「又貸しするおじさん」がよく本を持ち込む親しい社員の一人に、山付けに暮らす者がいる。おじさんの生まれも西山の麓だったようで、近いが故に「親しく」感じているようだ。したがって郷土のことだから、という意図もあったのだろう、最近持ち込んだ本に『中条村ものがたり』というものがあった。同僚である又貸しされた方から見せていただいた。その「第一話」には、中条村を歩いてみようと題したウォーク企画の報告が掲載されている。ようは足元を再発見しようと、公民館が企画したものをまとめた小冊子である。ここでいう中条村とは、経ヶ岳の麓にある西箕輪の中条地区のこと。この中条地区を歩いたマップが掲載されており、地区の西側の山上に「第六天」と言われる社があり、地域の象徴的な存在であるように描かれている。北隣の上戸から見てもこの第六天は象徴的な位置にあり、本書の中ではこの「第六天」の記述が頻繁に出てくる。
第六天についてはわたしの日記でも何度か過去に触れてきた。とりわけ2006年に記した「大六天」では下諏訪町のものについて触れたが、その中で「岡谷市小井川の第六天は、安政5年に村にコレラが流行ったとき、これを防ぐ意味で第六天を建てて信心したことで、人の種が尽きずにすんだという」と記した。そもそも第六天については、「三界のうちの欲界の最高所第六天に住む天魔といわれ、身の丈二里、人間の千六百歳を一日として一万六千歳の寿命をたもち、男女に自由に交わり受胎させる魔力があるという。そして「他化自在天」とよばれるように、他人の楽しみを自由に自分の楽しみにしてしまう法力をもつ」と触れた。ようは途方もない力を持った神様、というわけだ。しかし、同書の中で「他化自在天」について触れられてはいるが、欲界の最高所にある神様だというような扱いはされていない。ここにある第六天は西山神社と称され応永12年(1405)に上戸・中条の氏神として建てられたものという。当時は「西山大六天」と呼ばれていたようで。ここでも「第」ではなく「大」があてられていたよう。維新後に天津神社になり、大正5年から現在の西山神社になったという。そしてその信仰について「五穀豊穣・家内安全・国家鎮護を祈る神」であったと述べている。
さて、「又貸しするおじさん」は同僚のところにこの本とともに、同第二話と『疫病退散』という本を持ち込んだ。いずれもどこかつながりがある本、というのは前述したように第六天が地域の象徴的な存在である上に、その信仰の背景には疫病退散の意味もあったのだろうから、というわけである。『疫病退散』は信濃毎日新聞の読書欄でも紹介された本で、島田裕巳氏の著した本年9月刊行の本である。新型コロナウイルス禍に乗じたとは言わないが、今だからこその本かもしれない。「又貸しするおじさん」は、先日この本の表紙にもなっている角大師のコピーを本を又貸しした二人のところに配布した。本は「日本の護符ベスト10」と副題があるようにその1に「角大師」が紹介されている。「角大師」は、おそらくベスト1と言ってもよいほどよく知られた護符である。「又貸しするおじさん」は、ご利益があるように、とコピーして配布したと思われる。
続く
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