そう、そこに立ってるお嬢さんだよ。網瞳がお前達の組織に属しているということは、途中から気がついた。だが、Akyukiは網瞳に近づきすぎた。これ以上近づくと組織の秘密をばらされそうになったんで殺したということだ。」

顕眠は覚悟をきめたように、

「しかたがないな、残念だが、今回はあきらめるよ。」

と、うなだれつつ、両手を前に出して腹尾万代に歩み寄る。

「お前もこれまでだな、長らく悪事を働いているといつか失敗はするもんだ。」と腹尾万代。

顕眠は観念したように上目遣いに万代を見つめて、

「へい、今回のヤマは物が煎餅だけに、焼きが回りました。」

というやいなや、懐から手榴弾大の黒い玉を床に叩きつける。たちまち立ち上る煙。全員煙の中に取り込まれてる。

「ピストルを打ってはだめだ、危なすぎる」とはだれた言ったのか。

バタバタバタとヘリコプターが近づく音。

煙が吹き飛ばされたときに、見上げるとヘリコプターからつるされた縄梯子に宋顕眠は飛び移っていた。見る見る高度を上げるヘリコプター。ピストルで狙いを定めるには十分に遠くまで上がったあたり、顕眠はヘリコプターの機体の中に乗り込んでしまう。

その時、腹尾万代の携帯電話がプルプルと鳴る。万代は耳に携帯を押し付ける。男の声が。

「おれじゃよ、顕眠だ。今回はよく、わしを追い詰めたものだ。ほめてやるよ。でも、やすやすとつかまる俺じゃ、読者も納得はせんだろう。好評なら二作目、三作目も作らんといかんからな、なあ著者よ」

いや、そのような予定はないが、まあ、好評なら考えなくは無いが。

万代は私をにらみつける

「著者は引っ込んでろ!
 顕眠、携帯電話からきっと尻尾をつかんでやる」

顕眠は余裕の顔で応える。

「無駄だな。こんなケータイ、欲しければくれてやる」

プチッと電話が切れたときに、飛行機雲が三本引かれた真っ青な空から、顕眠が投げ出した携帯電話がきらきらと落下してくるのが見えた。



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人生はコーヒールンバだな 14

2004年09月06日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
夜の南山胡麻商店前。黒い人影が4人

「おまえ、なんちゅう格好してんねん」素留が小声でにむに聞く。

「え、なんちゅうって言うても、これから南山胡麻商店に忍び込むんでしょう?夜陰に乗じてでは明るい格好ではあきまへん。だから、こういった暗い服にしてきたと言うわけです。昼前に南山商店から築地駅に向かう時に、素留さんも言うてたじゃないですか。夜の十時に会社前に集合。その間になるべく目立たん服を調達して来いて。」

「おまえの格好、忍者の黒装束やろ。たしかに夜陰に入れば目立たんけど。銀座のホテルからここまでどうやって来たんや。」

「へ、そりゃ、地下鉄乗ってきました」

「それ、むっちゃ目立っとったんちゃうか?どこで、手に入れたんや」

にむは、懐を指でつまんで、

「あ、これね、原宿の竹下通りで買いました。今の時代コスプレが流行でしょう。いろんなコスチューム売ってますなあ。ラムちゃんとかセイントテールなんてのはもう定番ですよ。猫の耳とメガネのセットが、え~っとなんて言いましたかな。あ、そう『萌えセット』って袋に入れて売ってます。今最高の流行が『ロリコス』ですよねえ。お土産に一着買いましたけど、今度見せますね」

「いらん!」

「そうですかあ、見て欲しいなあ。郵便配ってくれてるあの小太りの女性警官なんかに着せたら最高似合いまっせ。あの子に着せたろ。そやそや。」

「何をしょうも無いこと言っとんねや。

ところで、春田さんはついてこなくて良かったのに。」

「いえ、ま、行きがかり上お付き合いします。物語の進行的にもアリバイをしっかりしとかなきゃなんないし。」

「ま、そうですけど。そのわりに、真っ黒のサングラスにナイキの野球帽って、そうとう怪しいでっせ。

ナルさん、あぁ、鳴門さん、あんたさっきからそこで何してはりまんのん?」

「え、は?春田さんにもらった胡麻煎餅を食べてます。これ、結構あっさり味でおいしいですねえ。胡麻の風味もいいですよ。RFIDチップが入ってるなんて、サッパリ分かりませんねえ。ぱりぱり。」

