ほんわか亭日記

ダンスとエッセイが好きな主婦のおしゃべり横町です♪

「抗原検査キット」

2023-08-31 | エッセイ
2023年8月31日(木)

今日は、宝くじの換金に行って、300円、引き換えに貰って来た。
1億円のはずが・・・。(^^;)
それからは、涼しい部屋でじっとすごしました。
エッセイも書き上げたので、そのエッセイ、「抗原検査キット」を・・・。
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「抗原検査キット」

 三日ほど前から喉が痛い。激痛というわけでは無いのだが、咳もときどき出る。
一週間前の金曜日、八月十一日にダンスの競技会に出掛け、大勢の中でマスクを外して
踊ったので、もしかしたら、その時、コロナを貰ったかもしれない。
(一人暮らしなのに、高い熱が出て寝込んでしまったら、どうしよう。)
流行り始めて三年半、コロナから逃げてこられたのに、油断してしまった。
しかも、お盆休みの終わりかけの時期で、まだ病院が開いていないうえに、今週は、
木曜日から、金、土、日と、ダンスサークルが続いているのだ。
サークルの方々は、皆、お年だし、うつしてしまったら、大変なことだ。
 まず、自分が本当にコロナに罹ったのか、調べなくては始まらないと、私は、コロナの
第何波かの時に買っておいた抗原検査キットを出してきた。
恐る恐るその箱を開けると、
説明書、抽出液の入っているアンプル、抽出液を移す棒状のチューブ、唾液を取るための綿棒、
チューブ内で唾液と抽出液を混ぜた後、それを垂らす小さな板のようなテストデバイスが
入っていた。
このテストデバイスの検体検査部分にチューブから五滴抽出液を垂らし、十五分待つと、
陽性の場合は、そこに赤い線が上下二本、陰性なら上の線一本が出る。
反応なしか、下の線一本の場合は、検査失敗だそう。
 私は、説明書をよく読み、どきどきしながら、唾と抽出液を混ぜ、平たいテストデバイスの
検体検査部分に滴下する・・・はずだった。
だが、なんということか、最後の滴下のところで、チューブを挟んだ力加減が悪かったのか、
下の蓋がずれて、液体がぱっとあたりに散ってしまったのだった!
(検査部分にも散ってかかっていますように。)
万一、コロナのウィルスが含まれていて散らばったらと、周りを消毒液で拭きつつ、
待ったが、テストデバイスは、十五分たっても、何の変化も起きなかった。
(ああ失敗してしまった。私、不器用なんだわ。
一つ千何百円か、だったのに、あっという間に無駄にしてしまった。)
とはいえ、このまま中止には出来ない。
(私はコロナなの?コロナじゃないの?)
 すぐに、しっかりマスクをして、マンションの下にある調剤薬局に新しい抗原検査キットを
買いに行った。
ところが、今回は、鼻孔用の検査キットしか置いてなかった。
(鼻からねえ。痛くないかな?)
と、躊躇っても、それしかないならと、また、千五百円近くだして購入することにした。
すると、販売員さは、私の名前と生年月日を聞き、私の利用履歴を調べ出した。
(抗原検査キットを買うだけで、準コロナ患者扱いされてるみたい……。)
と、僻んでしまうではないか。
 確認後、薬剤師さんが出てきて、利用注意をされてから、検査キットを渡された。
 マンションの部屋に戻ると、焦りながらキットを開封し、すぐに再度の検査をした。
今度は、検査キットの検体検査部分に上手く液を滴下できた。
すると、みるみる、その部分に赤い色が広がり、十五分の間に、赤い色の消えるところと
残るところに分かれ、ついに、細い真っ赤な線が現れた。
(一本だ!ちゃんと、上だわ、上の部分。コロナ陰性だ~。ただの風邪だわ~。)
 緊張がほ~っと解け、体が緩んだ。
 途端に、無罪放免という気分になった。
いや、喉風邪があるのだが、それについては、マスクをして踊れば、もうよくあることだし、
まだ続いたら、病院の盆休みが終わったら、耳鼻科に行ってくれば良い。
うつすかもしれないという気遣いは、どこへやらになってしまった。
 午後からは、早速、私のダンス練習相手のリーダーさんとダンス練習場へ行って来た。
お盆休み中なのに、まあ、混んでいること。若くて上手なペアは、マスクもしないで
ガンガン踊っている。
「確かにコロナに罹っていない」と証明された私は、彼らを横目で見つつ、マスクを
しっかりして、リーダーさんと、年相応に、ゆっくり踊ってきた。
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喉の痛みも、無事、収まりました。

