TIBと仲間たち

TIB(トロピカルインモラルボーイズ)と素敵な仲間たちのブログです。

般若心経

2018-02-27 15:30:44 | ライブ情報
 仏教に興味を持ったのは何時の頃だろう。自分の周りに亡くなる人が増えてからか、徐々に世界の宗教が見えてきた頃か。色んな角度からの本を手に取った。寺院建築や仏像美術からサンスクリット語まで。密教に嵌り込んで空海を追いかけてた事もあった。
 そんなおり、夢枕獏の『聖玻璃の山』(2008年文庫版)を手にした。般若心経の夢枕訳である。ヒマラヤを挟んだチベットとネパールの人々、彼らの聖なる山、さらには生きている仏教の写真集でもある。三部構成で、第一章は般若心経の日本語音読み(よく耳にするお経である)、第二章は日本語訳。当時の僕には、全く手におえず、写真をぱらぱらめくり本棚へと消えた。
 2011年3月11日、僕は雪の高野山に居た。職を辞し思う所あり、早世した友の供養も兼ねた、弟の『四国八十八カ所巡り』。その仕上げに高野山へ行くという高尚な旅行にちゃっかり同行した。罰当たりだったのか熱発しフラフラしながら、誰も居ない高野山を歩くうちに、空海へと繋がってゆく不思議な体験をした。その後また燻り始めた仏教への想いが、目に見えない力でこの本を再発見させた。第三章は戯曲である。『聖玻璃』という言葉を『春と修羅』で使った、敬虔な仏教徒でもある宮澤賢治を狂言回しに、般若心経を見事に読み解いている。
 さあ僕はどう読み解こう? 何でもありとはいえ、こんな詩でいいのかな?

KANNON

僕は知った 祖母が奏でた言葉の真の意味を
観音様が言った
『この世はお前が作り出した 無で 空で 意味のないただの幻想
だから悩む必要なんてない 安心なさい』と

ある日僕は死の淵を覗き見して思った
僕の脳が作り込んだこの世はロールプレイングゲーム
無で 空で 終われば全てリセット
僕も君もそれでデリート でもいいのかなと

何故か僕はまだ生きている わずかばかりの命与えられて
悟りの境地など訪れず 喜び怒り哀しみ楽しんでます
日々の暮らしに埋もれながら 導く者を捜すのも忘れ
愛するモノに振り回され 欲望自体に導かれ

誰か言った 引退したアイドルが菩薩になった
彼にとって偶像亡き世界はどう変わった?
無で 空で 導かれて虚無へ
追い求める欲望も無に帰したのでしょう

弥勒菩薩 待ってない 何十億年も待てないから
観自在菩薩 捜しましょう 僕だけの特別な観音
無だ 空だ なんてどうでもいい
今のダメな僕をこのまま包み込んでよ

君と僕が戯れに紡ぐカノン
僕の胸を打ち抜く愛のキャノン
甘く切ない むせるようなsenses(官能)
可能な限りに君へresponse(感応)
いっそ君が僕の菩薩でいいや どこへ導いてくれようとも
意味のない僕の 意味の無い脳の 空しい産物だとしても

君の脳と 僕の脳を 直列回路でリンク
ワトソン・クリック 裂いてふたつに
モザイク・プロセッシング
菩薩と僕の 無と空 掛け合わせて
オン アロリキャ ソワカ
無限の組み合わせの無を作ろう

君が僕のアヴァロキテシュヴァラ 君もそれでいいだろう
僕はまだこの世の愛しきモノ達を眺めていたいのです
無で 空でも ぎりぎりまでもがいて
ジタバタ狼狽え スイッチ切るつもりです

ガテー ガテー
パーラ ガテー パーラ サム ガテー
ボーディ スヴァーハ
コメント
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