古今東西のアートのお話をしよう

日本美術・西洋美術・映画・文学などについて書いています。

大阪の日本画

2023-04-22 23:28:56 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等カテゴリー

4/2まで大阪中之島美術館で
開催されていた「大阪の日本画」が
東京ステーションギャラリーに巡回



中之島美術館のポスター「初めてにして決定版、浪華の名画大集結。」
「大阪の日本画」というカテゴリーが初めてなんです

明治以降、岡倉天心を中心にして、東京で日本画が誕生(西洋画に対して)する
伝統の京都は、竹内栖鳳を主軸に京都画壇を形成するが、美術史に大阪画壇は登場せず、北野恒富の名前もない…
時々、添え物のように大正デカダンスの「悪魔派」として紹介されてきた“北野恒富”と「大阪の日本画」 その真価を問う展覧会

前期4/15〜5/14 後期5/16〜6/11でほぼ入れ替えのため2回観ないと全容は分からない

(撮影不可のため写真はすべてネット画像を借用しました)


北野恒富 宝恵籠 1931年
山崎豊子原作の映画「ぼんち」市川崑監督、で若尾文子の芸者“ぽん太”も乗ってます

大阪画壇、北野恒富のパトロンだった根津清太郎は豪商「根津商店」の一人息子。妻は後に谷崎潤一郎と再婚する“松子夫人”。「根津商店」は、清太郎の放蕩と銀行破綻などで倒産した。“いとさんこいさん”が谷崎潤一郎の「細雪」を想起させるのはむべなるかな。


北野恒富は画塾・白耀社を設立。白耀社の門下生の約四割は女性だったと言われ、多くの女性画家を輩出した。恒富は白耀社設立以前にも島成園と交流を持ち、吉岡千種(木谷千種)にも師事されていたように大阪画壇における女性画家育成の一翼を担っていた。



中村貞以 失題 1921年

今回一番のお気に入り。見たことがない美人画?

日本髪の丸、肩の丸、そして腰臀部の大きな丸、三重の丸の構図が印象的で青い帯?がキュート
愛嬌のある顔が大阪らしい? 素足のピンクもかわいい



橋本青江 梅林春景図 1893年
女性文人画家。モコモコした山の連なりと、繊細な描写の梅樹がみごと



矢野橋村 湖山幽岳 1915年
実物はかなり大きい。橋村は、新南画を標榜


菅楯彦 阪都四ツ橋 1946年
四ツ橋は江戸時代風光明媚な場所だったららしい

生田花朝 天神祭 1935年


「女四人の会」1916(大正5)年
左から、岡本更園、木谷千種、島成園、松本華羊


四人は、井原西鶴の「好色五人女」に取材したそれぞれの作品を持ち寄った。当時では珍しい先進的取組み


島成園 祭りのよそおい 1913年

女児の祭りの装いに貧富の差が表れる


木谷千種 浄瑠璃船 1926年


高橋成薇 秋立つ 1928年

吉岡美枝 店頭の初夏 1939年


女性作家が活躍しています

美術史から黙殺?されてきた
「大阪の日本画」大阪中之島美術館の執念が感じられる展覧会

★★★★☆

後期も観ないと!


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小説 “伯爵夫人”

2023-04-20 15:25:14 | 本(レビュー感想)

『傾きかけた西日を受けてばふりばふりとまわっている重そうな回転扉を小走りにすり抜け、劇場街の雑踏に背を向けて公園に通じる日陰の歩道を足早に遠ざかって行く和服姿の女は、どう見たって伯爵夫人にちがいない。』「伯爵夫人」冒頭



三島由紀夫賞(2016年6月)発表時の

“不機嫌な会見”が話題になった

蓮實重彦さん


氏は受賞スピーチで、

『この授賞式が、「自分の気に入ったこと」でないのはいうまでもありません。それは、どこかしら「他人事」めいており、この場は「どこでもない場所」を思わせもします。』

そして、受賞後の「産経ニュース」(2016年8月)によると、好調な売れ行きに、『「伯爵夫人」を「女性の方が真面目に読んでくださっているようで、それは非常に感動的でした」』と話している。

「伯爵夫人」のあらすじは、

『ばふりふりとまわる回転扉の向 こう、 帝大受験を控えた二朗の前 に現れた和装の女。「金玉潰し」の 凄技で男を懲らしめるという妖艶 な〈伯爵夫人〉が、二朗に授けた性と闘争の手ほどきとは。 ボブへアーの従妹 ・蓬子や魅惑的な女たちも従え、戦時下の帝都に虚実周 到に張り巡らされた物語が蠢く。 東大総長も務めた文芸批評の大家 が80歳で突如発表し、 読書界を騒 然とさせた三島由紀夫賞受賞作。』文庫本背表紙より



