8月8日、翁長雄志沖縄県知事が亡くなりました。命をかけて「辺野古基地を作らせない」と主張を貫きました。強い悲しみにうたれています。そして深い敬意と感謝を捧げます。
朝倉・浅野、沖縄知事選挙奮戦記
毎年2回の旅行をしている浅野夫婦。いつもはテントを積んでキャンプばっかりだが今回は沖縄ということで旅館泊。
沖縄ではちょうど知事選挙が行われている。新基地ノーか受忍かの天下分け目の闘いだ。前知事は辺野古移転反対を公約にして当選しながら自民党の甘言によって寝返った。この裏切り者を追討する闘いがこのたびの知事選挙なのだ。
この闘いに参加するということは歴史を傍観するのではなく、その能動的一員として歴史の渦中に飛び込んでそのダイナミズムを全身で受け止めるということなのだ。
この案に青山在住の朝倉夫妻も乗ってきた。4人で計画を練る。以後、朝倉義弘(ヨッチャン)、朝倉早苗(早苗ちゃん)、浅野清志(キヨッさん)浅野智子(智ちゃん)と呼ぶ。
朝倉宅にて予備会議を開く
「バンガローに泊まって、選挙事務所から車で送迎してもらう」
「いや、選挙事務所に泊まったら宿泊代がタダで済む」
「選挙事務所で昼飯食ったら一食浮く」
「チョイとビラ巻いて最後は万歳の写真に一緒に収まって新聞に載ったりして」
「振る舞い酒や食い物にありつこう。ま、当選が前提やがね」
とんでもない話になってきたが、旅の方向性がおぼろげに見えてきた。
14日(金) 7:30神戸空港発 当日は午前中軽く観光し、午後から行動。
15日(土) 丸一日行動
16日(日) 沖縄本島南部観光
17日(月) 美ら海水族館中心の観光(降雨の予報)
11月14日(金)
6時過ぎに朝倉夫婦が迎えに来てくれた。暗闇の中、空港へ向けて疾走。
那覇空港に立つ。暑い。半袖のTシャツ一枚で動くことにする。あまり天気が良さそうではないのでとりあえず首里城の見学をしよう。空港から首里まではモノレールで移動。
今日の宿泊施設は日本一安い宿で紹介された南風(みなみかぜ)という5階建てのホテル。1人¥2.000。なかなかアジアンな雰囲気で、まるで隠れ家のような感じだ。部屋は4階にあるが便所は3階と5階。安室奈美恵なども売れる前はよく利用したそうな。
ところで、隣の建物は日本共産党沖縄県委員会だった。
14:30、選挙事務所に到着。4人で800枚ほどのビラを渡され、タクシーで現地、首里まで移動。コピーされた住宅地図は見づらいがその地図でさえビラまきがやりにくそうな感じはした。タクシーの運ちゃんも「あの辺は狭いし、分かりにくいと思います」と話してくれた。
県知事選と同時に那覇市長選挙や県議・市議補選も行われている。今回は知事選挙の翁長(オナガ)候補、市長選挙の城間候補、2種類のビラなので重い。
路地裏まで入っていくものの、行き止まりが多い。それにかなりの斜面になっている。あ、菅原文太のステッカーが電柱に貼ってある。彼はオナガさんの応援のために先週沖縄に来たらしい。(その翌月亡くなった。最後の力を振り絞って応援してくれたんだなあ)
朝倉夫婦と僕ら夫婦は2組に分かれ、それぞれの地域へ。緑が丘や青山とは全く違う家並み。集落全体に高低差があり、袋小路だらけ。浅野組は200枚残してしまったが朝倉組は完食?えらい!!
