人生はコーヒールンバだな 13

2004年09月06日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
素留木四郎、振旗忍三郎、春田星平、そして鳴戸佐助の4人は新神戸駅からひかりレーススターに乗り込み、コンパートメント席に座っている。

「皆さんいいでしょう。四人席で個室ですよ。ほらほらこうやって扉を閉めたら、完全個室になります。うふふ」

にむは妙にはしゃいでいる。

「私ね、こう見えてプチ鉄チャンなんです。車両系ですけどね。鉄チャンって大きく二つに分かれていましてね、路線やダイヤ情報を中心とした時刻表系と、私みたいに車両を見て乗って楽しむ車両系ですね。」

レールスターは新神戸トンネルの漆黒を突きすすんでいく。

「特にね、このひかりレーススターの新幹線700系車両はJR西日本が誇る特色ある車両でしてね。まずは、サルーンシート。『ひかりレールスター』の指定席は広めのスペースでゆったりくつろげる2&2の4列シートなんですよ。東海道新幹線の2+3列シートじゃなくてグリーン車と同じ2+2で広々なんです、シート自体はグリーン車のよりちょっとショボイですけど乗り心地は良いです。サルーンシートの中には、オフィスシートというのがあって、パソコンなどが使いやすいようにテーブルを大型化して、100Vのコンセントも備わっています。パソコンだけじゃなくて携帯電話の充電もできるし、髭剃りなんかもできて早朝出張なんかにもOK。まさにオフィス感覚で利用できます。」

「あ、そうそうサイレンス・カー という、車内放送がない車両もありましてね、博多の夜で姫あわびを楽しんだ翌日の二日酔いでも、ぐっすり眠って帰ってこられるんです。車内改札で声をかけられないように、各座席の前にチケットホルダーもあるんですよ。私、先日の博多出張でその席で爆睡して、気がついたら新大阪でした。あはは。」

「おまえ、この間の遅刻はそういうことだったのか」と素留。

にむはしまったという顔をして、

「あ、ま、それはそれ。そして、最大の特色は、このコンパートメント席ですねえ。家族やグループなどで独占できるドア付きの個室です。ソファータイプの座席もすわり心地いいし、ここの大型テーブルなんかもいいでしょう?四人利用の場合は普通車指定席と同じ値段でOKなんです。ほら、インテリアもウッディーでいい感じ」

列車は新神戸トンネルを東に抜ける。トンネルを抜けたすぐ左側に甲山(かぶとやま)が見える。程なく武庫川を越え、大阪平野の街中に滑り込んでくる。猪名川、神崎川と二つの川を越えて次は淀川という手前で大きく左にカーブして新大阪駅へ向かう。

「さて、乗換えだな」と素留

「いえ、乗り換えはいりません。このまま東京に行きます」

と、にむがさらに嬉しそうに応える。

「このレールスターはね東京行きです。新大阪で前に待っている700系8両と連結されて、そのまま東京まで行けるんですよ。ちょっと前からこういう運行をするようになっています。」

「ほら今の時代、大阪-東京はのぞみが主流じゃないですか。ひかりなんて1時間に2本でしょう?東京に、ひかりで行くってのはもうゆっくり旅なんですよ。まして、博多から東京に新幹線で行くなんて、贅沢旅行になりつつあります。だから、こうやってレールスターのまま東京にいけるようになったんです。」

大阪から700系新幹線は十六両編成となって、東京を目指す。
(著者注記:2004年8月1日現在そのようなひかりはない)

京都駅を過ぎた頃、コンパートメントのドアをコンコンと叩く音が。にむがそのドアをあけると。そこには、小太りとは言い切れない肥満のメガネをかけた車掌が立っていた。帽子を目深にかぶって、顔は良く見えない

「切符を拝見します。」

車掌は四枚の切符にチェックスタンプを押して、静かにドアを閉めていった。

四人を乗せたひかりが東京駅に到着したのは日もとっぷりと暮れた午後九時過ぎであった。その晩は銀座七丁目のホテルに宿を取る。

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翌日、近くのドーナツ屋で朝食をとった四人は日比谷線で築地に向かう。