素留はあきれて、

「胡麻煎餅なんか後でよろしい。春田さんにいくらでももらいますから、ったく。では、全員そろったので参りましょう」

にむは、正面玄関の扉の前でポケットから取り出したクリップを三本伸ばしている。

「わたし、鍵破り三級の免状を持っています。泥棒を捕まえるには泥棒相当の技術を持っていなければと身につけたんです。すべからく相手の身になってというのが正しい生き方ですね。」

「それを、趣味に使ってないだろうな。おまえコスプレパブにもちょくちょく顔を出してるらしいやないか、それも緊縛系の。」と素留

「え、そ、そんな、何で知ってるんですか」

「こないだ、店長に聞いた」

「え、素留さんも行ってるんですか」

「しょうも無いこと言ってないで、はよ作業せんか」

観音開きの玄関ドアの右側。取っ手の下に開いた鍵穴にクリップを差し込んで開けようとするにむ。がなかなか開かない

「どれどれ、内側からも見てみましょう」

と鳴戸佐助が左側の扉を押して中に入り、右側の扉の内側から鍵穴を点検する。

「内側からだと普通に開きますけどね」と佐助

「おかしいなあ、なんで開かないんだろう。山型は合ってるようなのに」と首をひねるにむ

「おまえら、なにしとんねん。玄関あいとるやないか。さ、行くで。」と素留。苦笑する春田。

四人はそろりそろりと五階の倉庫に忍び入る。照明の落ちた倉庫は窓から差し込む街の光で薄暗く、三本ならんだ棚とそこにおかれたダンボールがうっすらと見て取れる。

鳴戸佐助がポケットから携帯電話をとりだす。

「これは、ですねえ。ドコモ505icdを改造したRFID探査装置です。506icは別名『おさいふケイタイ』ですね。FeliCaと呼ばれる非接触ICカード技術がケータイに搭載された、iモードFwliCa対応ケータイでしてね。iモードの機能とFeliCaが組み合わさって、ショッピングや会員認証などが出来るようになって、おサイフの中の便利さがケータイ一つで実現できる、っていうですけど。ま、落としたらとんでもないことになるんで、私は欲しくないですが。あ、ちなみに、私は通常でも携帯電話というものを持ってませんが。
で、この、FeliCa対応機能を改造して、あらゆる規格のRFIDチップを探し出すようにしました。まだ開発中で、見つけたチップに記録されているデータを読み出すことは出来ませんが、チップがあるかどうか位は十分探し出すことが出来ます。」

佐助は、三列並んだ中の中央の棚の段ボール箱を端から探査装置に押し付けてチェックをする。三つ目のダンボールに装置を当てたときだ。

「チャラリ~~~ン」と、音が倉庫中に響き渡る。

鳴戸佐助はあくまで冷静にささやく

「この箱にゴマチップが入っています。今の音はFeliCa標準登載の音です。ま、これももっと小さい音にしなければならんと思っているんですが、開発中なんで、えへへ。」

そのとき

「だれだ!」

と、奥の女子更衣室の扉が開くとともに倉庫内の蛍光灯が一斉に点灯した。

そこには、南山感治と宋顕眠が立っていた。

にむが宋顕眠を指さして叫ぶ。

「あ、あなたがなぜ、ここにいるんだぁあ!」

宋顕眠は四人を見据えて静かに言う。

「あなたたちこそ、どうしてここにいるんですか?。捜査令状でもあるんですか?お引取りください。今日は、南山社長と新しい胡麻油自動フライ装置について、打ち合わせをしていただけです。」

「だいたい、大の大人が四人も揃って夜中のビルに忍び込むなんてよほどのことですなあ。ましてや、管轄地域外で捜査活動ですか。これは、由々しき自体ですね。警視庁の方にも連絡をいれなきゃいけないですな。」