夜空を見上げたら、今日も、綺麗な大きな月が出ていた。
そろそろ、秋だなあ・・。
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「迷惑メール」

2023-07-17 | エッセイ
2023年7月17日(月)

今日は、熱中症対策で、一日、籠っていた。
そこで、外からやってくる困りもの、迷惑メールについてのエッセイを・・。
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「迷惑メール」                                  
 いつのころからか、スマホを手放せなくなっている。
片手で持てるその四角い機器は、他県に住む子供たちや友人たちとのメールやラインでの連絡や
おしゃべり、そして、日々のニュースと、私と世の中を繋いでくれる大事な存在なのだ。
しかしながら、その便利さとともに、時々、世界から飛んでくるとんでもない悪意のあるメール
も、私の手元に届けてくれる。
迷惑メールだ。
今日も、スマホを開くと、怪しげなメールが表示された。
「急募! 5分で5万の副業。スマホだけの簡単作業。」
(それで、そんなにもらえるなんて、闇バイトの勧誘かな?)
「(英語で)プリーズチェック。
悩 影 愉 危 汚 佐 汚 知 汚 知」
(中国語かな? 何を言っているのだろう? 汚という字が多くて、汚い仕事と
自己紹介をしているようだ。)
中国から日本人に送信したようなメールを読んで、気分が悪い、いや、怖いので、ともかく、
すぐ削除したが、うっかり変な所をクリックし、相手のホームページに飛んでしまい、
様々な個人情報を抜き取られ、利用されるのではと、どきどきしながらゆっくりと指先を
動かしている。
テレビでも、スマホで一日三万とかの闇バイトの話をやっている。
年金生活者の私でも、スーパーに行けば、春先からの値上げがさらに進み、数十円の値上げが
続く日々。
財布の紐をきゅっと締めているのに、単位の違う三万だ、五万だという金額をひらひらと
駆け引きに表示され、余計腹が立つ。
 翌朝、同じところから迷惑メールが、又、二通来た。
「20分10回無料電話占い 24時間対応だから、今からオーケー。」
(占いって、きっと個人情報を沢山話させられるんだろうなあ。)
「限定副業 1週間15万。本日から募集開始。」
(一月六十万円になるじゃないの。犯罪の手下、それもトカゲの尻尾切り要員としか
思えない。)
これまでは、削除だけしていたけれど、少しは何かの役に立つかとスマホの会社に
迷惑メール報告をしてから、削除しておいた。
こんなメールが来ると、私は、顔を合わす友人たちに、
「聞いて、聞いて~。」
と、零して、彼女たちの注意を喚起している。
 実は、私は、以前、迷惑メールにひっかかりそうになったことがある。
「お届けに上がりましたが、お留守でしたので、荷物を持ち帰ります。
下記のアドレスにご連絡ください。」
と、いうメールを、古典的な詐欺だと知らずに、真に受けてしまった。
ただ、運良く、返信ではなく、マンションの下のホールのポストの中を探して、
不在連絡票が無いことを不思議に思ったのだった。
(おかしいなあ、明日にでも再配達してくるのかしら?)
と、待っていたのが幸いした。たまたま電話してきた娘に、
「あなたからの荷物?」
と、聞き、娘から、
「それ、詐欺だから。」
と言われて初めて気づいたのだった。しかも、その話をダンスサークルで友人に話すと、
「そんなの詐欺に決まっているでしょう。みんな、とっくに知っているわ。」
と、言われ、情報の遅い自分にがくっとし、
「そんなら教えてよ~。」
というやり取りをしたことがあったので、なおさら、人に話すのは大事だと思うのだ。
その日の夕方までに、さらに二通、同じところからの迷惑メールが来た。
(一日、四通とは、そのねちっこさがすごい。)
迷惑メール報告をしても、きっと、送信元のアドレスをちょっとずつ変えて寄越すのだろう。
こちらは、こつこつ、削除するしか手が無いようで、せめて、友人たちには、防犯の意味でも、
そういう話を続けようと思う。
とはいえ、今はそうでも、五年、十年し、判断力が弱ったころ、送られてきた詐欺メールに、
(あら、簡単なお仕事ね。)
と引っかかってしまうかもしれない。
それが、怖いのだ。
「無事これ名馬」というけれど、穏やかな日常の繰り返しで、高齢の道のりを
乗り切っていくのも、なかなか難しいことだ。
私は、繰り返し、詐欺メールのことを友人たちに話すことで、繰り返し、今の自分に、
さらには、五年後、十年後の自分に、
「ダメダメ」
と,、言い聞かせてもいる。
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夜になったら、友人から、清々しい夏山の景色が届いた。
夏空の高いこと・・。(^^)
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「血しぶき」

