昨日、病のまだ癒えぬ身で仕事のため外に出ていたのだが、帰ってくるとお向かいの家の飼い犬・ベッキー(ビーグル犬)が門の中からこちらを見ている。「何だよ、メシなんか持ってないよ」と言いながらもちょっと遊ぼうかと思って近寄っていった。普段のベッキーは非常に人なつっこく、門から手を突っ込むといつまでもベロベロなめてくるのだが、この日の「彼女」は何か素っ気なく、挨拶程度に指先をペロリとなめてきただけで、引っ込んでしまった。
「ふむ、私が風邪をひいているのを知ってるのかしらん?うつされたらイヤだから早めに引っ込んだのだろう」
と勝手に解釈し、家に帰ったのだった。犬というのはそのあたりの神経が実に細やかにできているというか、我々の心情を察知しているかのようなアクションを見せることが多々ある。だから世間は犬好きが多いのだろうな。私も、猫よりは犬派だ。
昔は、犬が苦手だったのだ。これまたお向かいで大昔に飼っていたマルチーズ・ポポに襲われたのが原因である。おかげで、我が家でも大型雑種犬・デポを飼っていたにもかかわらず、私だけが近づけなかった。デポは叔父がインドネシア赴任中に飼っていた犬だったのだが、帰国してマンションに住むことになったため、我が家で代わりに飼うことになったのだ。
このデポというのがまたバカ犬だった。飼い主に噛み付く。芸を覚えない。路上で私を追いかけ回すetc。
ある時は庭に大穴を掘って、洗濯物を干そうと歩いていた祖母が、気付かずに穴へ足を踏み入れ転倒、膝に巨大な裂傷を負った。
また、デポは小屋の横にあるブロック塀によじ登るクセがあった。そして勢い余って塀の向こう側に落ちて首輪で首吊り寸前になったことが度々ある。誰も見ていないときに落ちてたらどうなっていたか、今から考えてもゾッとする。
そして、一番デポがバカなのは、何と命日が元旦ということである。年末から元気がなかったために動物病院に入院していたのだが、年が明け、我々一家が母の実家へ行く途中「ちょうど通り道だからお見舞いしてから行こうか」と立ち寄ったら、医者が「容態が急変して30分前に亡くなりまして、今連絡を入れようと思っていたところなんですよ…!」と偶然の来院にビックリしていた。死因はフィラリア症。最後まで空気の読めないヤツだった。
以来、我が家で犬は飼うことはなかったのだが、私としては優しくすることないままデポが死んでしまったことにちょっとした罪悪感を感じていて、犬嫌いを克服したいと密かに目論んでいた。
お向かいの、私を襲ったポポは既に亡く、柴犬・ラッキーが飼われていた。ラッキーはメスだが結構凶暴なヤツで、見知らぬ者には容赦なく吠え立てた。私も最初の内は怖かったのだが、徐々に慣れてきた。そして、ラッキーとうち解けていくうちに、犬への恐怖心が薄れていったのである。
ラッキーはしばしば(シャレじゃないよ)、お向かいを脱走してきて我が家に乱入してきた。時には台所まで上がり込み、ハムの切れ端などをやると喜んで食べた。ウチのことを「メシが食える別荘」だとでも思っていたのかしらん。
私が小学校の頃からいたラッキーは、つい数年前に逝った。少なくとも15年以上は生きていたはずである。現在、PCのモニター拭きに使っている柴犬のぬいぐるみに、私は「ラッキー」という名前を付けている。
余談
ある時、いつものように自宅を脱走してきたラッキーと、我が家の玄関前でじゃれ合っていたのだが、つい我慢しきれずガスを放出してしまった。犬の嗅覚はヒトの100万~1億倍の能力があるという。ガスの直撃をまともに受けてしまったラッキーは、今まで見たこともない苦悶の表情をみせるや否や、猟犬が獲物を捕らえに行くがごとくものすごい勢いで自宅に逃げ帰っていったのだった。ラッちゃん、本当にあの時はごめんなさい。
「ふむ、私が風邪をひいているのを知ってるのかしらん?うつされたらイヤだから早めに引っ込んだのだろう」
と勝手に解釈し、家に帰ったのだった。犬というのはそのあたりの神経が実に細やかにできているというか、我々の心情を察知しているかのようなアクションを見せることが多々ある。だから世間は犬好きが多いのだろうな。私も、猫よりは犬派だ。
昔は、犬が苦手だったのだ。これまたお向かいで大昔に飼っていたマルチーズ・ポポに襲われたのが原因である。おかげで、我が家でも大型雑種犬・デポを飼っていたにもかかわらず、私だけが近づけなかった。デポは叔父がインドネシア赴任中に飼っていた犬だったのだが、帰国してマンションに住むことになったため、我が家で代わりに飼うことになったのだ。
このデポというのがまたバカ犬だった。飼い主に噛み付く。芸を覚えない。路上で私を追いかけ回すetc。
ある時は庭に大穴を掘って、洗濯物を干そうと歩いていた祖母が、気付かずに穴へ足を踏み入れ転倒、膝に巨大な裂傷を負った。
また、デポは小屋の横にあるブロック塀によじ登るクセがあった。そして勢い余って塀の向こう側に落ちて首輪で首吊り寸前になったことが度々ある。誰も見ていないときに落ちてたらどうなっていたか、今から考えてもゾッとする。
そして、一番デポがバカなのは、何と命日が元旦ということである。年末から元気がなかったために動物病院に入院していたのだが、年が明け、我々一家が母の実家へ行く途中「ちょうど通り道だからお見舞いしてから行こうか」と立ち寄ったら、医者が「容態が急変して30分前に亡くなりまして、今連絡を入れようと思っていたところなんですよ…!」と偶然の来院にビックリしていた。死因はフィラリア症。最後まで空気の読めないヤツだった。
以来、我が家で犬は飼うことはなかったのだが、私としては優しくすることないままデポが死んでしまったことにちょっとした罪悪感を感じていて、犬嫌いを克服したいと密かに目論んでいた。
お向かいの、私を襲ったポポは既に亡く、柴犬・ラッキーが飼われていた。ラッキーはメスだが結構凶暴なヤツで、見知らぬ者には容赦なく吠え立てた。私も最初の内は怖かったのだが、徐々に慣れてきた。そして、ラッキーとうち解けていくうちに、犬への恐怖心が薄れていったのである。
ラッキーはしばしば(シャレじゃないよ)、お向かいを脱走してきて我が家に乱入してきた。時には台所まで上がり込み、ハムの切れ端などをやると喜んで食べた。ウチのことを「メシが食える別荘」だとでも思っていたのかしらん。
私が小学校の頃からいたラッキーは、つい数年前に逝った。少なくとも15年以上は生きていたはずである。現在、PCのモニター拭きに使っている柴犬のぬいぐるみに、私は「ラッキー」という名前を付けている。
余談
ある時、いつものように自宅を脱走してきたラッキーと、我が家の玄関前でじゃれ合っていたのだが、つい我慢しきれずガスを放出してしまった。犬の嗅覚はヒトの100万~1億倍の能力があるという。ガスの直撃をまともに受けてしまったラッキーは、今まで見たこともない苦悶の表情をみせるや否や、猟犬が獲物を捕らえに行くがごとくものすごい勢いで自宅に逃げ帰っていったのだった。ラッちゃん、本当にあの時はごめんなさい。