南山がそれを受けて

「まったく、いい迷惑ですよ。私の会社はただの胡麻商社です。私一代でここまで築き上げてきた。なんら、やましい仕事なんかしてこなかった。大変な人権蹂躙ですな。
まして、そこの携帯持った御仁。あなた、なんなんですか、まるでマッドサイエンティスト気取りじゃないですか。あんたなんか、どこぞの研究室でこもってりゃいいんだ」

鳴戸佐助の頭が「ぷちっ」と音を立てた。

「黙って聞いとったら、つけ上がりくさって、お前らなにさまじゃ!春田さんをだまくらかして、胡麻にゴマチップを混ぜとったんは貴様らやろう。ほれ、この箱の中身がその証拠じゃあ」

と、ゴマチップが入ったダンボールを床に叩きつける佐助。床に胡麻チップがざざざ~っと散らばる。

「おんどりゃぁぁぁ。ガタガタ言うとったら、鼻の穴から指突っ込んで、奥歯ガタガタいわせながら、両方の耳からストロー突き刺して脳みそチューチュー吸ったるどぉ。わ~~~れ~~~~。」

二人は一瞬顔を見合わせたと思うと、四人が立っている棚の反対側を走り抜けて、入り口から階段に出る。南山は階下へ、顕眠は屋上へと走る。

佐助は南山を追って階段を駆け下りる。
素留とにむ、そして春田は屋上へ駆け上がっていく。

顕眠は屋上の反対側のビルの外側に取り付けられた非常口に向かって走っていく。だが、屋上の中央付近で素留がその腰にタックルする。もみ合う二人。

にむが足に取り付いて、顕眠は動けなくなった。

素留は顕眠を組伏したまま、訊ねる。

「やっぱりあなたが、Akyukiの死と関係してたんだな。いったい、何があったんだ?」

すると、居直ったように、宋顕眠が声を荒げる。

「まったく、下手な小説ほど、事件の動機や殺害方法を犯人にしゃべらせる。わしは話さん。誰がお前の尻拭いをする必要がある」

「え、顕眠さんどこ見て話してるんですか?」とにむ

「著者を見ておる」

著者とは?

「おまえや~~」顕眠は私を指差して叫ぶ。

は?私が著者であるな、しかし、著者が物語の中に入っていってはまずかろう。

「な~にを言っておる。ここは著者の世界ぢゃ。お前の思うがままに我々登場人物は話し、行動し、殺されたりもする。」

「Akyukiなんか気の毒なもんだ。『カイシャツブレタカ』と『ソレハオクヤミダナ』というセリフを残して神戸港に浮かんどったんだぞ。それも、たこ焼き串を口につきたてた無様な姿でな。
そもそも、Akyukiが死ぬところからこの話は始まっておるんじゃろう。事件が起こったということは、背景、犯人、そして動機、と大まかのプロットは決まっていたはずじゃ。したがって、物語の進行に合わせて徐々に、それらのことを読者に分かるように組み立てていく。それが小説の書き方じゃろう」

そんなことをいっても、この小説はそれほど計画性をもって書き始めたわけではない。

そもそも、この話は私が新聞広告原稿のモデルになる事がきっかけで始まったことだ。なんとなく広告のサイドストーリーを書き始めたらこんなことになってしまったというわけなんだ。もちろん、初めからプロット立てして書き始めたわけではない。

たしかに、ここに登場する人物はモデルが無いではない。Akyukiは実際、実在の人物の印象が濃すぎてすぐに殺さざるを得なかったくらいだ。でもなあ、こうやって書きながら話の終わり方を探して書いているのは事実だし。三ヶ月ほど前にはまったく別の終わり方も考えていたんだけれどなあ。

「そんなことだから、最後に犯人にしわ寄せがくる。テレビドラマの二時間スペシャル家政婦は見ていたみたく、最後に『わたしは、Akyukiが憎かった。網瞳にお口あ~んしてもらっていたAkyukiがうらやましかったんだ。あの晩彼を港に呼び出した私は、特製のたこ焼きですと彼に差し出して、食べさせるふりをしてかなづちで竹串の片端をドンと叩いて・・・』なんて、再現フィルムとともにクダクダと話させる。」