男装のボブヘア ルイーズ・ブルックス


“金玉潰し” “青臭い魔羅” “熟れたまんこ” “父ちゃん、堪忍して” “ぷへー” というお下劣な言葉や表現、伯爵夫人の回想の卑猥さに、格調と猥雑が入り乱れる…


『そのうめき声が相手を刺激したものか、背中では魔羅の動きが加速する。つとめて 正気を保とうとしながら、この姿勢では「熟れたまんこ」を駆使することもかなわず、 やがて肛門の筋肉も弛緩しはじめ、出入りする魔羅に抵抗する術さえ見いだせないまま、ふと意識が遠ざかりそうになる。あとはただ、倫敦の小柄な日本人を相手にした ときのように、父ちゃん、堪忍して、堪忍してと、小娘のように声を高めてしまうことしかできない。』


『わたくしのからだを小気味よくあしらいながら、足の小指と薬指のあいだまで舌と 唇で念入りに接してまわり、熟れたまんこに胸の隆起にも触れ はせず、こちらの呼吸の乱れを時間をかけて引きよせようとするところなど、 久方ぶりに本物の男と交わっているという実感に胸がときめきました。』「伯爵夫人」より


女性にも人気が高いという「伯爵夫人」、その理由は「春画」に通じるのではないか…

「ユリイカ」(青土社)2016年1月臨時増刊号で、ジェンダー論・女性学などを専攻とする社会学者の上野千鶴子氏と、江戸文化研究者の田中優子氏が、女性が「春画」に魅せられる理由について語り合っている。

上野千鶴子(1948〜) 東京大学名誉教授
田中優子(1952〜) 法政大学前総長(2014〜2021) 法政大学名誉教授
歌麿 歌満くら 第一図

そのなかで、喜多川歌麿の「歌満くら」と葛飾北斎の「喜能会之故真通」について語っている部分が興味深いので引用します。

北斎 喜能会之故真通

『田中「喜多川歌麿の『歌まくら』に河童に犯されている女性の画があります。水面下に河童と女性、そのそばの石の上に女性が描かれている。あれは、二人の女性ではなくて、石の上の女性の想像や欲望が水面下に投影されている。こういう春画をみて楽しむというのは女性だけなのかもしれませんね。女性はこの春画を見て自分の快楽の一部を思い出す。そういう連想ができる。別にタコや河童だからというわけではなく、表情や身体の表現からそれを連想するわけです」女性たちが絵を見ながら、こうして「性」をめぐる連想ができるのは、「春画」が女性の快楽を肯定しているからに他ならない。』

『上野「春画には女の快楽がきちんと描かれています。『喜能会之故真通』でも快楽はタコの側ではなく女の側に属している。もうすこし込み入った分析をしていくと、「快楽による支配」が究極の女の支配だと言うこともできますが、快楽が女に属するものであり、女が性行為から快楽を味わうということが少しも疑われていない。この少しも疑われていないということが他の海外のポルノと全然違うところなんです。能面のような顔をした、男の道具になっているとしか思えないようなインドや中国のポルノとは違う」』


『女性はこの春画を見て自分の快楽の一部を思い出す。』

『快楽が女に属するものであり、女が性行為から快楽を味わうということが少しも疑われていない。』

田中氏と上野氏の「春画」に対する“女性の見方”は、そのまま「伯爵夫人」への評価に繋がるような気がする

“伯爵夫人”が二郎をなじる、江戸の“べらんめい”口調について蓮見氏は、

『「一つには、ある時代の日本人の言葉をつなぎ留めておきたいという気持ちがありました。昭和10年代“に私が聞いていた母や父や親類などの言葉が、あまり最近の文学には出てきませんからね。無駄な反復も普通は避けるべきなのでしょうが、ええい、構うまいと。言葉が言葉を引きずり出してくれた、という感じでしょうか」』産経ニュースより


『まだ使いものにはなるめえやたら青くせえ魔羅 をおっ立ててひとり悦に入ってる始末。これはいったい、なんてざまなんざんすか。

そんなことまでやってのけていいなんざあ、これっぽっちもいった覚えはござんせんよ。ましてや、あたいの熟れたまんこに滑りこませようとする気概もみなぎらせぬまんま、魔羅のさきからどばどばと精を洩らしてしまうとは、お前さん、いったいぜん たい、どんな了見をしとるんですか。』「伯爵夫人」より



