tokyoonsen(件の映画と日々のこと)

主に映画鑑賞の記録を書いています。

『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』…愛+愛=愛

2022-12-15 20:14:38 | 映画-か行

 『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』、ギレルモ・デル・トロ、マーク・グスタフソン共同監督。2022年、116分、米。原題は、『Guillermo del Toro's Pinocchio』。

 原作は、カルロ・コッローディ、『ピノッキオの冒険』(1883/伊)。

 

 12月9日からNetflixで配信されているけど、遅ればせながら劇場で鑑賞。

 

 ストーリー的にはとてもすっきりと、まとまっていたように感じた。

 ピノッキオのストーリーは、時代に合わせて、また映画化される度に少しずつ改変されるが、こちらもギレルモ風のピノッキオ。

 時代設定も第一次世界大戦頃に変更されている。

 

 ギレルモ・デル・トロ監督と言えば、造形の妙が注目され、SFやホラーのイメージがある。こちらの作品も個々のキャラクターや世界観は独特で、少し気味悪くもあり、いわゆる「かわいい」キャラは出てこない。

 ピノッキオさえも、洋服を着た「人間風」ではなくて、松の木目や裂け目もそのままの、いかにも「人形」といった造りだ。

 ただこれが、大きな意味を持っているようだ。

 

 丹精を込めて作られたのではなく、悲しみと怒りと絶望と、そして酒に朦朧としながら作られた、未完成の人形。

 原作のようにピノッキオは「人間の男の子」になるのではなく、そのままで、ありのままで、愛情や友情、思いやりとともに生きて行く。

 

 作中の誰しもが、「これが標準」という価値観を目指すのではなく、ある意味異形のまま生きて行く。「良い子」はいても、「普通の良い子」はいない。そんな世界観を表すのに、デル・トロ監督のピノッキオは最適役ではないだろうか。

 怪奇な世界で、どストレートに愛を語る。「ダーク・ファンタジー」と言うと、観客を驚かす、また奇をてらうような印象もあるけど、これはそういう作品ではなかった。むしろ「驚かないで」と言い聞かせてくるのだった。

 

 ラストシーンは最高だった。

 好きなラストシーンのマイ・ベスト5に入るかも(ランクを付けていないので感覚ですが)。後味の良い映画って、やっぱりいいなあ。

 

 

 第80回ゴールデングローブ賞最優秀長編アニメーション映画賞、第95回アカデミー賞最優秀長編アニメーション映画賞、受賞。

 

 ちなみに2008年にデル・トロ監督が、「ダーク・ファンタジー化したピノッキオ」の企画を発表してから、約14年。

 美しいストップモーション・アニメを作り上げてくれた、監督とスタッフの皆さん、そして出演者の皆さんに感謝です。表現された愛も素晴らしいけど、作り上げた愛と情熱にも感謝。

 

予告編 - Netflix

職人技の舞台裏 - Netflix

 

ピノッキオ役のグレゴリー・マン君の声がめちゃかわいい。↓透明感とはこのこと?

狂言回しのクリケット(コオロギ)役はユアン・マクレガー。↓

 

 

 

 


『ある男』…しかし言葉は接着剤でもある。

2022-12-14 01:26:47 | 映画-あ行

 『ある男』、石川慶監督、121分、2022年。妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝、清野菜々。原作は、平野啓一郎『ある男』(2018)。

 

 中々のオールキャスト作品。

 たっぷり2時間という長めの映画だけど、柄本明やでんでんなど、節々に登場する大御所がぐいっと引っ張ってくれて、飽きさせない。

 安藤サクラの息子役、坂元愛登(まなと)くんが、良かったな。ラスト近くのシーンで母親の安藤さんと話をするんだけど、この重要なシーンはとても記憶に残った。自分の中では、作品のメインとも言える大切な台詞だった。

 

 別人に成り代わって生きることを選んだ、ある男。

 その是非を問うているストーリーでないことは明らかだ。では何を軸に生きて行くのかと言うと、先述の残された妻と息子の会話が全てだと思える。

 二人は「ある男」のことが好きだったし、「ある男」も、二人のことが好きだった。こう書くとまるで童話の中の文みたいで、少し笑ってしまう。けれどそれ以上に何があるだろうか。私の中で、結論はとてもシンプルだ。

 ラストで一つ、また展開を向かえるのだが、それは私にはあまり心地のよいものではなかった。

 

 身体性や今ここの感覚に基づかない世界の中で、堂々巡りをしている。

 

 そういう側面が私達にあるなら、それはそれで別にいい。

 しかし私達がそもそも、言葉のない世界に、完全なものとして(精神的に)生まれてきたんだとしたらどうだろう?

