丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「祭りの音が消えた夏」後書き

2010年10月05日 | 詩・小説
 後書き

 この物語は、作者の分身である大澤修二郎という人物を主人公にした青春大河小説のサイドストーリーになっています。本文中に名前だけ出てくる修二郎というのがそれです。一部はテキスト化していますが、近日、文章を手直しして発表したいとは思っています。
 修二郎が高校生の時から大学卒業までに関わった人物との物語を綴った中で、大学4年の時に知り合って、卒業まで一緒に生活するのが本文の主人公である篠宮由布です。彼女が出てくるストーリーは10年ほど前に考えつきました。ある事件をきっかけにしてお互いの傷を語り合い、心を通わせて同居関係に入るのですが、その時点で、先輩との関係、4年前の事件、二人の弟がいることが決まっていました。

 夏休みに帰郷して、起きた出来事を戻ってからお互いに語り合うというのが本来の設定で、回想部分だけのストーリーだったのを、この部分だけでも独立した物語になるのではないかと思って考えてみました。この時点で、弟の年齢を変えました。当初は二人とも年が離れているという設定でしたが、元の彼女である百合を登場させる事で年齢を上げました。同級生との再会を考えたのもこの頃です。元々は冴えないガリ勉だけの存在でしたが、変身しました。

 サイドストーリーだからそんなに長くはならないと思っていたのですが、書いている内にどんどん長くなってしまいました。最終的に原稿用紙換算250枚ほどになるとは思いませんでした。

 書いている内に人物が1名増えました。それにつれて章も1章増えました。ブログでの掲載では1万字が制限なので、それを基準に章立てはしていますが(実際には4千字から5千字を目安)、この追加した章では制限を超えてしまったので、やむなくブログでは分けてアップしました。前作では超えてしまった結果、章を新しくしたのですが、今回は内容的に章を分ける事はできなかったので、そういうことにしました。
 最終章でも、母との会話部分は本来は最終章に含める予定でしたが、長くなりそうなのでこの部分だけは独立させました。元々は母との会話は考えてはなかったどころか、母親を登場させる予定もなかったのですが、帰省しているのに母親と一言も話さないのも不自然なので加えました(父との会話は入れませんでした。あんまり父親とは会話しないでしょうし)。

 この物語はトラウマを抱えた女性のリハビリ物語です。なので、ネタばらしを初めの方に持ってくる必要性があったので、あえて山場を先に持ってきました。トラウマ原因を最後の方にするのは不自然だと思ったからです。こんなトラウマがありながら、徐々に癒されていくという様子で描きたかったからです。最初の方は思い出すのも嫌だから、できるだけ隠す方向で書いています。ト書きも主人公の目線になります。

 悩んだのが、会話の中で回想場面が出てくる事です。描写を語り手目線で続けるには限界もあるし、会話の中での会話というのも難しいので、ドラマ風に回想シーンの形にしました。できるだけこの手法は採りたくはなかったのですが。

 書いていると、本来の意図に反して、これは3姉弟のそれぞれの愛の形を描いた物語になっていったようです。当初はあくまで主人公篠宮由布だけのストーリーだったのですが、元と百合の物語や、暢・和馬・みどりの物語がかなり増えて、多重構造の物語になりました。これは計算外でした。

 3姉弟の名前は最初から決まっていましたが、後の名前は決まっていませんでした。けっこう名前には悩まされます。ついでに言えば題名も決まっていなくて、ブログにアップする直前に決めました。この題名が適切かどうかはいまだにわかりません。

 最初に述べたように、この物語はサイドストーリーですが、さらにスピンオフの物語も生まれそうになっています。でも、元々広げすぎた物語なので、これ以上広げるつもりはありません。
 彼らがこの後どうなるのか。3姉弟のその後の物語も頭の中にはありますが、それとても文章化はしないでしょうね。オリジナルの物語の中で篠宮由布の顛末は書かれはするでしょうが。

