今日は会社の同僚と
ワタシの行動範囲にはない地域に行ってみた。
昭和のサラリーマン達が通った頃からリフォームしてないことが
一見してわかる路地裏には、
ポリバケツがまるで映画のセットのように置かれていた。
立ち飲みを中心に、店内がやたら狭い飲み屋が多く、
ひと通り見学して、飲んべえではない我々は
テレビが時々取材に来る店、という同僚の情報を元に
路地の中程にある洋食屋に入った。
芸能人のサインや写真が雑然と貼られた入り口には
2人の男性が立ち待ちしていて、18時半、すでに店内はいっぱいだった。
案内された2階の座敷に上がるのは劇的ビフォーアフターに依頼しそうな無茶な角度の階段で
揚げ物の調理油が染み込んだ、
いかにも滑り落ちて下さいと言わんばかりの塩化ビニール製の床材が張られていた。
座敷に入ると階段を上がる前から想像した通り、
いや、想像以上の昭和が保存されていた。
古さを超えて博物館展示レベルのクーラー(エアコンとは言わない)や
カラオケセット?
今ではワシントン条約によって罰せらるべっ甲の置物。
床は傾き、壁には大きなヒビが入っていた。
ここで震度4は体験したくないなぁと、
昼間の震度3がギリかと頭の中で危険度を計っていた。
老舗と言われる洋食屋さんには何度か行ったけど、
それらはどれも、ちょっと贅沢して食べに行くというお店だった。
根岸の香味屋、日本橋のたいめいけん、日比谷の松本楼、銀座の資生堂パーラー、上野のぽん多本家。
でも、この路地裏の洋食屋さんは、
立地と同じく「裏」の洋食屋さんだった。
ついでながら給仕の女性もかなりレトロな方だった。
だからお客さんも注文の順番を急かさずに待っている。
みんな昭和のレトロ感に浸っている中で、
注文内容が伝わらなかったことに
ひとり苛立ちをみせる女性の強い口調は不快で、
まわりからはマナーの悪い客としての視線で黙殺されていた。
料理は正直なところ、美味しくなかった。
帆立フライが品切れのため、仕方なく注文したカニクリームコロッケは
油が古いし、揚げ過ぎで、うちで揚げた冷凍モノの方がマシだった。
価格は上記の老舗店よりはずっと安いけれど
決して安さで勝負しているとは思えない価格だった。
なぜ、ここが取材を受けるほどの洋食屋なのかは、ワタシには不思議だった。
それでも店を出ると表に数人が待っていた。
昭和へのノスタルジーに支えられた人気は、料理の評価とは別物なのかもしれない。
話し足りずに喫茶店に寄ってベトナムコーヒーでまたしばらく話し込み
家に着いたら日付の変わる時間になっていた。
こんな時間帯でも待っていたつんちゃの姿を思い出す。
どんな1日を過ごそうとも、やっぱり1日の終わりに思うのはつんちゃのことだなぁ。
昭和が心に残るように、つんちゃもワタシのレジェンドだから。
ワタシの行動範囲にはない地域に行ってみた。
昭和のサラリーマン達が通った頃からリフォームしてないことが
一見してわかる路地裏には、
ポリバケツがまるで映画のセットのように置かれていた。
立ち飲みを中心に、店内がやたら狭い飲み屋が多く、
ひと通り見学して、飲んべえではない我々は
テレビが時々取材に来る店、という同僚の情報を元に
路地の中程にある洋食屋に入った。
芸能人のサインや写真が雑然と貼られた入り口には
2人の男性が立ち待ちしていて、18時半、すでに店内はいっぱいだった。
案内された2階の座敷に上がるのは劇的ビフォーアフターに依頼しそうな無茶な角度の階段で
揚げ物の調理油が染み込んだ、
いかにも滑り落ちて下さいと言わんばかりの塩化ビニール製の床材が張られていた。
座敷に入ると階段を上がる前から想像した通り、
いや、想像以上の昭和が保存されていた。
古さを超えて博物館展示レベルのクーラー(エアコンとは言わない)や
カラオケセット?
今ではワシントン条約によって罰せらるべっ甲の置物。
床は傾き、壁には大きなヒビが入っていた。
ここで震度4は体験したくないなぁと、
昼間の震度3がギリかと頭の中で危険度を計っていた。
老舗と言われる洋食屋さんには何度か行ったけど、
それらはどれも、ちょっと贅沢して食べに行くというお店だった。
根岸の香味屋、日本橋のたいめいけん、日比谷の松本楼、銀座の資生堂パーラー、上野のぽん多本家。
でも、この路地裏の洋食屋さんは、
立地と同じく「裏」の洋食屋さんだった。
ついでながら給仕の女性もかなりレトロな方だった。
だからお客さんも注文の順番を急かさずに待っている。
みんな昭和のレトロ感に浸っている中で、
注文内容が伝わらなかったことに
ひとり苛立ちをみせる女性の強い口調は不快で、
まわりからはマナーの悪い客としての視線で黙殺されていた。
料理は正直なところ、美味しくなかった。
帆立フライが品切れのため、仕方なく注文したカニクリームコロッケは
油が古いし、揚げ過ぎで、うちで揚げた冷凍モノの方がマシだった。
価格は上記の老舗店よりはずっと安いけれど
決して安さで勝負しているとは思えない価格だった。
なぜ、ここが取材を受けるほどの洋食屋なのかは、ワタシには不思議だった。
それでも店を出ると表に数人が待っていた。
昭和へのノスタルジーに支えられた人気は、料理の評価とは別物なのかもしれない。
話し足りずに喫茶店に寄ってベトナムコーヒーでまたしばらく話し込み
家に着いたら日付の変わる時間になっていた。
こんな時間帯でも待っていたつんちゃの姿を思い出す。
どんな1日を過ごそうとも、やっぱり1日の終わりに思うのはつんちゃのことだなぁ。
昭和が心に残るように、つんちゃもワタシのレジェンドだから。