「わ~しはいやだぞ、ずぇ~~ったいに事件の裏なんか話してやんない」

そういわないで、話してくださいよ。

「いやじゃと言ったらいやぢゃ」

こまったなあ。と著者がほとほと困ったときである。

「それまでだ。」と言う声で全員が目線を移す。

ビルの外側に取り付けられた非常階段の上がり口に立っていたのは、真っ赤なチャイナ服を着た小太りとは言い切れない肥満のメガネ男であった。両手には小径のコルトが一丁ずつ握られている。


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人生はコーヒールンバだな 13

2004年09月06日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
素留木四郎、振旗忍三郎、春田星平、そして鳴戸佐助の4人は新神戸駅からひかりレーススターに乗り込み、コンパートメント席に座っている。

「皆さんいいでしょう。四人席で個室ですよ。ほらほらこうやって扉を閉めたら、完全個室になります。うふふ」

にむは妙にはしゃいでいる。

「私ね、こう見えてプチ鉄チャンなんです。車両系ですけどね。鉄チャンって大きく二つに分かれていましてね、路線やダイヤ情報を中心とした時刻表系と、私みたいに車両を見て乗って楽しむ車両系ですね。」

レールスターは新神戸トンネルの漆黒を突きすすんでいく。

「特にね、このひかりレーススターの新幹線700系車両はJR西日本が誇る特色ある車両でしてね。まずは、サルーンシート。『ひかりレールスター』の指定席は広めのスペースでゆったりくつろげる2&2の4列シートなんですよ。東海道新幹線の2+3列シートじゃなくてグリーン車と同じ2+2で広々なんです、シート自体はグリーン車のよりちょっとショボイですけど乗り心地は良いです。サルーンシートの中には、オフィスシートというのがあって、パソコンなどが使いやすいようにテーブルを大型化して、100Vのコンセントも備わっています。パソコンだけじゃなくて携帯電話の充電もできるし、髭剃りなんかもできて早朝出張なんかにもOK。まさにオフィス感覚で利用できます。」

「あ、そうそうサイレンス・カー という、車内放送がない車両もありましてね、博多の夜で姫あわびを楽しんだ翌日の二日酔いでも、ぐっすり眠って帰ってこられるんです。車内改札で声をかけられないように、各座席の前にチケットホルダーもあるんですよ。私、先日の博多出張でその席で爆睡して、気がついたら新大阪でした。あはは。」

「おまえ、この間の遅刻はそういうことだったのか」と素留。

にむはしまったという顔をして、

「あ、ま、それはそれ。そして、最大の特色は、このコンパートメント席ですねえ。家族やグループなどで独占できるドア付きの個室です。ソファータイプの座席もすわり心地いいし、ここの大型テーブルなんかもいいでしょう?四人利用の場合は普通車指定席と同じ値段でOKなんです。ほら、インテリアもウッディーでいい感じ」

列車は新神戸トンネルを東に抜ける。トンネルを抜けたすぐ左側に甲山(かぶとやま)が見える。程なく武庫川を越え、大阪平野の街中に滑り込んでくる。猪名川、神崎川と二つの川を越えて次は淀川という手前で大きく左にカーブして新大阪駅へ向かう。

「さて、乗換えだな」と素留

「いえ、乗り換えはいりません。このまま東京に行きます」

と、にむがさらに嬉しそうに応える。

「このレールスターはね東京行きです。新大阪で前に待っている700系8両と連結されて、そのまま東京まで行けるんですよ。ちょっと前からこういう運行をするようになっています。」

「ほら今の時代、大阪-東京はのぞみが主流じゃないですか。ひかりなんて1時間に2本でしょう?東京に、ひかりで行くってのはもうゆっくり旅なんですよ。まして、博多から東京に新幹線で行くなんて、贅沢旅行になりつつあります。だから、こうやってレールスターのまま東京にいけるようになったんです。」

大阪から700系新幹線は十六両編成となって、東京を目指す。
(著者注記:2004年8月1日現在そのようなひかりはない)

京都駅を過ぎた頃、コンパートメントのドアをコンコンと叩く音が。にむがそのドアをあけると。そこには、小太りとは言い切れない肥満のメガネをかけた車掌が立っていた。帽子を目深にかぶって、顔は良く見えない

