2012年8月20日(月)
朝、起きたら、左肩が痛い。これは・・?二度目の五十肩・・?つまり、百肩・・?!
単なる寝違えです・・。(^^;)
昨日、ジナンとハハを見舞ったけれど、ジナンも、「ずいぶん衰えたなあ・・」
と、びっくりしていた。
ハハが最初に誤嚥性肺炎で入院してから・・もう8年になる。
その頃は、まだチチもいたんだなあ・・。
その頃のエッセイ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「巻き爪」
六月中旬、母は、体力が落ちた老人が罹り易いという誤嚥性肺炎を起こし入院した。
それから、そろそろ三週間になる。父と一緒に病室の母を見舞うと、母は窓際のベッドで
今日も眠っていた。黄色い高カロリーの点滴を心臓近くの血管に入れながら眠る母に、
父と、「おはよう、来たよ」と、声をかけるが、反応はない。入れ歯を外している口元が
膨らんだり凹んだりしているだけだ。肺炎は治まったのだが、別の問題が起きていた。
「傾眠傾向」といって、食事などで起こされないかぎり昼も夜も眠ってばかりいる。
その食事も、母はものを飲み込む力がすっかり落ちてしまったという。訓練士さんが母に
食事をさせる様子を見た時も、喉をマッサージされ、食べ物を口にしても、いつまでも
飲み込まず口に含んでいるままだった。わずか三週間前、つまり入院するまでは、
八十歳を過ぎ痴呆が進みつつあるとはいえ、まがりなりにも自分で食べ、歩けたというのに、
母のただ眠り続ける有り様に、〈もしや……〉と、つい不安が過ぎるが、吸い口の水の
交換に来た看護師さんが母の顔を一瞥して行く様子から、特に危ない事態ではないのだと
納得する。
母の入院で一人暮しを余儀なくされた父は、疲れた様子でベッドの脇の椅子に腰掛け、
母の顔を見ている。私は、何もしゃべらない母を見ているだけでは間が持たず、
タオル類を交換してから、母の額に手を当ててみる。熱は無さそうだ。次に、タオルケット
の下の母の手を探る。冷たい。母の右手を外に出し、私の左手に乗せるように包む。
眠っている母へのせめてもの見舞いだ。日に焼けた私の掌の上の母の手は筋が浮き上がり、
指は股の肉がすっかり落ちて、こんなだったかと思うほど細長い。母の衰えが肌を通して
伝わってくる。すると、私の掌で母の手を温めていても、私の心はさ迷いだす。
入院以来、箸も持てなくなり、勿論、もう父の袖の丈を詰めるための針も持つことはない
であろう母の手。この先、母はどうなるのだろう。寝たきりになるのだろうか。
寝たきりの母の介護となると、高齢の父は当てには出来ない。長女である私の肩に
ほとんどかかってくるのかと考えると、怖気づいて来る。私自身の腹が据わらないせいだ。
加えて、母の白い顔を見ていると、私もいつか母のように呆けるのだろうと、しょうも
無い考えも浮かぶ。その時、誰が私の手を握ってくれるのだろうと、身近な不安を振り
払おうとすると、遠い不安まで現れる。その間にちらちら浮かぶ
〈母の死が近いのか〉という怖れから目を逸らしたい。
いけない。これでは、母に私の温かさが伝わるだけではなく、不安まで伝わってしまう。
私は、いくらか温みを取り戻した感じのする母の手をタオルケットの下に戻すと、
今度は母の足を探った。足も冷たい。今度は、足を掌で温める。甲はすっかり皺が
寄っているのに、親指に丸く肉がついている。点滴のおかげで、足の先まで栄養が
行き渡っているのか。歩かなくなったせいなのか。母の足の爪がだいぶ伸びているのが
目に付いた。その爪が肉に食い込んでいる。母の足は巻き爪なのだ。これでは、
歩くようになったら痛いだろう。引き出しから爪切りを出して切ってやろう。
爪切りの端を爪の角の下に挿し込む。と、母が、
「いたい」
と言った。母の顔を見るが、眠っている。私が来たことには気づいているのか、いないのか。
だが、眠っていても、痛いのだけは分かっている。母の口から出た今日初めての言葉に、
〈ああ、母は生きている〉と、私の心が解れてきた。
〈あ、ごめん、でも片端だけでは止められないんだよ〉と、又、切る。と、又、
「いたい」。
〈だって、不器用なんだもの。でも、歩くために邪魔だから退治しようね〉。
反対の足の爪を切る。
「いたい」
〈我慢してね、我慢。あと一つなんだから〉と、切る。又、
「いたい」
と、母が言った。
〈ほら、出来た。綺麗になったよ。良かったね〉
目先のことに手を動かすと、あてどない不安が少し収まる。さて、これで歩く準備が
出来たような気になった。歩くことを忘れないでと言い聞かせるように足をさすったが、
母はやはり、寝息を立てながら眠り続けていた。
夜、風呂から上がって自分の足を見た。明日も父を連れて母の病院へ、買物へと
動き回らねばならない足だ。母に似て巻き爪となった親指の爪が伸びている。
「夜、爪を切ると親の死に目に会えない」
心に絡んでくるそんな言葉を振り切り、私は、ギシギシと爪の角の下に爪切りの刃を入れて、
爪を切った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれからずいぶん経ったなあ・・。
ハハはもう歩けなくなってしまったけれど、看護師さんたちに大事にお世話して
もらっている。
また、今週もハハの元へ通おう・・。
朝、起きたら、左肩が痛い。これは・・?二度目の五十肩・・?つまり、百肩・・?!