2023-05-01 | エッセイ
2023年5月1日(月)

風が強くて、ベランダのハト避けのトゲトゲシートが剝がれかかっている。
なんとか、ガムテープで止め直したけれど、大丈夫かなあ。
ベランダに洗濯物なんて干せないよ。
さて、今日は、ベランダ繋がりで、ベランダに関係のあるエッセイを・・。
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「血しぶき」
                                 
朝、洗濯物を干そうとベランダに出てみると、マンションの左隣の部屋のベランダとの境に
仕切り板があるのだが、その近くの手すりの土台のコンクリートに、赤紫の一円玉くらいの円形の
何かが付いていた。一年がかりのマンションの大規模補修もようやく終わり、塗装されたばかりの
グレーのペンキの上で、その円形は、とても目立った。近寄ってみて、驚いた。
これは、血・・・?
さらに、周りを見回してみると、なんと、手すりと向き合うリビング側の白い壁の下の方には、
赤紫の点々が広がっているではないか。
まさか、これは、血しぶき・・・!
その辺りの床の上には、鳥の糞らしいものも少し落ちている。
羽根は落ちていなかったが、一瞬、猫が鳥を襲ったかと思った。
だが、ここはペット禁止のマンション、やはり、トンビか何かが、渡り鳥か雀かを襲ったに違いない。
渡り鳥としたなら、秋晴れの日本の千葉までやっとたどり着いたというのに、
そこで敵にかち合うとは、自然は、なんと厳しい世界であることか。
惨劇は、昨日なのだろうか?
昨日は、洗濯物を干さなかったから気付かなかったのだろうか?
一昨日の水曜日、ダンスサークルへ行くまえに洗濯物を取り込んだから、その後、昨日までの間で、
この生死の戦いがあったのだろう。
血だけが残されている。
トンビが獲物を持っていったのか、死骸が残されていなかったことに、少しほっとした。
いや、そうとは限らない。襲われた鳥は、なんとか逃げ延びたかもしれない。
そう思いを巡らせたが、現実問題、血があちこちに点々と付いているのは見過ごせない。
病原菌などもあるかもしれず、急いで掃除しなくてはと、バケツに水、それと、箒を持って、私は、
朝から壁や床をごしごし擦り、血の跡を流さなくてはならなかった。
まったく降ってわいたような厄介ごとだ。若い頃なら、
「お父さん、大変、来て~」
と、声を上げて助けを求めれば、きっと、
「何だ、何だ」
と、顔を出してくれたであろう夫を亡くしてもう二十年近くになる。
一人暮らしでは誰がやってくれる訳でもない。
自分でやるしかないと、しゃがみ込んで、いらいらと手を動かしたが、まあ、取れにくいこと。
こんな大雑把なやり方ではだめだと、古くて掃除用に下ろした歯ブラシを使い捨ての手袋で掴んで、
ごしごし、ごしごし。
やっとこせっとこ鳥のものらしい血を含んでいる水を排水管に流し込んだ。
これで一段落。ようやく洗濯物を干せると物干し竿に近づくと、それにも赤紫の血が
跳んでいるではないか。
なんと五か所もある。
本当に大量の血が飛び散ったのだ。
しかも、こちらの血は、ぼってりと固まって歯ブラシでは取れない。
私は、キッチンに戻り、消毒剤の泡ハイターをキッチンペーパーに吹き付け、そして、
右手のハサミの刃でこびり付いた血を削り取っては、そのキッチンペーパーで拭き取っていった。
そんな力業で血を拭い、使ったハサミや箒は消毒し、なんとか洗濯物を干したのだった。
いやはや、こんなことがあるなんてと、気が緩んだ時、私は、はっと気づいた。
血を処理する間、右手は、ポリエチレンの手袋で覆ったけれど、左手は、素手のまま
キッチンペーパーを掴んでいた。
手袋をしなかったなんて、とんでもないポカだ。
鳥インフルエンザとかもあるかも!
人間にうつるんだっけ、どうだったっけ?
もう、鳥の命が……なんて言っていられず、私は、大慌てで洗面所に駆け込んだ。
そして、石鹸でごしごしと手を洗い、本当に本当に綺麗になったか、掌をじっと見つめた。
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このエッセイは、新しい文章クラブの先生に提出してみたんだ。
先生からは、
「血は残るんです。ルミノール反応が・・・」とか、予想外の指摘があって、
そういう意見もあるのかと、びっくりした。
でも、せっせと消毒剤で拭いたので、何も見えないんですが・・・。
もう半年たっているし、大丈夫、気にしないことにしようと、
お天気のベランダにある物干しざおを見て、思いましたよ



