知人のご母堂が亡くなられた。
その知人は、働きながらご母堂を2年半介護した。
残念で仕方ないであろう。
ご母堂は、最期に感謝の言葉を残しつつ逝ったという。
ご母堂にもその誠心誠意の介護が伝わっていたのであろう。
ここ何日かブログを書かなかったためにたくさんの人に心配をかけてしまった。
母が認知症になりかけたというのは書かせてもらったが、その検査をおこなった。
MRI検査後、(認知症は)初期段階なので薬の投与で緩和できることがわかった。
ただ、動脈瘤が見つかった。
手術で除去するにはかなりリスクを伴うとのこと。
年齢的にも肉体的にも耐えられる補償はないという。
母に問いかける。
「どうする?」
「もう、ええわい」
いつ、血管が切れてもおかしくない。
母の死は突然にやってくる可能性がある。
「寿命やけん...」と嘯(うそぶ)く母。
なにか覚悟を決めたような言い方である。
知人のご母堂の死は、私にとっては人ごとではない。
その知人は、働きながらご母堂を2年半介護した。
残念で仕方ないであろう。
ご母堂は、最期に感謝の言葉を残しつつ逝ったという。
ご母堂にもその誠心誠意の介護が伝わっていたのであろう。
ここ何日かブログを書かなかったためにたくさんの人に心配をかけてしまった。
母が認知症になりかけたというのは書かせてもらったが、その検査をおこなった。
MRI検査後、(認知症は)初期段階なので薬の投与で緩和できることがわかった。
ただ、動脈瘤が見つかった。
手術で除去するにはかなりリスクを伴うとのこと。
年齢的にも肉体的にも耐えられる補償はないという。
母に問いかける。
「どうする?」
「もう、ええわい」
いつ、血管が切れてもおかしくない。
母の死は突然にやってくる可能性がある。
「寿命やけん...」と嘯(うそぶ)く母。
なにか覚悟を決めたような言い方である。
知人のご母堂の死は、私にとっては人ごとではない。
亡くなる日の夕方には近所にIターンしてきたカップルの女性と話をしたり、畑でできたものを持っていったり、近所の方とも話をしていたようです。当日は、私のお客さんが来ていたので、隣に住んでいたにもかかわらず話をしていませんでした。一緒に住んでいた姉の息子から、「母ちゃんが息せんようになった・・」との連絡を受けて、人工呼吸や心臓マッサージをしながら、救急車を待ちましたが・・・。
結局どうしようもなくでした。まぁ、好きにいきた姉だったので、誰にも迷惑かけずでした。
私の母も大病をしていつどうなるやらわかりませんが、ディサービスを受けつつボケずに暮らしています。
人生の最後って言うのはどうなるやらわかりませんが、ピンピンころりでいきたいなと思っています。まぁ、勝手ですけどね。
それは青天の霹靂(へきれき)のようなできごとでした。
「人は朝に紅顔ありとも、夕に白骨と化す」ということを親子ともども自覚したと思っています。
ただ、生に対する執着心というか、煩悩みたいなものが最期までありつづけるような気もするのです...