小説「祭りの音が消えた夏」最終章

2010年10月05日 | 詩・小説
最終章 明日への道

 百合が迎えに来たので、由布はようやく母と別れを告げる事が出来た。
 荷造りはできていた、というよりそんなに多くも持っていなかったが。母からいろいろ手土産もわたされようともしたが、最小限のものだけにして家を出た。次に戻るのはいつになるかはわからないが、年内にももう一度帰ってくる事だけは約束しておいた。三日前とは偉い違いだ。少し前までは、この家にはもう戻らないつもりでいたのに。自分でも心の変わりように驚いていた。
「百合ちゃん、ありがとうね。荷物も持ってもらって」
「ごめんね、せっかく由布ちゃんが帰ってきてるのに、ゆっくり話す時間もとれなくて」
「でも、しかたないよね、大学は行って忙しいんだから。元ともデートしないといけないし。おじゃまだったかな?」
「ううん、そんなことない」
「でも、嬉しいな。百合ちゃんが本当の妹になってくれるんだって思ったら」
「元ちゃん、何でも話すのね、由布ちゃんには」
「ごめんね、あんなことやこんなことまで……」
「何だか恥ずかしくて、まともに由布ちゃんの顔、見られない」
 確かにどことなく百合は由布の顔をまっすぐには見ないで話をしていた。
「でも、百合ちゃんがこんなに大胆だったなんて、全然知らなかったな。まさか小学生で……」
「言わないで。本当に恥ずかしいんだから。でも私、元ちゃんの前だったら何でもやっちゃうみたい。何でも知り合ってたし、知られてもいたし、今さら隠す事なんかないし。それに、元ちゃん、本当に私のこと好きなのかどうか、よくわからなかったし。……あんまり親しすぎて、そういうこと曖昧にしていたから。でも、あの時は笑っちゃった。まさか本気で子どもができるんじゃないかって、心配してるんだから」
「で、きちんと教えて上げたって。どうやって?」
「うーーん、さすがにそれは内緒」
 と言いながら少し顔が赤くなっていた。大胆なのか純情なのか、理解に苦しむ。
「今、薬科大学に行ってるって?やっぱり元のため?」
「まあ。本当はお医者さんになりたかったんだけど、元ちゃん専属の医者ってわけにはいかないでしょ。それにお医者さんの家族って、一番後回しになることが多いって聞くし。それじゃなんの意味もないから。だったら家族優先にできそうで、医療関係に近いのわって、薬の方がいいかなってね。元ちゃん、今はあんまり無理しないようにしてるけど、私が目を離すと、ついつい無理をするようなこともあるから」
「学校離れていて気にはならない?」
「なってるなってる。だから連絡だけはこまめにしてる。というより、私が何も言わなくても元ちゃんの方から必ず連絡をくれる。まあ、同じ大学に行ってる友だちがけっこう状況を教えてくれたりもしてくれるけれどね」
「スパイ雇ってるんだ。怖いな」
「いいわよ、元ちゃんに言っても。知ってる事だし。それに、彼女のおかげで、元ちゃんには私ってのがいるって知れ渡ってるみたいだから、誰も近寄ってこないみたい。別にそこまでしなくてもいいとは思うけどね」
 口ではそう言ってるけれど、もし浮気でもしたらただではおかないだろうな、と由布はちょっと怖くなった。まあ元に限ってそんなことはないだろうとは思うけれども。