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「生存確認ライン」

2022-11-10 | エッセイ
2022年11月10日(木)

朝、起きて体重を測ったら、もう、500gリカバーしてしまっていた。(^^)
それから、ネットで、藤井聡太君が勝ったニュースを読んだりしていたら、
エッセイサークルを辞めたAさんから電話が来た。
彼女は、耳が遠いのと、ご主人の病院の送迎で、辞めたのだったけれど、
先日電話で話したら、ご主人とずっと二人だけで、他の人と話をしたいから、
エッセイサークルに顔を出したいとのことだったので、お誘いしたんだ。
火曜日にウィステのほうが休んだんだけれど、Aさんは、サークルに顔をだして
きたそうで、久しぶりに会員の方たちと話せて、良かったそう。(^^)
その時、ウィステが休んでいたのを心配して電話を下さったんだ。
コロナの副反応だったけれど、もう大丈夫と話をして、
「Aさんもワクチン接種の時には、気を付けてね」と、様子を話しながら、お伝えしたわ。
これからも、また、気軽に来てね・・・。
その後、エッセイサークルのBさんに電話したら、Aさん、いらしたときに
ケーキを持ってきてくださったんですって。
Bさんは、「そんなに気を使わないで、来てね」と、言ったけれど、今日も
様子見で、電話するって。(^^)
そんなことがあったので、今日は、火曜日のエッセイサークルに出す予定だった
エッセイを・・・。
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「生存確認ライン」                            

