2015年9月13日(日)
先日のエッセイサークル、テーマは海だったんだ。
それで、苦しんだ、ウィステのエッセイです。(文中 仮名)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「物忘れの海」
五月の連休中の月曜日、同じダンスサークルの千葉さんから電話があった。
「ウィステさん、明日、練習、あるの?」
「連休中は、お休みよ。十二日から、またあるから」
私は、受話器を置きながら、
〈会長さんが、『連休中は、お休みです』って言ったの、忘れたのかな?〉
と、思った。私は、言われた当日、家に戻ってすぐ、カレンダーに×印を付けておいた。
しかし、カレンダーだけなら、見落としすることもある。だから、私は、用心して、
予定のある日は、さらに、前日からメモ用紙に書き写して、テーブルの上に置いておくという、
うっかりミス対策をすることにしている。千葉さんも、お宅にお邪魔した時に見たけれど、
居間に大きなカレンダーが架けてあって、あれこれ予定を書き込んでいた。
だが、彼女も、お元気だけれど、八十を越しているから、カレンダーを見るのさえ、
うっかり忘れるのかもしれない。しょうがないかな。だから、来週会ったら、
『テーブルの上にメモを置くのよ』と、教えてあげようと思っていた。
千葉さんは、数か月前にご主人が、同じサークルの会員で、特養ホームの理事長をしている
橋田さんの所に入所してから、『人生初めての独り暮らしになって、寂しい』と言い、
おしゃれしてサークルに来るのを楽しみにしている様子だった。彼女は、サークルのない連休を
一人で、どう過ごしているのだろう……。
ところが、翌日の夕方、また、彼女から電話が来た。
「サークルに来たけれど、門が閉まっていて、誰もいないんだけれど……」
「今日は、無いよ。昨日、言ったじゃない」
「あ、そうだっけ?」
「うん。暗くなったから、帰るとき、運転、気を付けてね」
そう言いながら、私は、なんだか不安になった。
昨日言ったことを、今日、忘れる?
これは、年なりの物忘れと言っていて良いのだろうか?
認知症だった母のことが、胸を過る……。
更に次の日、同じサークルの山田さんから電話をもらった。
「あのね、さっき、千葉さんに電話したら、いきなり、
『ウィステさんがあるって言うから、昨日、行ったのに、サークルが無かったのよ!』
って言うのよ。どうしたの?」
胸がさーっと冷たくなる感じがした。
千葉さんは、どうしたのだろう。ただの物忘れの範囲を越えている気がする。
それに、千葉さんの怒りが、教えた私に向かっていると思うと、怖い。
その時、つい先日の朝、マンションの窓から見えた霧の光景が蘇った。白く濃い霧が
雲海のようにたっぷりと眼下を覆い、目の前に見えるマンションは、海に浮かぶ島のようだ。
千葉さんの中では、前日の記憶は、この白い霧の海の下に沈み、辺りは、ぼんやりといつもと
少し違う顔を見せているのだろうか?島のようなマンションの住民である私自身、
今、白い海の上にようやく顔を出しているのだろうか……。
とはいえ、これからも千葉さんと、「言った、言わない」というトラブルが起きるかと思うと、
腰が引けてしまう。私は、山田さんに、「こういうことだったの」と、話すと、
「なんか変だと思った」と、分かってくれたが、私一人で抱えるには重すぎると、
橋田さんに話してみることにした。
次のサークルの日、私は、千葉さんが来る前にと、橋田さんと、彼のパートナーで、
彼のホームの職員の八代さんに相談してみた。すると、八代さんは、
「うん、分かったわ。千葉さん、ご主人の面会にいらしていても、この頃、いろいろと
危なっかしいのよ。でも、そういうのも含めて、その方なんですものね。気を付けておくわ」
と、言ってくれ、橋田さんも、
「あの人の運転は、怖いよ。これから、俺らが寄って、乗せてくるわ」
と、請け合ってくれた。
私には荷が重いものを、すっと受け取ってくれる暖かさに、こちらの気持ちも解れる。
すると、千葉さんを浸す物忘れの海は、満ち潮となって私の足元にもひたひたと寄せて来ている
海だと思えた。千葉さんも、私も独り暮らし。以前は、
「今、月が綺麗よ~。見てごらん」なんてメールしたりもしたから、そんなちょっとしたことなら、
手を差し伸べられるかも……。
そこへ、千葉さんが、鮮やかなブルーのドレスを着て、会場に入って来たので、
私たちは、いつものように、「今晩は~」「はい、今晩は~」と、声を掛け合った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
海をテーマと言われても、何も浮かばず、こういうことになりました。
先生の評は、「海でないもので海を表そうとした努力は見えますが、
やや、無理をしたという感じもします」
と、言うものでした。
はい、思いっきり無理しました・・・。
来月のテーマは、自由題。
それは、それで、種探しにうろうろしています。(^^;)