「そうそう、暢の事もありがとうね。いろいろ面倒見てくれたんでしょ」
「ううん、何もやってない。まあ構う事もあることはあるけどね。でもほとんどは私より和馬の方がやってくれてるみたい。本当は元ちゃんから暢君のこと相談受けた時ね、私に由布ちゃんの代わりなんてできるんだろうか、って悩んでたの。和馬が友だちになってくれたらいいな、って言うんだけど、友だちって他人から強制されてなるもんじゃないしね。でも、4年の時、同じクラスになったら、和馬ったら、勝手に暢君に近づいていって、しっかり友だちになっちゃってるの。和馬って、先々の事が早く飲めるのよね。で、先回りしての勝手な行動が多くて、けっこうみんなからうざがられてたりもしてたみたい。でも、今回はそのことがうまく働いて、たぶん私たちの話、聞いてたのかな。あるいは自分で気がついたのか、自分が暢君の友だちになれば手っ取り早いって思ったのかな」
「もっと感謝しとくべきだったかな」
「いいのよ、和馬も暢君に救われてるんだから。さっきも言ったけど、先回りしすぎることがよくあったんだけど、反対に暢君は深く考えていても、なかなか自分からは行動に出せないタイプだから、二人合わせてぴったりになったのね。動きたくても動けなかった暢君を後押しする形で和馬が働けば、勇み足の気味がある和馬の手綱を暢君がしっかり握って調整するみたいな。だから小学時代の二人は最強のコンビだったって」
「そのことは元からも聞かされたわ。おとなしかった暢があんなに元気になってて驚いたもの」
「たぶん最初は和馬も私の義理で付き合ってたと思うの。あの子も口に出してるけど、将来あのふたりは義理の兄弟になるんだって、先回りして考えていて、今から親しくなってもいいんじゃないかってね。でも、付き合っている内にお互いの良さに気づき合って、本当の友達に、ライバルになったみたい。でね、私も和馬に教えられた事もあるのよ」
「小学生の弟に?」
「うん。私も頑張ろうと思って、暢君の世話とかやってたら、和馬がね、お姉ちゃん、やりすぎたらだめだよって。あの子、暢君の前でよく私の自慢話とかするのよ。俺の姉ちゃんすごいだろって。それって暢君に可愛そうじゃない、って言ったらね、あの子、こんなことを言ったの。
『俺は由布姉ちゃんの事好きだけど、でも俺の姉ちゃんは一人だけだよ。暢もおんなじ。姉ちゃんがいくら由布姉ちゃんの代わりをしても、あいつの姉ちゃんは一人だけなんだ。今は会えないけれど、いつかまた会える時が来るだろ。その時に、あいつ、由布姉ちゃんの事忘れちゃったらだめだろ。姉ちゃんが由布姉ちゃんの代わりになって、あいつが本当の姉ちゃんの事忘れたらどうする?由布姉ちゃんなんて必要ないって思うようになったらどうする?だから、俺、姉ちゃんのこと自慢するんだ。そしたら、あいつも自分の姉ちゃんの事自慢し返すんだ。あいつの中で姉ちゃんが生きているんだ。いてたときよりはっきりと思い出すんだ。由布姉ちゃんに会いたくて会いたくて、今は我慢して頑張るんだって気持ちが強くなってきて。そしたら、実際に会えた時、どんなに嬉しくなるか。だから、姉ちゃんもかまうのは良いけれど、そこそこにね』
はいって、返事するしかないでしょ。実際どうだった?暢君、由布ちゃんに会って」
「ありがとう。本当は怖かった。暢が私の事なんかもう忘れてるんじゃないかって。だから帰ったその日、遠くから駆け寄ってきた暢を見てすごく嬉しかった。そんなこと知ってたら、和馬君の事、もっと可愛がってやったのに」
「和馬に伝えとくわね。あの子喜ぶわ。そうそう、昨日お祭りに連れて行ってくれたってね」
「うん。何か言ってた?」
「昨日は、私の帰るのが遅かったから何も話できなかったけれど、今朝、ちょっとだけ。それも、みどりちゃんも浴衣で来てて、まぶしいくらいに綺麗で、女神様がいるみたいでって、それしか言わなかったわ」
「何、それ?ベタ惚れじゃない」
「あの子、本当はみどりちゃんの事、そんなに思ってもいなかったのよ、本当は。彼女が転校してきた時、暢君が一目惚れしちゃったみたいで、そんなこと決して言わないんだけど、勘の良い和馬だから気がついたみたい。放っておいたら何もしないまま過ぎてしまいそうだからって、あの子お節介にも、自分も気になるからって、二人してみどりちゃんに近づいたみたい。あくまで暢君がみどりちゃんと仲良くなるための方策だったって。で、聞いたと思うけれど、あのお風呂事件があったって訳。私の想像だけど、あれ、和馬の確信犯だと思う。自分が悪役になって、二人を究極的にくっつけちゃおうって。もちろんみどりちゃんが自分たちを大嫌いになる可能性もあったとは思うけれど、絶対そうはならないだろうって読みがあの子にはあったみたい。でも、ミイラ取りがミイラになったみたい。あの後、和馬の方がやられたみたい。私とお風呂に入った時に、私の体をじっと見ながら、やっぱり違う、ってぶつぶつつぶやいてたの。後でみどりちゃんから話を聞いて、訳が分かったんだけど、あの日から和馬の様子がちょっと変なのよね。ある時、いきなり私にこんなこと言いだしたのよ。ねえ、元兄ちゃん、うちの家に婿入りしてくれないかな?って。どうして?って聞いたら。そうなったら、うちの家の跡継ぎができるから、俺、よその家に婿入りできるだろうって。それって、よく考えたら、一人っ子のみどりちゃんのこと言ってるんじゃないかなって。けっこうあの子、本気モードに入ったみたいね」