八年ほど前、マンションに引っ越しした時、ムスメに、
「スマホにラインを入れて、生存確認ラインをしましょう」
と、言われた。
それは、ラインのスタンプと言われる様々な絵を、毎朝交換し、
「ああ、今日も元気だな」と、知らせ合うことだそう。
ラインというアプリをスマホに入れてもらって、それを開くと、沢山の絵が
入っていた。天気の絵から、犬、猫、鳥といった生き物の絵から、女の子の絵などで、
「おはよう」「おやすみ」「祈っています」と言った言葉も付いているものも多い。
それから、毎朝、私は、スタンプを一つ送るのが習慣になった。
例えば、私が、にこにこした猫ちゃんのスタンプを送ると、しばらくして、ムスメからは、
俳句を捻っているワンちゃんのスタンプが来たりする。
そのやりとりは、ただ生きているかどうかのご挨拶以上に、楽しい気分を運んできて
くれた。
それに、越してきたマンションには、近所付き合いというものが無かった。
同じフロアの方にエレベーターの所で会うのも稀で、両隣のご夫婦にも数か月に一度、
ばったり会い、天気の話などをするくらいだ。
以前の一戸建ての頃は、朝、ゴミ捨ての時に近所の方と顔を合わせて挨拶をしたり、
庭の草取りなどの時に、子供たちが小さいころからのママ友と顔を合わせ、
おしゃべりをしたのが、懐かしく思える。
だからこそ、娘とのラインでの気持ちの触れ合いで一日が始まることが、嬉しいし、
私からの反応が無くなったら、きっと埼玉にいるムスメが、こちらのマンションの
管理事務所に異変を知らせてくれるだろうとの安心感もある。
ムスメに確認してもらう私の「生存」の中身、つまり私の日常の暮らしは、
ダンスサークルやら洋裁サークル、歌のサークル、もちろん、エッセイサークルと、
お仲間との遊びばかりになってはいるのは仕方ない。地元でのサークル活動が、
今や私のご近所付き合いとなっているのだから。
ただ、令和二年二月からのコロナの流行によって、その生活が大きく変わってしまった。
特に、最初の二年は、公民館や集会所が使用できず、サークル活動が軒並み中止になった。
仕方なかったが、お仲間とのおしゃべりも出来ない生活は、一人暮らしには辛かった。
それでも幸運だったのは、隣の市の公民館が、すぐに春には使えるようになり、そこで、
社交ダンスサークルが週に二回、それと、隣の市のダンス練習場が開き、さらに週に一回、
ダンスが出来るようになった。
それが、コロナ自粛期間の私をどんなに支えてくれたことか。
もちろん、マスクをし、手袋をしてのダンスで、おしゃべりも切れ切れだったけれど、
その週三回のダンスを頼りに、私は、コロナ期間を乗り切っていったのだ。
令和四年も半ば過ぎの今、コロナは、大分落ち着いてきたというか、コロナへの対応に
慣れて来たというか、当初の頃ほどの緊迫感は無くなり、だんだん他のサークルも
再開され、以前の生活が戻りつつある。
そんな時、社交ダンスの友人が、ついにガラケーからスマホに変えた。
真新しいスマホを見せられた時、私は、彼女に、
「ラインをしましょう。生存確認というのが、あってね……」
と、彼女に、ラインを勧めたのだった。彼女も、お子さんたちは、家を出ていて、
一人暮らしだ。私は、彼女のスマホにラインアプリを入れてあげ、
「こうやって使うのよ」と、スタンプの使い方を教えた。
今、私は、朝、娘と彼女へ、二つのスタンプを送り、
「今日は、寝坊している猫ちゃんと体操をしている熊さんが来た」と、
二つのスタンプを貰うのを楽しんでいる。
娘からのスタンプの返信がすごく遅れるときは、
「ああ、忙しいんだな」と、思うだけだが、彼女からのスタンプの返信が無かったら、
隣の市の彼女の家へ様子見に行こうと思っている。もちろん、彼女も、そうすると
請け合ってくれた。
これが、だいぶ広い範囲となったが、ラインが繋ぐ今の私のご近所付き合いで、
そういう互いに見守る目線があると思うだけで、とても心強いのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
スタンプ、つい何度も見直しています。(^^)
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「宅配トラブル後日談」

2022-10-12 | エッセイ
2022年10月12日(水)