そして氏は、

『とはいえ、この小説は虚心坦懐(きょしんたんかい)にエンターテインメントとして読んでもらえたらと願っている。「呵々(かか)大笑するかはともかく、にんまりおかしいというところがあれば、満足ですね。今は笑いの質があまりにも落ちているので、これが高級な笑いかどうかはともかく、少なくとも文学には笑いがあるということを分かっていただきたい。きまじめであればあるほどおかしいというものが、ここにはあるような気がします」』産経ニュースより


…と結んでいる。



白いコルネット姿の尼僧が手にするココア缶、盆にもココア缶、無限に続く…



この著者の目論見は見事に成功し、ラブレー、サド、バルザック、フローベールなどフランス伝統の艶笑滑稽譚につらなり、


アポリネールの「一万一千本の鞭」では、稀代の蕩児を打つ最後の鞭音が満州国で響き、伯爵夫人の出奔は、『音としては響かぬ声で、戦争、戦争と寡黙に口にしているような気がしてならない。』と結ばれる。



ルイス・ブニュエル 昼顔 1967年


二郎と伯爵夫人の一昼夜は、「昼顔」の白日夢のようでもある…

【作者のプロフィル:蓮實重彦】

 はすみ・しげひこ 昭和11年、東京生まれ。東大仏文科卒。東大教養学部教授をへて東大総長。専門は表象文化論。文芸批評のほか、映画雑誌「リュミエール」の編集長を務めるなど、映画評論でも活躍。

立教大学でも教鞭をとり、教え子に

映画監督の黒沢清、青山真治、周防正行、ロックミュージシャンの佐野元春などがいる。

日本における艶笑滑稽譚の傑作
お勧めします 
(不快になるかどうかの責任は持ちかねます)

★★★★★

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映画 パンドラの箱

2023-04-18 09:39:13 | 映画(レビュー感想)
1929年制作・公開のドイツ映画「パンドラの箱」(無声映画)。
主演は“ルイーズ・ブルックス”、この名前が問題なんだ。

蓮実重彦という老人が書いた、「伯爵夫人」という極めて魅力的な小説に、やれ “和製ルイーズ・ブルックス”だの “裸のルイーズ・ブルックス”だの、この名前がうるさいほど出てくる。誰?と思っていたら…


表紙の写真がルイーズ・ブルックス


たまさか、アメーバブロガーさんの“ルイーズ・ブルックスの映画特集”を、渋谷でやっているという情報を見つけ、これは奇縁と足を運ぶ。
こんな古い映画、誰が見るかと思いながら席につくと、左右にしかつめらしい初老の男、まわりには若い女性も… 人気です…




監督:ゲオルク・ヴィルヘルム・パープスト

出演:ルイーズ・ブルックス

原作:フランク・ヴェーデキントの戯曲『地雷』『パンドラの箱』(ルル二部作)

脚本 ラディスラウス・ヴァイダ

日本公開:1930年2月

 


原作者のヴェーデキントは第一次世界大戦後のドイツ表現主義の先駆者。「ルル二部作」は、アルバン・ベルクのオペラ「ルル」の原作としても有名です。


映画「パンドラの箱」でハリウッドから招来されたルイーズ・ブルックスが主役の“ルル”を演じています。


この作品で、フランス映画界の重鎮アンリ・ラングロワが「ディートリッヒ、ガルボさえも霞んでしまう。ただ、ルイズ・ブルックスだけがそこにいる」という言葉通り神話的存在になった。



あらすじは、
『誰が父だか、誰が母だか、ルルはそれを知らなかった。物心を覚えた時ルルには一人の養父(最初のパトロン)がつきまとい、暮らす所は酒場か踊り場に限られていた。

物語はルルがある大新聞の主筆シェーン博士の寵い者となっているところから始まる。シェーン博士は名家の令嬢と婚約が成立したのでルルに別れ話を持ち出す。ルルはそれを承知せず別れる位なら自分を殺してくれと駄々をこねる。博士はルルの魅力にためらい決断がつかない中にうまうまとルルの術中に陥りどうしても結婚しなければならないような羽目に陥る。遂に博士とルルとの結婚式が挙げられる。