「暢も大変ね。本当にライバルになったんだ。まあ10年早いけど。肝心のみどりちゃんの気持ちわからないし。おうちの人にもいい迷惑かもしれないしね」
「家の人と言えば、授業参観があった時、お母さんが仕事で都合が悪いからって、私が代わりに行ったんだけど」
「ああ、元も行った時ね。そうか、実は誘い合わせて……」
 そんな勘ぐりの言葉はしっかりスルーされた。
「後でみどりちゃんのお母さんに声をかけられたの。いつもお世話になっていますって。こちらこそ助かっていますって言ったら、あの子、嫌われてたりしませんか、って心配されてて。
 聞けば、転校前は典型的なお嬢様タイプのわがまま娘だったみたい。上から目線でクラスの子を見下したりしていてけっこう嫌われていたみたい。転校してきて、この学校が嫌だったみたいで、最初は暗い様子だったって。それが、だんだん学校のことも話し出すようになってきて、よく聞いていたら、同じクラスの子の話もあるけれど、それ以上に隣のクラスの男の子の話がよく出てくるって。二人の変な男子がいて、いろいろ親切にしてくれたり、面白い話をしに来たりとか。悪い子につかまってるんんじゃないかなって心配もしてたら、勉強を教えてくれって頼まれて、一緒に勉強するようになったって。本当にやってるのかどうか、気にもなったけど、他のお母さん方に聞いてみても、どうやら本当らしいし、その二人の男の子の評判もすごく良いみたいで、おまけに自分の娘がみるみるうちに穏やかになってきて、今まで自分勝手だった子が、今では学校でも困ってる子の手助けとかも自発的にするようになったりしてるそうで。家でも、言われなくても親の手伝いを始めた時には、思わず、熱があるのか、嵐でも来るのか、冗談ではなく驚いたそう。
 娘の話によると、そのお友達の一人の男の子のお姉さんが、とってもよく自分を可愛がってくれてたけど、今は事情があって会えなくなって、そうしたら、今まで当たり前のように可愛がってもらって甘えていればよかったけど、それがどれだけ大変なことだったかわかって、今はお姉さんがしてくれていたことを思い出して、自分で頑張っているんだって。お姉さんが帰ってきた時、こんなこと、もう一人でも出来るんだぞって自慢したいんだって。それを聞いたら、わがままばかり言ってた自分が情けなく思って、自分も頑張らないとって思うようになったって。それって由布ちゃんのことだよね。暢君、大人になったみたいね。でも、お母さん、一つだけ心配してた。最近あの子、二人の男の子に偉そうな口の利き方してること多いみたいだって。また昔のお嬢様が出てきたんじゃないかって。で、娘に言ったら、いいの。あの二人は私の弟なんだからって。そう言うんですって。私、それ聞いて、申し訳ないけれど笑っちゃった。その、弟という話、実は本当なんですよって。あの3人、姉弟になることに決めたそうだから、見守ってやって下さいって」
「お母さんには何にも言ってないのね」
「言えるわけないわね。あのお母さん、聞いたら卒倒するかも。一人っ子でそういう大是の中で育つ環境なかったから。私も姉弟二人だけど、由布ちゃんの家族と一緒の事多かったから、そういう環境慣れてるからいいんだけど」
「昨日、みどりちゃんと、私たち3人でお風呂に入りましょうって声かけたら、喜んでいたから、せひともそういう機会作りましょうね。ううん、3人なんて言わないで、私たち兄弟みんなで温泉でも行きましょうよ」
「それ、いいわね。由布ちゃんの姉弟3人と私たち2人と、みどりちゃんの6人で。良い日あったら教えてくれません?手配しますから」
「みんなで一緒にお風呂に入るのもいいかも。でも数名嫌がるかな?」
「前に和馬とお風呂に入った時に聞いてみたの。みどりちゃんの裸見たんでしょって。どうだった?って聞いたら、姉ちゃんと段違い。めちゃくちゃ綺麗だったって、しらーっと言うのよ。衝撃の映像だったみたい。一生忘れそうにもなさそう。できれば一緒に入れる時があればいいかななんて思ってるかも。そうそう、暢君にも一緒にお風呂にって誘った事あるんだけど、前は機にしないでいたのに、あれ以来嫌だって」
「そうそう、私も猛烈に拒否された」
「理由聞いたのよ。そしたら、女の人と一緒に風呂に入ったら、みどりちゃんの事思い出してしまうって。そういうのって反則だって。百合姉ちゃんみたいに好きな人どうしで一緒に入るのならいいけれどって。私と元ちゃんが一緒に温泉に行った事は知ってるみたい。だから、みどりちゃんが自分の事を本当に好きになってくれるんだったら……。それまでは誰とも女の人とは入らないって」
「ふーん、純情なんだ。一昨日はそんな理由言えないからがむしゃらに拒否してたんだ」
「この際、男どもが入ってるところに女性陣が集団で押しかけたりしてね。あっ、でも元ちゃんだけはだめかも」
「うん、だめだめ。元はみどりちゃんと一緒にさせるのはだめよ。横取りされるし」
「それは大丈夫だけど……たぶん大丈夫だけど……やっぱりだめよね」
「はっはっはーー」

