川端康成は美術品のコレクターとしてもつとに有名ですが、
コレクションは縄文土偶から絵画、陶磁器、草間彌生の初期作品まで古今東西の広範囲におよび、
その全てを自身の知性と感性で
選んだようです。
川端が購入した、浦上玉堂の「東雲篩雪図」など3点が購入後に国宝に指定されおり、確かな審美眼を
証明しています。
茶の湯にも通じた川端は、小説「千羽鶴」で桃山時代の和物茶碗を象徴として使い、登場人物のイメージをつくっています。
茶の湯の茶碗に焦点をあてて、
「千羽鶴」を読み解いてみます。
「千羽鶴」は、1953年、1969年に映画化された。
映像の方がイメージしやすいので、スチール写真で登場人物をみます。
1969年版 増村保造 監督
登場人物が一堂に介した(他に主人公の三谷菊治がいる)鎌倉円覚寺の茶会
(円覚寺塔頭 仏日庵で北条時宗の月命日の四日に茶会を開いている)
中央にお茶の師匠、栗本ちか子(京マチ子)、右に太田夫人(若尾文子)と娘文子(梓英子)、左は稲村家令嬢ゆき子(南美川陽子)、三谷菊治(平幹二朗)。
20代後半で独身の三谷菊治は、(今は男性化している)亡き父親の愛人だった栗本ちか子から、茶会の案内状をもらう。弟子の令嬢を紹介するという算段。
円覚寺の境内で、桃色のちりめんに白の千羽鶴の風呂敷を持った美しい令嬢に道を尋ねた。その令嬢がゆき子だった。
その茶会に栗本の後に父の愛人になった太田夫人(未亡人・45歳)と娘文子も登場する。菊治の父は太田夫人の茶道具を買い取るなど経済的援助も行った。
何も知らない令嬢ゆき子がお茶をたて、菊治に差し出す…
茶碗は、黒織部で、正面の白ぐすりのところに、黒で早わらびが描かれていた。
白い釉薬の部分にわらびが描かれていたのだろう
この茶碗は、太田から太田未亡人へ、未亡人から太田の友人だった菊治の父へ、父からちか子へ、太田と菊治の父との男二人は死に、女二人がこの茶席にいる。
茶会のあと、太田夫人と菊治は、お互いに誘惑したとも抵抗したとも覚えなしに一夜を過ごす。
菊治は太田夫人の「女の波」を感じ、「その波にはだを休めて、征服者が居眠りしながら奴隷に足を表せているような満足さえ感じた。また母の感じもあった。」
「四十は老のうつくしき際」珍碩
太田夫人は、菊治に父を見たのか、菊治に対する情念がつのる、令嬢との縁談もあり、娘の文子が必死で止めよとするが、断ち切れない情念と罪悪感からついに自死してしまう。
菊治は、文子を訪ね、形見として志野焼の水指をもらい受ける。
水指は花入として使われていた。
【参考】
志野水指 桃山〜江戸時代
16〜17世紀
「白い釉(くすり)のなかにほのかな赤が浮き出て、冷たく温かいように艶な肌に、菊治は手を出して触れてみた。」
文子が茶盆を持ってくる。赤楽と黒楽の筒茶碗が盆にのっている。
文子の父(太田)が死んで、文子の母のところに来たとき、この一対の茶碗を湯呑代わりに夫婦茶碗にしていたのではと菊治は思った。
【参考】
黒楽茶碗 赤楽茶碗
了入(樂家九代目) 江戸時代 18〜19世紀
文子から菊治に、太田夫人が湯呑みに使っていた志野茶碗ももらってほしいとの申し出。
【参考】
桃山〜江戸時代 16〜17世紀
飲み口が赤みがかって見えてくる。「文子が電話で言ったように、文子の母の口紅が染み込んだあとなんだろうか。…菊治は胸があやしくなった。吐きそうな不潔と、よろめくような誘惑とを、同時に感じた。」
しかし、文子は、菊治に渡した志野茶碗を割ってくれと哀願する。
もっといい志野茶碗に出会ったら哀しいという。
菊治の父が愛用していた唐津茶碗より出来が悪かったら割ることにした。
【参考】
16〜17世紀
「唐津は絵つけがなく、無地であった。琵琶色がかった青に、茜もさしていた。腰が強く張っていた。」
唐津の方が、志野より上等だった。
菊治は、文子と逢ううちに、文子の母から受け継いだものを感じたが、次第に文子自身に惹かれていく。
文子は菊治を受け入れた。
眠れぬ菊治は、朝つくばいの近くに志野茶碗の破片を見つける。
志野茶碗を叩き割ることで、親の因果を断ち切り、菊治は文子と結ばれるはずだったが…
「千羽鶴」は、父親の愛人、その娘とも関係するという
不道徳なストーリーのため、
他の作品に比べ一段低い評価だと
いわれますが、
「伝世の茶器」(古くから由緒あるすぐれた茶道具)を記号的に配置し、茶器の精のような女性を
描くことで、
「刀剣乱舞」的なファンタジー
の味わいがある。
女性の情念に比べ、女達を揺れ動く菊治の存在感の曖昧さ。
増村保造監督、若尾文子の太田夫人は「ちょっと足りない女」のまとわりつくような嫋が見どころだが、良家の未亡人としては…
今は男性化した栗本ちか子が京マチ子では色っぽすぎないか…
未見ながら、1953年の「千羽鶴」
監督:吉村公三郎 脚色:新藤兼人 撮影:宮川一夫 音楽:伊福部昭
出演:木暮実千代(太田夫人)、乙羽信子(太田文子)、木村三津子(稲村ゆき子)、杉村春子(栗本ちか子)、森雅之(三谷菊治)
はぜひ見てみたい。木暮実千代の太田夫人、文子の乙羽信子。栗本ちか子の杉村春子。そして黒一点の三谷菊治は森雅之。
何というキャスティング!!
杉村春子の栗本ちか子、三谷菊治の森雅之…
中央に太田夫人と文子。右に栗本ちか子。左に稲村ゆき子。