ルルを恋する“女”とシェーン博士

しかし世評の悪いこととルルにうるさくつき纏う男達に博士はつくづく愛想をつかし自分の名誉を保つためにルルに自殺をすすめるが、ルルは誤って博士を射殺し捕らえられる。ルルを取巻く養父、博士の秘書アルヴァ、ルルを恋する「女」、力業の芸人等これを知って共謀しルルを裁判所から逃走させ、とある港に隠れ住み、日夜賭博にひたり放縦無頼の生活を送る。侯爵と名乗る悪漢はルルの前科を探りこれを以て脅迫しルルをエジプト人に売ろうとする。この事件が中心となってルルの同志に裏切り争いが起こり警官隊の追跡となりルルは進退極まって男に変装しアルヴァと養父とともにロンドンへ高飛びする。ロンドンの生活は困苦そのものであり食べるパンもなく着る夜具さえもなく雨漏りの屋根裏に寵って悲劇の訪れを無為に待っている。遂に決心したルルは生活のために自らを売るために街に出る。これを怒るがどうにも手段のないアルヴァ、これを喜ぶ狡猾な養父、外は霧の深くたれこめたクリスマスの夜である。ルルは一人の男の手を取って家へ連れこむ。ところがその男こそは当時ロンドン市街を恐怖にさせていた殺人鬼ジャック・ザ・リッパーで、ルルはその男のために殺される。あまりの運命の転変に茫然自失しているアルヴァは通りかかる救世軍の列についてそれに救いを求めトホトボと霧の街の中に吸い込まれるように消えていく。』引用元 MOVIE WALKER プレス

“ルル”はファム・ファタールすなわち「魔性の女」

実生活でも“ルル”と重なるルイーズ、世間は“ルル”=ルイーズ・ブルックスをイメージするようになった。

『“ルル”を演じるルイーズ・ブルックスも仕事でもプライベートでも自由奔放、言葉も辛辣で気難しく、2度の結婚も破綻。性的にリベラルであり、恋人がいてもアバンチュールが絶えなかった。9歳で性的虐待を受けたとき、母親は「彼女がそう仕向けた」と非難したという。幼くして、後に彼女が演じた無邪気な悪女(=意図せず周りの人間を堕落させ破滅させる)だと決めつけられたことは深い傷を残したに違いない。しかし、ブルックスは自由と本を何よりも愛した一人の人間だった。
』ネット記事引用

ルイーズ・ブルックス(1906〜1985)


記念碑的作品で一度は観る
価値があり、何と言っても
「伯爵夫人」関連で、
“ルル”ってかわいい名前だし
★★★★☆


“パンドラ”とはギリシャ神話に登場する神によって造られた最初の女性
神から“絶対に開けてはならない”という「箱」を預けられた


ウォーターハウス パンドラ 
1896年


「箱」を開く誘惑に耐えきれず「箱」を開く
「箱」から疫病、犯罪、悲しみ、などあらゆる災禍が飛び出し、最後に“希望”だけが残った

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国立近代美術館コレクション

2023-04-16 19:00:00 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等カテゴリー
「重要文化財の秘密」に連繋した近代美術館のコレクション

太田聴雨(おおたちょうう) 
星をみる女性 1936 (昭和11)年

着物の柄は、春蘭、牡丹、小菊、楓
と四季をあらわす
この天体望遠鏡は、国立科学博物館で2005(平成17)年まで現役だったらしい


桂ゆき ゴンベとカラス 1966 (昭和41)年

「権兵衛が種まきゃ、カラスがほじくる」三重県の民話


福沢一郎 牛 1936(昭和11)年 

日本のシュルレアリスムの代表的作家、瀧口修造と共に治安維持法違反容疑で逮捕された


古賀春江 月花 1926(大正15 )年

パウル・クレーの影響を受けた作品
交遊があった川端康成は、『古賀氏の絵に向ふと、私は先 ずなにかしら遠いあこがれと、ほのぼのとむな しい拡がりを感じるのである。 虚無を超えた肯 定である。従って、これはさなごころに通 ふ、童話じみた絵が多い。 単なる童話ではない。 をさな心の驚きの鮮麗な夢である、甚だ仏法的 である。』と評している



香月泰男 水鏡 1942(昭和17)年

不思議な作品。香月泰男(かづきやすお)は、この水鏡の制作年に召集され、1945年から2年間シベリアに抑留される
暗く濁った水槽を眺める少年の傍らには、枯れたハス。サボテン?の鉢植か。ナルキソスのように水槽を見つめるが、そこに映るのは“スイセン”ではなく、枯れたハス
デビットリンチの闇を見ているようで、バルテュスの絵にも似ている