今日は、昨日のエッセイサークルに出したエッセイを・・・
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「宅配トラブル後日談」
                          
八月の暑さを避け居間に籠っていた昼頃、管理人さんからインターフォンで連絡が来た。
「ウィステさん宛ての荷物を預かっています」
管理人さんが預かるとは、珍しいことだが、
「最近、宅配ボックスがいっぱいになって、ご不便をおかけすることがありますので、
不在連絡票が入っていたら、すみやかに取り出してください」
という張り紙が1階ホールにあったから、それかと、取りに行くと、渡された荷物は、
意外なことに、アマゾンからの体重計だった。
「他所の階の部屋に間違って配達されたみたいです」
と、言うけれど、私がアマゾンに体重計を頼んだのは、1年も前のことだ。その時、
待っても待っても配達されないというトラブルがあった。そこで注文履歴を調べると、なんと、
「配達完了」になっていたので、アマゾンの配送センターに連絡し、
「こちらは、確かに受け取っていない」
と主張すると、すぐ代替品を送ってくれ、その件は解決した筈だった。
私は、もう一年も、毎朝、それを使っている。
何故、一年もたって、又、送って来たのだろう?
そう事情を話すと、管理人さんは、
「じゃあ、こっちも貰っちゃえば?」と、気楽だ。
いや、私は、この体重計の料金まで払うはめになるのかもと不安なのだが。
部屋に戻り、「とにかく、又、アマゾンに連絡だ」と、配送センターに電話し、
その商品に付いていた数字を読み上げると、なんとこの品物こそ一年前に送ったはずの
最初の商品だと言うではないか。
その他所の階の方の住所は、私の住所と似ているので、配達業者が間違って、そちらに
配達したとして、どうして、一年間も配達してもらった心当たりの無い他人宛ての荷物を
手元に置いておいたのだろう?
そして、何故、一年たって、管理人さんに渡そうと思ったのか?
私の疑問には答えず、配送センターの係員は、
「その品物は返品ですか?」と、聞いてくるのみだった。
配送センター側の関心は、そこなのだ。そして、「はい」と言うと、返品手続きは、
すぐに済み、明日、荷物の引き取りに業者が来ることになると、手続きは、さくさくと進んだ。
勿論、この体重計の分の料金は払わないで良いそうだ。
だが、もやもやは残る。相手の方と同じ階に、ラウンドダンスのお仲間のAさんがいるので、
彼女に電話して、件の部屋は空き室になっているのかと聞いてみた。空き室の管理に来た人が
荷物を発見したので、こんなに遅くなったのかと思ったが、ご夫婦が住んでいると言う。
その方たちとは、もう三十年以上前からの知り合いで、ごく常識的な感じの良いご夫婦だそう。
Aさんも、「一年も他人宛ての荷物を保管していたこと」にびっくりしていた。だが、二人で、
あれこれ話し合ううちに、私は、ふっと別の可能性に気付いた。
それは、配送業者が、当時、荷物を紛失し、最近、未配達のこの商品を発見、それで、
相手の方のドアの前に置き配し、その方が、すぐ管理人さんに届けた……と。
Aさんも、最近、親戚に送った品物が何かのミスで相手方になかなか届かなかったことが
あったので、
「それよ、それよ。そうだったのよ」
と、賛成してくれた。
そして、私としては、Aさんの知り合いの方を変に疑わないで済むこの考えが浮かんで、
ほっとしたのだった。
 翌日来た、郵便局の配達の人は、
「これが、アマゾンさんの返送品ですね」
 と、ごく事務的に受け取って、去って行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エッセイのみなさんの感想は、
「ウィステさんの推理に納得で、ウィステさんのもやもやが晴れて、良かった。」
とか、
「本当の所は、分からないんだけれど、そんな風に考えて、もやもやを晴らすのが
面白かった」
といった、ウィステの「もやもやが晴れた」点に関心が集まりました。
確かに、そこが心の平安に大事な点でしたものね。(^^)



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