 「おぎゃあ」と生まれたその瞬間、その世界に、制約するものとしての言葉は何も無かったはずだ。自他を分断するものは無かったはずだ。おそらく、全てに満ち足りて、最初のひと呼吸をしたに違いない。ああ、大満足である。

 

 こういう映画を見ると、時々はそんな瞬間に戻りたくなる。

 

 さあとりあえず布団に入って、ぬくぬくと寝よう。しかし布団って気持ちいいなあ。

 

 

柄本明が出てくると目が覚める。↓素晴らしい怪人っぷり。

清野菜々さん。↓もう一人の「ある男」と彼女の涙が、母子の会話と対を成す。↓

言葉での関係性を築くまで、彼は絵を描いていた。↓

 

 


御殿場旅行

2022-12-11 01:21:25 | 日記

 静岡県の御殿場に行って来た。

 

 東名を西へ。御殿場の手前で、大雄山の最乗寺に寄った。

 曹洞宗のお寺。山を使った広大な境内には、至るところに天狗様の像が。奉納された高下駄も沢山。600年の歴史あるお寺は、樹齢何百年と思われる杉に囲まれていた。天狗に守られているという伝説があるそうだが、確かに何かに見下ろされていてもおかしくないような雰囲気だった。

 

 翌日は、箱根外輪山の乙女峠までハイキング。霧に煙った寒さの中、汗だくになって峠に到着。このまま箱根方面に下りることも出来るけど、来た道を戻る。峠からの富士山は、霧が濃くて見えなかった。

 

 午後には晴れ間が戻り、近くの平和公園へ。

 日蓮系の日本山妙法寺の境内が、そのまま公園になっている。一丘を使った広い公園で、インド風の門構えにも異国情緒を感じる。奥には大きな白亜の仏舎利塔。三十三体の観音様がずらりと並ぶ小道を通り、門近くの展望台まで戻ってくる。

 展望台からは富士山が見えた。「世界平和を祈る丘」と書かれていた。

 

 そして、羊羹で有名なとらやさんの「とらやカフェ」。目当てのどら焼きは売り切れで、あんみつとお茶をいただく。

 お隣の東山旧岸(信介)邸は以前に寄ったので、今回は寄らず。吉田五十八による近代数寄屋建築(1969年竣工)とのこと。市に寄贈され、現在はとらやのグループ企業が指定管理者となっている。

 

 御殿場プレミアムアウトレットモールは、それまでとは打って変わって賑やかな雰囲気。お寿司をいただいて帰宅した。

 


『ザ・メニュー』…天才シェフと、一糸乱れぬスタッフ達

2022-12-03 00:51:05 | 映画-さ行

 『ザ・メニュー』、マーク・マイロッド監督、107分、米、2022年。原題は、『The Menu』。

 レイフ・ファインズ、アニャ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルト。

 

 伝説の料理人と言われる男がオーナー・シェフを務める、孤島のレストラン。ある晩、そこへ招待された十数名の男女が、とある「至高のフルコースメニュー」を提供されるのだが・・・というサスペンスもの。

※現在公開中の作品のため、これから観る予定の方は以下ネタバレにお気をつけください。

 

 

 さて、この作品。メニューが提供されるごとに、含まれる狂気が増して行く。それらは全て、精神的に未成熟なまま孤高のカリスマとなった、スローヴィクの人となりを表すものだった。

 

 もう一人の主人公、アニャ・テイラー=ジョイ演じるマーゴは、予定外の言動を通し、彼の別の一面を観客へ見せることになる。ただしその事が、レストランのコースメニューに変化を与えることはなく、つつがなく終焉を迎えるのが、伝説の料理人と、超高級レストランの気概のようなものを感じさせ、スクリーンにある意味恐ろしい崇高さを醸し出した。

 面白いのは、終始皇帝のように振る舞うスローヴィクが、全てを創造しコントロールしているわけでもないこと。

 「男の過ち」と名付けられたメニューの考案者である女性スタッフが、「今夜のコースのラストも私が考えた」と言っていて、具体的な死刑判決を下したのは、彼女であることが分かる。彼女の案(罰と言い換えても良いかも)を「至高のフルコース」に採用したのは、もちろん料理長であるスローヴィクだが。

 副シェフのシーンでは、スローヴィクが「お前は偉大にはなれなかった」と彼に語りかけていたが、私にはスローヴィク自身に向けた言葉のように聞こえた。当然この言葉は、数秒後に死ぬことになる副シェフにも当てはまる。だが、「偉大になれなかった」と自分を評価し、そんな自分を憎んでいるスローヴィクの独白であってもおかしくないだろう。

 なにせ今夜のサービスは、孤島に閉じこもった男の、脳内メニューなのだから。

 ベトナム出身のホン・チャウ演じるエルサも、興味深い存在だった。

 彼女はコンシェルジュの役割をしていて、まるで老練の執事のように職務をこなすのだが、後半マーゴとのやり取りの中で別の狂気を見せる。その際の彼女は、家父長制度の中の妻、夫に忠実に従い、自負と共にひたすら仕える妻を彷彿とさせる。もちろんそれは彼女だけのストーリーなのだが。

