小説をなぜ読んむんだろうか?
その理由の半分はヒマだからでしょう。
仕事の忙しいとき、読むものじゃございません。
じゃあ、何か得るものはあるか?
若いときはあったような気がします。
でも、それは「気がする」だけであり、
年取ると、そんなことは忘れちゃいます(笑)。
そしてその「得たもの」も、
人生の苦悩は無数の種類があるので、
「万能薬」になるはずもございません。
逆に、「若きヴェルテルの悩み」とか
「ロミオとジュリエット」のように、
「じゃあ、俺も自殺しようかな」
なんてなると、小説や戯曲のせいで、
大罪を犯すことにもなります。
またドストエフスキーの
「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」「白痴」なども読みましたが、
今になって思えば、
「要するに人間、バカになって、アリョーシャのように、
のんびり生きた方がええんじゃん?」
程度の収穫しかございません。
トルストイも、年を取ってから、
「俺の小説?あんなもん、意味はないさ、
プラスチーチェ パジャールスタ」
と言っています。
そう。
小説はごくごくヒマな時に読むもののような気がします。
また読んだとしても、
そのあと、いろいろ自分で考えるネタになれば、意味はあるでしょう。
やっぱり、人間、自分で考えんとアカンですね。
ダスヴィダーニャ