「切符を拝見します。」

車掌は四枚の切符にチェックスタンプを押して、静かにドアを閉めていった。

四人を乗せたひかりが東京駅に到着したのは日もとっぷりと暮れた午後九時過ぎであった。その晩は銀座七丁目のホテルに宿を取る。

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翌日、近くのドーナツ屋で朝食をとった四人は日比谷線で築地に向かう。

春田が胡麻を仕入れている会社は築地市場とは晴海通りを挟んで反対側、築地本願寺の裏手の道に面した五階建ての小さなビルである。
一階の観音開きのガラス戸には「南山胡麻商店」とある。

入り口のガラス戸を開けて、にむを先頭に四人は一フロアーの事務所に入っていく。フロア全体を見渡せる受付カウンターでにむが警察手帳をかざして、受付嬢に言う。

「兵庫県警の振旗忍三郎と言います。社長の南山さんにお会いしたいのですが」

と、丁度その時右手の応接室から出てきた男が、南山社長であった。

「はい、私が南山ですが、なにか。」と言いかけて、春田の顔に気がつく。

「おぉ、これは、春田さん。お久しぶりですねえ、今日はまた、なんの御用で。お連れさんとご一緒なら、事前に電話いただいておいたら、準備しておりましたのに。ま、こんなところではなんですので、社長室の方へどうぞ。私は、すぐに参りますので」

四人は受付嬢に連れられて社長室に入る。

いかにも社長室然としたその部屋には大きな机とその前に四人がけの応接セットが置いてある。傍らの書棚には世界大百科事典とともに、植物事典全二十四巻。そして、フランス語の専門書が並べられている。
そして、その横のガラスケースには手にとって見られるほどのガラス容器の中に世界各国で産する胡麻が入れられている。その数三十はあろうか。黒、黄色、茶色おおむね三色の胡麻のサンプルを鋭い目で見比べる鳴戸佐助。

一分二十秒後に社長室の扉を開けて南山が入ってきた。

「どうもどうも、失礼しました。今日はまた、何の御用で。あ、失礼しました私こうゆうものです」
と差し出す名刺には

南山感治  南山胡麻商店 社長

とある。

南山感治。
岐阜県不破郡関ヶ原町出身。実家は代々つづく農家である。南山家は、関が原合戦の折に、炊き出しで握り飯を提供したことで、徳川東軍から褒章として一帯の山裾の開墾を許される。伊吹山のふもとの痩せた土地を耕して、広大な胡麻畑を作る。
感治は、胡麻農家のノウハウを引き継いで、胡麻輸出入専門商社を起こす。

素留は南山社長の名刺を眺めながら、

「SanMateoの件を追ってましてね。関係する人にいろいろと聞いて回っているというわけなんです。昨日春田さんに南山さんが知り合いだというのを聞きまして、念のためお会いしたいとやってきたと言うわけです。いやお会いしてどのような方かを確認するだけのことで、この事件の解決になるかどうかはわかりません。刑事の仕事なんてそんなもんですよ。」

「あ、そうでしょうなあ。ご苦労なことです。事件にかかわりの無い私のような者にも会わなければならん。それこそ、仕事なんでしょうなあ。本筋とは関係ないところを我慢してするところが、給料になるんですよねえ」

と、南山社長はあくまで紳士的である。

「ところで、南山商店の胡麻はどちらから輸入されているんですか?」

と素留

「そうですなあ、胡麻の輸入国はさまざまですが、今は中国が一番多いですね。トルコ産が単価は高いので利幅がでるが、量が出ません。」

「そうですか、で、春田さんのプロジェクトに絡んだきっかけは?」

「もともと、事業展開の一環として中国進出を考えていました。中国で仕入れた胡麻をそのまま、中国で販売すれば、経営効率が高まりますね。今や中国は資源国としてそこからモノを輸入することだけを考えていては成り立ちません。中国そのものを消費市場として位置付けて、そこでビジネスを完結する。それが、これからの中国ビジネスじゃないでしょうか。
そんなことを考えていたある日、上海の宋顕眠から電話がありましてね。彼とは上海中日産業交流会のメーリングリストで知り合いになった仲なんですが、彼が、中国進出を計画している日本人がいると。で、煎餅に使う胡麻を私の会社から下ろせるかということだったのです。渡りに船とはこのことですな。そして、こうやって春田さんと仕事が出来るようになったのです。」

