2014年1月10日。
※ルワンダには各地に虐殺記念館なる博物館があります。これは首都キガリの記念館の入り口です。
《緑豊かで穏やかな国、ルワンダ。しかしこのルワンダで20年前、凄惨な事件が起きたことをご存知だろうか。それはジェノサイド(大量虐殺)。今日僕は、そのジェノサイドが行われたという現場を訪れてきた。》
時代の進展は、人間の進歩を意味しない。
文明の発達は、人類の発展を意味しない。
これは僕の自論だ。僕は人間なんて「そんなもん」だと思っている。
今から20年前、ルワンダで民族対立に端を欲する大虐殺が起こってしまった。
背景は複雑であり単純で、また単純であり複雑だ。だいたいのことは「知っているつもり」だけど、僕はここでルワンダで起きた事実を詳しく述べたいわけではない。ちょっと検索すれば、いくらでも情報は出てくる。
それよりも僕は、「人間」を考えたい。
ルワンダのジェノサイドの悲劇は、まさに「隣人殺」だったことだ。ついこの前まで一緒に暮らしていた2つの民族が突如対立に追い込まれ、そして大虐殺に繋がってしまった。その数は、わずか100日間で80万人に及ぶと言われている。
今日僕が訪れたニャマガベという街にある虐殺の記念館。
ここは昔学校だったという。ここに避難していた50000人の人々が、虐殺の対象になってしまった。
こんな穏やかな雰囲気、美しい緑。こんな場所で凄惨な虐殺が行われたなんて、にわかに信じ難い。
しかし・・・
この建物の中には、虐殺された人たちの無数のミイラが並べられていた。
写真撮影は禁止されていた。しかしそれ以上に、カメラを向けることが人としていかがなものか。そう思わされる場所だった。
ミイラには表情がある。殺された時の、まさにその時の顔をしているのだ。
その顔1つ1つが、僕に何かを問い掛けているようだった。
この場所では、ナタで切り刻まれて殺されていったという。
よく見ると、頭蓋骨に大きな割れ目があるミイラもあった。
何という悲劇なのだ、こんな小さな子ども達まで何人も・・・。
ナタで切り殺すのだから、当然一撃ではなかなか死なない。
もがき苦しむ人もたくさんいた。
彼らはそのまま、生き埋め状態で土に埋められていったという。
何という悲劇なのだ・・・。
対立をしてしまったこの2つの民族は、その直前まで一緒に生活をしていたという。まさに「隣人」だった。
しかし・・・ほんの僅かに歯車が狂ってしまった。
それだけのことなのだ。
お互いに恨み合っていたわけではない。
お互いに憎しみ合っていたわけではない。
それなのに、ほんのちょっと歯車が狂っただけで・・・
人間は、こうなる。
時代の進展は、人間の進歩を意味しない。
文明の発達は、人類の発展を意味しない。
人類の歴史なんて、こんなことの繰り返しだ。
何百年、いや何千年、戦争を繰り返してきたよ?
バカなんじゃねぇか、人間って?
いや、きっとバカなんだろうな。
バカだから、その時は反省しても、また繰り返すんだろうな。
ある歴史学者が「人間は歴史に学ばない動物だ」なんて言ってたけど、まさにそうだ。
こんなに何度も繰り返すんだから。バカの極みだ。
人間の心の中には、やっぱり残虐性を求める動物的な本能というか、なんつーのかよく分からないけど、血を求めてしまう習性というか、そういう部分ってやっぱりあるんだろうな・・・。
あんまりそうは言いたくないけど、やっぱりそうなんだと思う。
そういうことを自覚するのって、大事なんじゃないかなって思う。
このジェノサイドの背景には、かつてこの地を植民地にしていたフランスやベルギーの影響も大きいという。
彼らが対立の構図を作り出したとも言われているし、フランスは虐殺にも加担したとも言われている。
虐殺が行われていたのに、フランス軍はバレーボールに興じていたという話も聞いた。こんな看板もあった。
別に僕は今フランスやベルギーを追求したいわけじゃないけど、
南米や中米、そしてアフリカ、いやアジアもだな。ほとんど世界中なんだけど、それらを周っていると、俺は正直感じる。
欧米諸国の植民地支配の罪は、重いよ。
とてつもなく重い。罪深いよ。
俺はそう感じるな。
人間って儚いな。
平和で居られているときは理性があるし、善悪の判断もできる。
でも一歩狂えば、結局は野蛮極まりない「動物」だ。
だけど、僕は願う。
これから先の人類が、少しでも、できればゼロがいいけど、こんな殺し合いをしないように、>と。
だめだ、俺はバカだし無力だから、何をしたらいいのか分からねぇ。
でも、願う。願うことは、まずできるから。
今のルワンダは平和そのものだ。
街中は本当に平和そのものなのだ。
対立をしてしまった2つの民族の名前も、公の場で口にすることはタブーになっているという。
彼らは今、また仲良く一緒に生活をしている。
僕は願う。
これからもルワンダが平和であり続けますように。
そして、僕は願う。
日本も平和であり続けますように。
世界がもっと平和になりますように。
2014年1月10日。大量の欧米人旅行者が流れ込んできて、うるさくて仕方なくなってしまったユースホステルにて。
※しゃれこうべが並ぶ、キブイエの街の教会。