 いつの間にかバス停が近づいていた。ふと見ると、バス停のベンチに誰かが座っていた。こちらに気がつくと、立ち上がって手を振ってくる。由布は百合を残して小走りで走り寄った。
「先輩、どうしたんですか?部活でしょ?」
「ああ、休み中の校区巡視や生徒がどうしてるのか家庭訪問も仕事のうちだよ」
「でも、練習はどうしてるんですか?」
「昨日2年生がコテンパンにされたのがよっぽど悔しかったらしく、自分たちで頑張るって張り切ってて。で、名前だけのもう一人の顧問の先生に見ていてくれるよう頼んだみたい。暢と和馬の奴が、巡視だったらこちらの方向がいいですよって、て言うから来て、疲れたから腰掛けてたんだ」
 暢と和馬のくだりだけは本当のようだろう。でもいかにも白々しい。
「そうそう、うちのクラスの衣川みどりって子、知ってるのか?」
「暢の友だちでしょ。昨日一緒に祭りにも行って話もしたのよ」
「それでか。学校を出る時にやって来て、お前によろしく言っておいてほしいって頼まれた。俺は校区巡視に行くんだからって言ったのに、いいからいいからって。何がいいからなのか知らないが、俺の顔見てにやにや笑ってやがるんだ。何かあいつに言ったのか?」
「いいの、いいの。先輩は気にしなくても」