春田が胡麻を仕入れている会社は築地市場とは晴海通りを挟んで反対側、築地本願寺の裏手の道に面した五階建ての小さなビルである。
一階の観音開きのガラス戸には「南山胡麻商店」とある。

入り口のガラス戸を開けて、にむを先頭に四人は一フロアーの事務所に入っていく。フロア全体を見渡せる受付カウンターでにむが警察手帳をかざして、受付嬢に言う。

「兵庫県警の振旗忍三郎と言います。社長の南山さんにお会いしたいのですが」

と、丁度その時右手の応接室から出てきた男が、南山社長であった。

「はい、私が南山ですが、なにか。」と言いかけて、春田の顔に気がつく。

「おぉ、これは、春田さん。お久しぶりですねえ、今日はまた、なんの御用で。お連れさんとご一緒なら、事前に電話いただいておいたら、準備しておりましたのに。ま、こんなところではなんですので、社長室の方へどうぞ。私は、すぐに参りますので」

四人は受付嬢に連れられて社長室に入る。

いかにも社長室然としたその部屋には大きな机とその前に四人がけの応接セットが置いてある。傍らの書棚には世界大百科事典とともに、植物事典全二十四巻。そして、フランス語の専門書が並べられている。
そして、その横のガラスケースには手にとって見られるほどのガラス容器の中に世界各国で産する胡麻が入れられている。その数三十はあろうか。黒、黄色、茶色おおむね三色の胡麻のサンプルを鋭い目で見比べる鳴戸佐助。

一分二十秒後に社長室の扉を開けて南山が入ってきた。

「どうもどうも、失礼しました。今日はまた、何の御用で。あ、失礼しました私こうゆうものです」
と差し出す名刺には

南山感治  南山胡麻商店 社長

とある。

南山感治。
岐阜県不破郡関ヶ原町出身。実家は代々つづく農家である。南山家は、関が原合戦の折に、炊き出しで握り飯を提供したことで、徳川東軍から褒章として一帯の山裾の開墾を許される。伊吹山のふもとの痩せた土地を耕して、広大な胡麻畑を作る。
感治は、胡麻農家のノウハウを引き継いで、胡麻輸出入専門商社を起こす。

素留は南山社長の名刺を眺めながら、

「SanMateoの件を追ってましてね。関係する人にいろいろと聞いて回っているというわけなんです。昨日春田さんに南山さんが知り合いだというのを聞きまして、念のためお会いしたいとやってきたと言うわけです。いやお会いしてどのような方かを確認するだけのことで、この事件の解決になるかどうかはわかりません。刑事の仕事なんてそんなもんですよ。」

「あ、そうでしょうなあ。ご苦労なことです。事件にかかわりの無い私のような者にも会わなければならん。それこそ、仕事なんでしょうなあ。本筋とは関係ないところを我慢してするところが、給料になるんですよねえ」

と、南山社長はあくまで紳士的である。

「ところで、南山商店の胡麻はどちらから輸入されているんですか?」

と素留

「そうですなあ、胡麻の輸入国はさまざまですが、今は中国が一番多いですね。トルコ産が単価は高いので利幅がでるが、量が出ません。」

「そうですか、で、春田さんのプロジェクトに絡んだきっかけは?」

「もともと、事業展開の一環として中国進出を考えていました。中国で仕入れた胡麻をそのまま、中国で販売すれば、経営効率が高まりますね。今や中国は資源国としてそこからモノを輸入することだけを考えていては成り立ちません。中国そのものを消費市場として位置付けて、そこでビジネスを完結する。それが、これからの中国ビジネスじゃないでしょうか。
そんなことを考えていたある日、上海の宋顕眠から電話がありましてね。彼とは上海中日産業交流会のメーリングリストで知り合いになった仲なんですが、彼が、中国進出を計画している日本人がいると。で、煎餅に使う胡麻を私の会社から下ろせるかということだったのです。渡りに船とはこのことですな。そして、こうやって春田さんと仕事が出来るようになったのです。」