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※ルワンダには各地に虐殺記念館なる博物館があります。これは首都キガリの記念館の入り口です。
《緑豊かで穏やかな国、ルワンダ。しかしこのルワンダで20年前、凄惨な事件が起きたことをご存知だろうか。それはジェノサイド(大量虐殺)。今日僕は、そのジェノサイドが行われたという現場を訪れてきた。》
時代の進展は、人間の進歩を意味しない。
文明の発達は、人類の発展を意味しない。
これは僕の自論だ。僕は人間なんて「そんなもん」だと思っている。
今から20年前、ルワンダで民族対立に端を欲する大虐殺が起こってしまった。
背景は複雑であり単純で、また単純であり複雑だ。だいたいのことは「知っているつもり」だけど、僕はここでルワンダで起きた事実を詳しく述べたいわけではない。ちょっと検索すれば、いくらでも情報は出てくる。
それよりも僕は、「人間」を考えたい。
ルワンダのジェノサイドの悲劇は、まさに「隣人殺」だったことだ。ついこの前まで一緒に暮らしていた2つの民族が突如対立に追い込まれ、そして大虐殺に繋がってしまった。その数は、わずか100日間で80万人に及ぶと言われている。
今日僕が訪れたニャマガベという街にある虐殺の記念館。
ここは昔学校だったという。ここに避難していた50000人の人々が、虐殺の対象になってしまった。
こんな穏やかな雰囲気、美しい緑。こんな場所で凄惨な虐殺が行われたなんて、にわかに信じ難い。
しかし・・・
この建物の中には、虐殺された人たちの無数のミイラが並べられていた。
写真撮影は禁止されていた。しかしそれ以上に、カメラを向けることが人としていかがなものか。そう思わされる場所だった。
ミイラには表情がある。殺された時の、まさにその時の顔をしているのだ。
その顔1つ1つが、僕に何かを問い掛けているようだった。
この場所では、ナタで切り刻まれて殺されていったという。
よく見ると、頭蓋骨に大きな割れ目があるミイラもあった。
何という悲劇なのだ、こんな小さな子ども達まで何人も・・・。
ナタで切り殺すのだから、当然一撃ではなかなか死なない。
もがき苦しむ人もたくさんいた。
彼らはそのまま、生き埋め状態で土に埋められていったという。
何という悲劇なのだ・・・。
対立をしてしまったこの2つの民族は、その直前まで一緒に生活をしていたという。まさに「隣人」だった。
しかし・・・ほんの僅かに歯車が狂ってしまった。
それだけのことなのだ。
お互いに恨み合っていたわけではない。
お互いに憎しみ合っていたわけではない。
それなのに、ほんのちょっと歯車が狂っただけで・・・
人間は、こうなる。
時代の進展は、人間の進歩を意味しない。
文明の発達は、人類の発展を意味しない。
人類の歴史なんて、こんなことの繰り返しだ。
何百年、いや何千年、戦争を繰り返してきたよ?
バカなんじゃねぇか、人間って?
いや、きっとバカなんだろうな。
バカだから、その時は反省しても、また繰り返すんだろうな。
ある歴史学者が「人間は歴史に学ばない動物だ」なんて言ってたけど、まさにそうだ。
こんなに何度も繰り返すんだから。バカの極みだ。
人間の心の中には、やっぱり残虐性を求める動物的な本能というか、なんつーのかよく分からないけど、血を求めてしまう習性というか、そういう部分ってやっぱりあるんだろうな・・・。
あんまりそうは言いたくないけど、やっぱりそうなんだと思う。
そういうことを自覚するのって、大事なんじゃないかなって思う。
このジェノサイドの背景には、かつてこの地を植民地にしていたフランスやベルギーの影響も大きいという。
彼らが対立の構図を作り出したとも言われているし、フランスは虐殺にも加担したとも言われている。
虐殺が行われていたのに、フランス軍はバレーボールに興じていたという話も聞いた。こんな看板もあった。
別に僕は今フランスやベルギーを追求したいわけじゃないけど、
南米や中米、そしてアフリカ、いやアジアもだな。ほとんど世界中なんだけど、それらを周っていると、俺は正直感じる。
欧米諸国の植民地支配の罪は、重いよ。
とてつもなく重い。罪深いよ。
俺はそう感じるな。
人間って儚いな。
平和で居られているときは理性があるし、善悪の判断もできる。
でも一歩狂えば、結局は野蛮極まりない「動物」だ。
だけど、僕は願う。
これから先の人類が、少しでも、できればゼロがいいけど、こんな殺し合いをしないように、>と。
だめだ、俺はバカだし無力だから、何をしたらいいのか分からねぇ。
でも、願う。願うことは、まずできるから。
今のルワンダは平和そのものだ。
街中は本当に平和そのものなのだ。
対立をしてしまった2つの民族の名前も、公の場で口にすることはタブーになっているという。
彼らは今、また仲良く一緒に生活をしている。
僕は願う。
これからもルワンダが平和であり続けますように。
そして、僕は願う。
日本も平和であり続けますように。
世界がもっと平和になりますように。
2014年1月10日。大量の欧米人旅行者が流れ込んできて、うるさくて仕方なくなってしまったユースホステルにて。
※しゃれこうべが並ぶ、キブイエの街の教会。
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