宿にはタクシーで移動。そこから温泉までは約1.5キロ。この宿の姉妹店があり、温泉代が150円割引の¥650♪かなり歩いた感あり。そこで偶然にも三木で活動を共にする田中信一氏と遭遇。「生中100円で飲ませてくれる店があるで」という。温泉から上がるとなぜか続々と兵庫県の応援団が集まり、合計8人で店に突撃!缶ビールよりも安い価格設定だ、500円分飲んだ。
ホテルでは板間に寝たせいか、ノドの調子が悪い。声がひっくり返るのだ。
11月15日(土)
9時、選挙事務所に集合。今日の行動はハンドマイク宣伝という。4人程度での編成なので僕ら夫婦は一組となって行動。しゃべる人とその周りでビラをまいたり手を振ったりする人に分かれる。行動場所は国際通り近くの市街地。まずはキヨッさんから始める。マズい、渡された原稿を棒読みするが声がちゃんと出ない。続いてヨッチャン。50年ぶりのハンドマイクと言うが、なかなか落ち着いた喋りではないの。
昨日のビラまきと比べてしゃべる人以外はあんまり労力が要らない分、楽ではある。2巡目が済んだ後、智ちゃんにマイクを渡す。本人驚いていたが、学童保育の署名活動で経験があるそうなのでやれるだろう。しかし声が小さい、マイクとの距離が大きいことを指摘し、その後は順調に流した。
ハンドマイクデビュー
公園で小休止。ここで早苗ちゃんにもマイク宣伝を提案。本人はとんでもないと断ってはったが、草むらに座って原稿を読み始めた。よし、やる気になった♪
さあ、行動だ。初めて握るハンドマイクにかなり精神的圧迫があったものと思う。いきなり詰まってしまい。途中降板か?とも思われたが、次第にスラスラしゃべれるようになってきた。誰よりも冷や汗だったのは本人よりも夫であるヨッチャンだったに違いない。
3時間弱の行動を終え、選挙事務所に帰る。午後からも同じ班で別の場所で行動するよう指示をされた。今度は住宅地だ。
はじめは棒読みだった原稿が僕も含め全員自分の言葉になってきた。原稿が素晴らしくわかりやすいので自分の中に取り込みやすかったのだ。声に表情が出て喋りに熱気がこもる。窓を開けて手を振ってくれる人、歩きながら声援を送ってくれる人、そして家の中まで招き入れてお話をしてくれた人、家から飛び出してペットボトルのジュースを差し入れてくれた人・・・。住民の大きな励ましを受け、絶対に負けられないという気がムクムクとわいてくる。
16時。とりあえず予定通り行動を終わらせ、ホテルにチェックイン。これからの行進、集会に備える。男組は風呂に入り、女組は待機。
17:30、集合場所のスタジアムにタクシーで移動。すでに行進は始まっていた。オナガ、みきこ、みずき、ナガヤマののぼりが長蛇の列を作って流れている。5人に1人ほどののぼりの数は半端でない。県庁前の広場に続々と集合。その数7.500人と発表され、会場はウォー!という大きなざわめき。右翼の車がスピーカーで妨害しようとしていたが大群衆の前には象に立ち向かうアリのごとし。運転手は顔を隠しながらスゴスゴと通過。
赤嶺衆議院議員を含め、15人ほどの弁士が次々とミニスピーチ。最後はオナガ氏の演説。集会の終了宣言後、スピーカーから「当選当選」と流れると群衆が「オ・ナ・ガ!」で応酬。それが「み・き・こ」「み・ず・き」「ナ・ガ・ヤ・マ」と代わり延々と続く。那覇の夜を真っ赤に染めたこの臨場感は半端でない。まさに歴史の渦中に自分が居るのだ。
11月16日(日) 今日は観光タクシーで県南部巡り。平和祈念館、ひめゆりの塔などを訪れる。帰ってホテルの一室を借りて4人で食事。その後疲れて数分間眠る。
21:00、「当確」とヨッチャンから電話。開票率0%で当確とはかなりの差がついたのだろう。タクシーで選挙事務所に行く。
すごい人数だ。報道機関もかなり多い。やがてオナガ氏が現れると大声援。そして万歳三唱!続いて鏡割り。その後、集まった群衆の1人1人に歩きながら握手。ええもちろん僕らも握手していただきました。
ところで鏡割り後の樽だが中はステンレス製のタライでかさ上げがしてあり、入っているのは3分の1ほど。杓子がないので汲みようがない。誰かがプラスチックのコップで汲み始めた。僕らもそれに倣う。あ、日本酒じゃない。そう、焼酎なのだ、さすが沖縄。しかしずいぶん薄いなあ←タダで飲んで文句言うな!
開票結果
▽翁長雄志(無所属・新)、36万820票。
▽仲井真弘多(無所属・現)、26万1076票。
▽下地幹郎(無所属・新)、6万9447票。
▽喜納昌吉(無所属・新)、7821票。
この旅行を通じて一番良かったこと。それは選挙に参加できたことで全員一途。パックツァーでは絶対経験のできない首里の路地裏でのビラまき、ほとんど経験の無いハンドマイク宣伝とそれに対する住民の反応。こんな熱いオキナワに出会えたことは僕らの人生にとって大きな収穫であったことは間違いない。ありがとう、オキナワ!!!
こんな小さな島、沖縄に75%の米軍基地を押しつけている状況。それに対して本土の人間が無関心であることが問題だ。人の痛みが分からない人間にはなりたくない。そしてそれは口先でなく、具体的にどう行動するか。それによってその言葉が本物かニセ物かが判断できる。難しくかんがえずに、
「アノネ、がんばんなくてもいいからさ 具体的に動く事だね」(相田みつを)。そう、1ミリでも動けたらそれでいいと思うのです。