 

 

 この作品の、突拍子もないシチュエーションと展開に説得力を与えるのが、上記のように挟まれて行く描写だと思うのだが、それでも私自身はちょっと腑に落ちかねる。

 事あるごとに被害者を気取るスローヴィクだが、スタッフは何を共有していたのだろう。客はともかく(?)、自分達もコースメニューの為に仕入れられた材料となることに、何の喜びを感じたのか、今一分からない。

 とにかくシェフ役のレイフ・ファインズの顔が怖い。これぞ狂気の天才顔か。

 

 

フェリーに乗ってやってきた今夜のお客様達。↓料理が出される前に、一つ一つ説明を受ける。

イラつくけど少し可哀想な役回りはニコラス・ホルト(右下)↓

世界一緊張を強いるシェフ、スローヴィク。↓

アニャはライダースジャケットで登場。↓そして足元はブーツ。いいぞアニャ!

 

 


『バッド・ウェイヴ』…彼の犬は幸せの源

2022-11-22 00:08:25 | 映画-は行

 花粉が凄くて、しまい込んでいた空気清浄機を引っ張り出した。

 そんな良く晴れた11月のとある日に、dTVで観た映画。

 

 『バッド・ウェイヴ』、マーク・カレン監督。2017年、94分、米。

 ブルース・ウィリス、ジョン・グッドマン、ジェイソン・モモア。原題は、『Once Upon a Time In Venice』。

 

 「世界一ついてないあの男、完全復活!」とコピーが付いた邦題は、「バッド・ウェイヴ」。

 『ダイ・ハード』シリーズを彷彿とさせ、全盛期の飛ばしまくるブルース・ウィリスをイメージさせようとしたんだろう。

 

 

 でも残念ながら、これはそんな映画じゃない。

 カルフォルニアのヴェニスという、ビーチの有名な小さな町。とある何でもない日に、ちょっとしたドタバタが起きました。もう「ほんわかコメディ」と言った方がいいんじゃないかな。

 ブルース演じるスティーブを筆頭に、個性的なキャラクターが笑わせてくれるけれど、極端に良い人もいなければ、極端に悪い人もいない。

 大体スティーブ。

 運が悪いなんて、当人は多分そんな事は思ってもなさそうだ。良くもないけど、悪くもない。目の前で起こる「珍事」(と思ってそう)を咄嗟に「解決」しようとしているだけ。

 そこはいつも通り、後先考えない方法で。

 

 結局スティーブは、盗まれたバディ(犬の名前で、相棒という意味)を取り戻し、どさくさで自分の生まれ育った両親の家(不動産屋のものになっていた)も取り戻す。

 そう。観客がふと気がついた時には、町で唯一の探偵である主人公が、自分の盗まれた飼い犬を、必死に取り戻そうとしているだけの話になってるのだった(笑)

 

 「俺の犬はどこだ。」

 いい台詞だなぁ。

 気がつくとこればっかり言ってる、ブルース・ウィリス。

 

 

 「とある何でもない日に、ちょっとしたドタバタが起きました。舞台はカルフォルニアのベニス・ビーチ。主人公の生まれ育ちもベニス・ビーチ。今は観光地として生まれ変わりつつあるけれど、ちょっと前はスラム化していて、安い家賃を目当てにおかしな芸術家が集まっていたという、ベニス・ビーチ。主演は、ブルース・ウィリスです。元警察官で、今は探偵です。」

 Once upon a time in Venice.

 

 いや、絶対観るでしょ。そんな事ない???

 

 いい話だなぁ。

 

 

 今年2022年の3月30日、失語症を理由にブルース・ウィリスが俳優を引退すると、奥さんと元奥さんから発表があった、という記事を読んだ。

 記事の中では、奥さんと元奥さんと、その子供達と、皆で並んで、仲良く写真に写っていた。

 

 ありがとう、ブルース・ウィリス。

 沢山ワクワクさせてもらった。あと、幸せな気分をありがとう。どうぞいつまでもお幸せに。

 

 

不祥事で警察官を退官し、町で唯一の探偵になったスティーブ。↓しょっぱなで警察の御用になりそうに。裸族はいかん(笑)

親友のデイヴと。↓子供の頃から同じように、サーフボードを持って並んで歩いていたんだろうなぁ。

親友役のジョン・グッドマン。この表情はハリウッドの至宝。↓

不動産屋と、バディ(犬)と、青い空。↓

   

日本とアメリカのポスターそれぞれ。↑ 米版の下部には、「男の犬に絶対手を出すな」と。いや、だから笑っちゃうから。笑っちゃって、ちょっと泣けた。