先日のエッセイサークル、テーマは海だったんだ。
それで、苦しんだ、ウィステのエッセイです。(文中 仮名)
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「物忘れの海」
五月の連休中の月曜日、同じダンスサークルの千葉さんから電話があった。
「ウィステさん、明日、練習、あるの?」
「連休中は、お休みよ。十二日から、またあるから」
私は、受話器を置きながら、
〈会長さんが、『連休中は、お休みです』って言ったの、忘れたのかな?〉
と、思った。私は、言われた当日、家に戻ってすぐ、カレンダーに×印を付けておいた。
しかし、カレンダーだけなら、見落としすることもある。だから、私は、用心して、
予定のある日は、さらに、前日からメモ用紙に書き写して、テーブルの上に置いておくという、
うっかりミス対策をすることにしている。千葉さんも、お宅にお邪魔した時に見たけれど、
居間に大きなカレンダーが架けてあって、あれこれ予定を書き込んでいた。
だが、彼女も、お元気だけれど、八十を越しているから、カレンダーを見るのさえ、
うっかり忘れるのかもしれない。しょうがないかな。だから、来週会ったら、
『テーブルの上にメモを置くのよ』と、教えてあげようと思っていた。
千葉さんは、数か月前にご主人が、同じサークルの会員で、特養ホームの理事長をしている
橋田さんの所に入所してから、『人生初めての独り暮らしになって、寂しい』と言い、
おしゃれしてサークルに来るのを楽しみにしている様子だった。彼女は、サークルのない連休を
一人で、どう過ごしているのだろう……。
ところが、翌日の夕方、また、彼女から電話が来た。
「サークルに来たけれど、門が閉まっていて、誰もいないんだけれど……」
「今日は、無いよ。昨日、言ったじゃない」
「あ、そうだっけ?」
「うん。暗くなったから、帰るとき、運転、気を付けてね」
そう言いながら、私は、なんだか不安になった。
昨日言ったことを、今日、忘れる?
これは、年なりの物忘れと言っていて良いのだろうか?
認知症だった母のことが、胸を過る……。
更に次の日、同じサークルの山田さんから電話をもらった。
「あのね、さっき、千葉さんに電話したら、いきなり、
『ウィステさんがあるって言うから、昨日、行ったのに、サークルが無かったのよ!』
って言うのよ。どうしたの?」
胸がさーっと冷たくなる感じがした。
千葉さんは、どうしたのだろう。ただの物忘れの範囲を越えている気がする。
それに、千葉さんの怒りが、教えた私に向かっていると思うと、怖い。
その時、つい先日の朝、マンションの窓から見えた霧の光景が蘇った。白く濃い霧が
雲海のようにたっぷりと眼下を覆い、目の前に見えるマンションは、海に浮かぶ島のようだ。
千葉さんの中では、前日の記憶は、この白い霧の海の下に沈み、辺りは、ぼんやりといつもと
少し違う顔を見せているのだろうか?島のようなマンションの住民である私自身、
今、白い海の上にようやく顔を出しているのだろうか……。
とはいえ、これからも千葉さんと、「言った、言わない」というトラブルが起きるかと思うと、
腰が引けてしまう。私は、山田さんに、「こういうことだったの」と、話すと、
「なんか変だと思った」と、分かってくれたが、私一人で抱えるには重すぎると、
橋田さんに話してみることにした。
次のサークルの日、私は、千葉さんが来る前にと、橋田さんと、彼のパートナーで、
彼のホームの職員の八代さんに相談してみた。すると、八代さんは、
「うん、分かったわ。千葉さん、ご主人の面会にいらしていても、この頃、いろいろと
危なっかしいのよ。でも、そういうのも含めて、その方なんですものね。気を付けておくわ」
と、言ってくれ、橋田さんも、
「あの人の運転は、怖いよ。これから、俺らが寄って、乗せてくるわ」
と、請け合ってくれた。
私には荷が重いものを、すっと受け取ってくれる暖かさに、こちらの気持ちも解れる。
すると、千葉さんを浸す物忘れの海は、満ち潮となって私の足元にもひたひたと寄せて来ている
海だと思えた。千葉さんも、私も独り暮らし。以前は、
「今、月が綺麗よ~。見てごらん」なんてメールしたりもしたから、そんなちょっとしたことなら、
手を差し伸べられるかも……。
そこへ、千葉さんが、鮮やかなブルーのドレスを着て、会場に入って来たので、
私たちは、いつものように、「今晩は~」「はい、今晩は~」と、声を掛け合った。
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海をテーマと言われても、何も浮かばず、こういうことになりました。
先生の評は、「海でないもので海を表そうとした努力は見えますが、
やや、無理をしたという感じもします」
と、言うものでした。
はい、思いっきり無理しました・・・。
来月のテーマは、自由題。
それは、それで、種探しにうろうろしています。(^^;)