Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

十王における安山岩という選択 外編

2023-05-15 23:06:39 | 民俗学

十王における安山岩という選択 前編」より

伊那市西箕輪羽広仲仙寺十王堂

 

 一見「安山岩か?」と思ったものの、あらためてよく見るとそれは「違っていた」、そんな一例に当る伊那市羽広仲仙寺十王堂内の石造十王である。これほど立派な十王堂は伊那谷でも珍しい。本尊に当る堂内の中央に座すのは閻魔王にあたる。両脇に残りの王9体が石造で祀られている。閻魔王は木造であり、そのほかの9王とはあまりに大きさが異なる。9体の王は、いわゆる石造で祀られている他所の十王とほぼ同じ程度の大きさである。像高にして40センチ弱、幅はそこから数センチ小さい大きさで、附帯石仏として、地蔵や人頭杖、浄玻璃鏡、奪衣婆といったものが並んでおり、花器には「寛政六甲寅」と刻まれており、十王なども1794年に造られた物かどうか。とすると年代的に十王としては比較的新しい時代のものになるのかもしれない。

 石造物、よく見ると凝灰岩系の少し緑色がかった肌が見える。「黒っぽい」ものの、それは明らかに安山岩ではなく、凝灰岩系のものである。この例は炙られた風でもなく、すぐに安山岩系ではないと気づくが、中には火に炙られて真っ黒けになっているものもあり、十王=「黒い」がわたしの印象となっている。奪衣婆には朱塗りの痕跡があり、一見「猿」のようにも見える。稚拙な彫りを見せるのも十王の特徴である。

続く


コメント    この記事についてブログを書く
« 「せいの神」という違和感か... | トップ | この頃のこと »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

民俗学」カテゴリの最新記事