ここで、素留は鋭い質問をする。

「ところが、実際胡麻は築地のこの会社から輸出してますね。」

「あ、それですか。これは、厳しいところをつかれた。
実はですねえ。まだ、事業が完全に軌道に乗っていないので一旦築地に卸して、再び中卸から買い付けてから中国に輸出しているのですよ。本来なら、中国の胡麻ですから、現地で仕入れて、直接春田さんの上海の工場へ輸送したほうが安くできます。ただあちらの流通もまだまだ不安定ですし、量的に、こういっちゃ失礼ですが春田さんの所に卸す量も多くはない。大量に仕入れて、築地の中卸を通した方が、全体としてはまだ、金額的にも安定供給ができるのです。まあ、軽いものだしコストはリスク代を計算すればトントンです。もちろん、近い将来には、そういう形にもっていこうと春田さんとも話していたんですよ。ねえ春田さん。」

「あ、そうですね」と春田

「他になにか、メリットがあるんじゃないですか?なにかをまぜるとか」と鳴戸佐助

南山は鳴戸の目を睨み付ける。一瞬火花が散る。

「なんて言うことを言うんだ!無礼じゃないか。なんですか?じゃあ私がここで、なにか胡麻以外のものを混ぜているとでも言うのですか!?」

妙にむきになる南山。だが、すぐに冷静な顔にもどった。

「あ、いやいや、あんまりこの人の言い方が失敬だから思わず、語気を荒げてしまいました。これは失敬。」

「さっき言った理由以外にも、わが社の方で仕入れた胡麻をふるいにかけて、さらに一定品質の胡麻を春田さんとこに卸すというメリットがあります。ここの四階にラインがありましてね、春田さんの胡麻煎餅にぴったりの胡麻を選別機で振り分けて梱包して中国の方へ出荷しています。」

「すこし、倉庫の方を見せてもらえませんかね」と素留。

そしてつづける。

「いえいえ、捜査令状があるわけでないんで強制力はありません。先ほども言ったように捜査の一環で行っていますので、ご協力が得られればと言うことなんですが」

南山社長は変わらぬ笑みで、

「あ、いや、別に私も後ろめたいことをやっているわけではないので、隠すこともありませんよ。どうぞどうぞ。このビルの一番上の階となりますが。なにせ古いビルでエレベータが無いので、歩いて上がってもらうしかありませんがね」

五人は五階までの階段をのぼる。そのまま上がると屋上の扉につづく階段の一階下が倉庫になっている。

倉庫には、スチール棚が三本入り口から奥に向かって並んでいる。そこに、40センチ四方の段ボール箱がいくつか並んでいる。

「こちらが倉庫ですが。何しろ、この会社で選別機を通してから納品する物は一部ですからねえ。右側が国外行き、左側が国内行き、真ん中が仕入れ分作業前という大雑把なもんです。
あ、ここのダンボール箱数えても、うちの仕事の規模は分かりませんよ。ほとんどが伝票処理ですからねえ。したがって、税務署の方がこの倉庫にきても、なんの意味も無いということですな。あはは。」

突き当たりの扉に「女子更衣室」という札がかかってる。

「こちらが女子更衣室。見られていきますか?」

素留は関心の無いように、

「あ、いえいえ、結構です。どうも、ご協力ありがとうございました。また、何かあったら、連絡させていただきますが、どうぞよろしくお願いします。」

南山は女子更衣室の扉の取っ手に手をかけたまま、

「こちらこそ、いつでもどうぞ。では春田さん次の荷物は明日発送で、中国の工場の方に送付しますんで、よろしくお願いします。」

「はい、分かりました、今後ともよろしく」春田は丁寧の返事をする。

四人は一階の扉で見送る南山社長に背を向ける

にむは不服である。

「えぇ~帰っちゃうんですかあ。ゴマチップのことは聞かなくていいんですかあ」


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