単なる寝違えです・・。(^^;)
昨日、ジナンとハハを見舞ったけれど、ジナンも、「ずいぶん衰えたなあ・・」
と、びっくりしていた。
ハハが最初に誤嚥性肺炎で入院してから・・もう8年になる。
その頃は、まだチチもいたんだなあ・・。
その頃のエッセイ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「巻き爪」
六月中旬、母は、体力が落ちた老人が罹り易いという誤嚥性肺炎を起こし入院した。
それから、そろそろ三週間になる。父と一緒に病室の母を見舞うと、母は窓際のベッドで
今日も眠っていた。黄色い高カロリーの点滴を心臓近くの血管に入れながら眠る母に、
父と、「おはよう、来たよ」と、声をかけるが、反応はない。入れ歯を外している口元が
膨らんだり凹んだりしているだけだ。肺炎は治まったのだが、別の問題が起きていた。
「傾眠傾向」といって、食事などで起こされないかぎり昼も夜も眠ってばかりいる。
その食事も、母はものを飲み込む力がすっかり落ちてしまったという。訓練士さんが母に
食事をさせる様子を見た時も、喉をマッサージされ、食べ物を口にしても、いつまでも
飲み込まず口に含んでいるままだった。わずか三週間前、つまり入院するまでは、
八十歳を過ぎ痴呆が進みつつあるとはいえ、まがりなりにも自分で食べ、歩けたというのに、
母のただ眠り続ける有り様に、〈もしや……〉と、つい不安が過ぎるが、吸い口の水の
交換に来た看護師さんが母の顔を一瞥して行く様子から、特に危ない事態ではないのだと
納得する。
母の入院で一人暮しを余儀なくされた父は、疲れた様子でベッドの脇の椅子に腰掛け、
母の顔を見ている。私は、何もしゃべらない母を見ているだけでは間が持たず、
タオル類を交換してから、母の額に手を当ててみる。熱は無さそうだ。次に、タオルケット
の下の母の手を探る。冷たい。母の右手を外に出し、私の左手に乗せるように包む。
眠っている母へのせめてもの見舞いだ。日に焼けた私の掌の上の母の手は筋が浮き上がり、
指は股の肉がすっかり落ちて、こんなだったかと思うほど細長い。母の衰えが肌を通して
伝わってくる。すると、私の掌で母の手を温めていても、私の心はさ迷いだす。
入院以来、箸も持てなくなり、勿論、もう父の袖の丈を詰めるための針も持つことはない
であろう母の手。この先、母はどうなるのだろう。寝たきりになるのだろうか。
寝たきりの母の介護となると、高齢の父は当てには出来ない。長女である私の肩に
ほとんどかかってくるのかと考えると、怖気づいて来る。私自身の腹が据わらないせいだ。
加えて、母の白い顔を見ていると、私もいつか母のように呆けるのだろうと、しょうも
無い考えも浮かぶ。その時、誰が私の手を握ってくれるのだろうと、身近な不安を振り
払おうとすると、遠い不安まで現れる。その間にちらちら浮かぶ
〈母の死が近いのか〉という怖れから目を逸らしたい。
いけない。これでは、母に私の温かさが伝わるだけではなく、不安まで伝わってしまう。
私は、いくらか温みを取り戻した感じのする母の手をタオルケットの下に戻すと、
今度は母の足を探った。足も冷たい。今度は、足を掌で温める。甲はすっかり皺が
寄っているのに、親指に丸く肉がついている。点滴のおかげで、足の先まで栄養が
行き渡っているのか。歩かなくなったせいなのか。母の足の爪がだいぶ伸びているのが
目に付いた。その爪が肉に食い込んでいる。母の足は巻き爪なのだ。これでは、
歩くようになったら痛いだろう。引き出しから爪切りを出して切ってやろう。
爪切りの端を爪の角の下に挿し込む。と、母が、
「いたい」
と言った。母の顔を見るが、眠っている。私が来たことには気づいているのか、いないのか。
だが、眠っていても、痛いのだけは分かっている。母の口から出た今日初めての言葉に、
〈ああ、母は生きている〉と、私の心が解れてきた。
〈あ、ごめん、でも片端だけでは止められないんだよ〉と、又、切る。と、又、
「いたい」。
〈だって、不器用なんだもの。でも、歩くために邪魔だから退治しようね〉。
反対の足の爪を切る。
「いたい」
〈我慢してね、我慢。あと一つなんだから〉と、切る。又、
「いたい」
と、母が言った。
〈ほら、出来た。綺麗になったよ。良かったね〉
目先のことに手を動かすと、あてどない不安が少し収まる。さて、これで歩く準備が
出来たような気になった。歩くことを忘れないでと言い聞かせるように足をさすったが、
母はやはり、寝息を立てながら眠り続けていた。
夜、風呂から上がって自分の足を見た。明日も父を連れて母の病院へ、買物へと
動き回らねばならない足だ。母に似て巻き爪となった親指の爪が伸びている。
「夜、爪を切ると親の死に目に会えない」
心に絡んでくるそんな言葉を振り切り、私は、ギシギシと爪の角の下に爪切りの刃を入れて、
爪を切った。
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あれからずいぶん経ったなあ・・。
ハハはもう歩けなくなってしまったけれど、看護師さんたちに大事にお世話して
もらっている。
また、今週もハハの元へ通おう・・。