ここで、素留は鋭い質問をする。

「ところが、実際胡麻は築地のこの会社から輸出してますね。」

「あ、それですか。これは、厳しいところをつかれた。
実はですねえ。まだ、事業が完全に軌道に乗っていないので一旦築地に卸して、再び中卸から買い付けてから中国に輸出しているのですよ。本来なら、中国の胡麻ですから、現地で仕入れて、直接春田さんの上海の工場へ輸送したほうが安くできます。ただあちらの流通もまだまだ不安定ですし、量的に、こういっちゃ失礼ですが春田さんの所に卸す量も多くはない。大量に仕入れて、築地の中卸を通した方が、全体としてはまだ、金額的にも安定供給ができるのです。まあ、軽いものだしコストはリスク代を計算すればトントンです。もちろん、近い将来には、そういう形にもっていこうと春田さんとも話していたんですよ。ねえ春田さん。」

「あ、そうですね」と春田

「他になにか、メリットがあるんじゃないですか?なにかをまぜるとか」と鳴戸佐助

南山は鳴戸の目を睨み付ける。一瞬火花が散る。

「なんて言うことを言うんだ!無礼じゃないか。なんですか?じゃあ私がここで、なにか胡麻以外のものを混ぜているとでも言うのですか!?」

妙にむきになる南山。だが、すぐに冷静な顔にもどった。

「あ、いやいや、あんまりこの人の言い方が失敬だから思わず、語気を荒げてしまいました。これは失敬。」

「さっき言った理由以外にも、わが社の方で仕入れた胡麻をふるいにかけて、さらに一定品質の胡麻を春田さんとこに卸すというメリットがあります。ここの四階にラインがありましてね、春田さんの胡麻煎餅にぴったりの胡麻を選別機で振り分けて梱包して中国の方へ出荷しています。」

「すこし、倉庫の方を見せてもらえませんかね」と素留。

そしてつづける。

「いえいえ、捜査令状があるわけでないんで強制力はありません。先ほども言ったように捜査の一環で行っていますので、ご協力が得られればと言うことなんですが」

南山社長は変わらぬ笑みで、

「あ、いや、別に私も後ろめたいことをやっているわけではないので、隠すこともありませんよ。どうぞどうぞ。このビルの一番上の階となりますが。なにせ古いビルでエレベータが無いので、歩いて上がってもらうしかありませんがね」

五人は五階までの階段をのぼる。そのまま上がると屋上の扉につづく階段の一階下が倉庫になっている。

倉庫には、スチール棚が三本入り口から奥に向かって並んでいる。そこに、40センチ四方の段ボール箱がいくつか並んでいる。

「こちらが倉庫ですが。何しろ、この会社で選別機を通してから納品する物は一部ですからねえ。右側が国外行き、左側が国内行き、真ん中が仕入れ分作業前という大雑把なもんです。
あ、ここのダンボール箱数えても、うちの仕事の規模は分かりませんよ。ほとんどが伝票処理ですからねえ。したがって、税務署の方がこの倉庫にきても、なんの意味も無いということですな。あはは。」

突き当たりの扉に「女子更衣室」という札がかかってる。

「こちらが女子更衣室。見られていきますか?」

素留は関心の無いように、

「あ、いえいえ、結構です。どうも、ご協力ありがとうございました。また、何かあったら、連絡させていただきますが、どうぞよろしくお願いします。」

南山は女子更衣室の扉の取っ手に手をかけたまま、

「こちらこそ、いつでもどうぞ。では春田さん次の荷物は明日発送で、中国の工場の方に送付しますんで、よろしくお願いします。」

「はい、分かりました、今後ともよろしく」春田は丁寧の返事をする。

四人は一階の扉で見送る南山社長に背を向ける

にむは不服である。

「えぇ~帰っちゃうんですかあ。ゴマチップのことは聞かなくていいんですかあ」


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