 そのうちに百合も近づいてきた。
「こんにちは、先生」
「あっ、先輩。こちら和馬君のお姉さんです。ご存じですよね」
「ああ、こんにちは。確か参観の時に来られていましたよね。和馬が、うちの姉ちゃん綺麗だろって自慢してました」
「先輩、手を出したらだめですよ。ちゃんと決まった人いるんですから」
「暢からも聞きました。暢のお兄さんと仲が良いそうで」
「先生は由布ちゃんの先輩なんですってね。元ちゃんからつい先日聞いて驚きました」
「えっ、ああ。由布とは中学・高校でバスケットを一緒にやっていたんで。その関係で、いまだに『先輩』なんです。どうにかなりませんかね」
「そうそう、今朝和馬が変な事を言ってたんです。ひょっとしたら先生、俺と義兄弟になっちゃうのかなって。それってどういうことですか?」
「えっ!?はぁーー」
 先輩はキョトンとした顔を由布に向けた。由布もちょっと驚きながら百合を見ると、百合の口元が笑っていた。こいつ、和馬からは何も聞いていないと言っておきながら、しっかり知っているんだ。おそらく昨夜、元と長電話していたに違いない。食えない義妹だ。
「あいつら、時々変な事を言い出すからな。そう言えば1学期の終業式の後、暢と和馬の二人が職員室に来たんだが、2年になったら俺たち違うクラスにして下さいって言いに来たんだ。もう俺たち、違うクラスになってもちゃんとやっていけますからって。今から来年の事言われても鬼が笑うだけだけど。で、ふと見ると衣川みどりも一緒に付いてきてるので、衣川、お前は何の用だって聞けば、この二人は私の弟たちなので、保護者代わりに付き添いで来ましたって。何でも、固めの杯も交わした仲だって。もちろん白酒でって」
「そう言えば、ひな祭りにみどりちゃんの家に二人招かれたって。その時に固めの杯ってのをやったのね」
「そんなのを、どこで覚えたのかな。その時はまだ小学生でしょ」
「由布は衣川のことも知ってるのか?」
「ええ、この三日間、3人組のことはしっかり聞かされました。本人にも会って話しましたけど」
「正直、変な奴らだよ。内緒だけどな」
 内緒の話を生徒の家族に普通に話す方がよほど変だとは思うのだが。
「そうそう、先輩の車、7人乗りでしたよね。今度私たちの兄弟で温泉でも行こうかって話、してたんですけど、先輩、アッシー君になってもらえません?」
「兄弟って?」
「私と元と暢、百合ちゃんと和馬君と、それにみどりちゃんの6人。先輩も加えて上げたらちょうど7人でいいですね」
「衣川も兄弟扱いなんだ。やっぱり。俺は?」
「準・兄弟扱いね。そうしないと教師と生徒が温泉旅行なんて、ちょっとした問題になりそうだし」
「困ったな。まあ何とかうまくごまかせばいいかも。考えとく。由布も考えといてくれ」

 バスがやってきた。出発の時間が近づいている。
「先輩。一つお願いがあるんですけれど」
「うっ?由布の頼みなら何でも聞くけれど」
「今度、お祭りに連れて行って下さい。二人で」
「ああ、そういうことなら喜んで」
「百合ちゃん。和馬君に伝えといて」
「何?」
「和馬君の言ってた事、ひょっとしたら本当になるかもしれないって」
「???」
「じゃあ、またね」
 由布はバスに乗り込むと、二人の見える席に座って別れを告げた。バスはガタガタ揺れながら発車した。振り返って手を振りながら、三日前にバスに乗ってここに来た時とまったく違う気持ちでいる事に不思議な思いをしていた。
 帰れば修二郎にすべてを話そう。どんな顔で聞いてくれるだろうか。修二郎のことだから、ニコニコしながら、よかったね、と言ってくれるのだろう。その顔の裏側に見えるだろう、寂しげな表情を思いながら、一人浮かれててもいいのだろうかと気にはなった。
 神社が遠くに見える。聞こえるはずのない祭りの音が、今日は聞こえてくるような気がしてきた。