熊谷守一 畳の裸婦 1962(昭和37)年


池大雅の春画を思わせるが、線はあくまで硬質である




草間彌生 天上よりの啓示 1989(平成元年)年


加山又造 春秋波濤 1966(昭和41)年


新しいコレクションから

『開館70周年を迎えた当館が、2000年以降の20年あまりで収集した作品をご紹介します。
ここに展示する作品は、大きく二つに分類できそうです。 一つ目は、イケムラ レイコ、 杉戸洋、 加藤泉、 三輪美津子、 千葉正也、 青木野枝、 岡﨑乾二郎らに よる、 絵画や彫刻の主題や形式を拡張するような作品です。 冨井大裕や高柳恵里 の、日常的なモノや行為の用途や視点をずらすことで、 私たちの認識に揺さぶり をかける作品も、ここに含まれるでしょう。 二つ目は、近代の歴史や現代社会に 対する批評的な視点を持った作品です。 生まれ育った地域の過去と現在に向き 合うシュシ・スライマンや山城知佳子、 病や老いを克明に描き出す木下晋、 規範 化されたセクシュアリティの在り方を問う鷹野隆大、多様な背景をもつ人々の歌 う姿を捉えた兼子裕代らの作品が当てはまるでしょう。 19世紀末にはじまる近代 美術のコレクションを起点とする当館が、 21世紀に入り、 現代の作家たちととも に、どのようにそれを更新していくのか、これからの展開にもご注目ください。』
というコーナー。


イムラレイコ 横たわる少女 1997(平成9)年

ぼやけた画面から不穏な雰囲気を醸し出す、なぜか惹かれる…
黒の上下、黄色に横たわる少女
腕の先の“手”が切断されているようで、脚の存在も曖昧だ
イムラレイコ(1951〜)はベルリン在住の芸術家
彼女の作品を初めて観たのは、2022年の「ルートヴィヒ美術館展」、ひと目で既視感を覚える作家の個性がある



杉戸洋(1970〜) 《the secret tower》 1998年

草原に、一本の大きな木
空には小さな戦闘機が飛んでいる
制作年の1998年は米英による「イラク空爆」があった



加藤泉(1969〜) 無題 2016年

アフリカの仮面のようだ
『原始的で匿名的な生命体を主なモチーフとする』



通常コレクションに戻る

フランシス・ベーコン
スフィンクスーミュリエル・ベルチャーの肖像 1979(昭和54)年

ベルチャーはロンドンのソーホーにあったバー「コロニールーム」の女主人、彼女は彼ーベーコンを「私の娘」と呼んで贔屓にしていたらしい



藤田嗣治 自画像 1929(大正12)年

藤田嗣治 5人の裸婦 1923(昭和9)年

安井曾太郎 金蓉 1934(昭和9)年

モデルは上海総領事の令嬢で5カ国語をあやつり満州のホテルで働いていた小田切節子 


津田青楓 犠牲者 1933(昭和8)年

プロレタリア運動に加わり、特高警察による小林多喜二の虐殺を主題にして制作、左下の鉄格子から国会議事堂が見える
津田青楓は、治安維持法違反で投獄され、獄中で転向した



初めて観た作品も多く
楽しめました。
重要文化財かどうかはあまり
関係ないなと実感…




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重要文化財の秘密 東京国立近代美術館

2023-04-14 16:41:14 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等カテゴリー


明治以降の重要文化財
全68件(絵画、彫刻、工芸)のうち
51点が集結するという
東京国立近代美術館の
“重要文化財の秘密”

  1. そもそも重要文化財とは、「文化財保護法」に基づき、制作優秀で我が国の文化史上貴重で、文部科学大臣が指定した有形文化財。そのうち、特にすぐれたものを、国宝に指定。

ほぼ全ての作品は二度三度鑑賞したことのある作品であるが、明治以降の日本画、洋画、工芸の異なる作者の作品を“重要文化財”というテーマだけで集めるのは、いささか芸が無いと思うが、副題に『「問題作」が「傑作」なるまで。“美術史の秘密”に迫る。』とありますが…

平日(木曜昼)は当日券が買えるくらいの余裕ですが、、チケット売り場は列になっていました。当日でもネット購入をお勧めします。

作品の三分の二くらいは、撮影可能になっています。展示期間に注意しましょう。
鏑木清方の「築地明石町」、「新富町」、「浜町河岸」、「三遊亭円朝像」は4月16日までです。


(撮影不可 ネット画像借用)
横山大観 生々流転 1923(大正12)年


(撮影不可 ネット画像借用)
鏑木清方 築地明石町 1927 (昭和2)年
新富町 1930  浜町河岸 1930



菱田春草 王昭君 1902(明治39)年


今回の展示で、あらためて気に入った「弱法師(よろぼし)」
下村観山 弱法師 1915(大正4)年


『盲目の弱法師俊徳丸が、梅の花の咲く四天王寺の庭で、彼岸の落日に向かって極楽浄土を観想する。袖に降りかかる梅の花びらまでも仏の施行と感じる俊徳丸の悟りの境地が主題である。謡曲『弱法師』の1場面を絵画化した作品である。』
讒言で父親に追放された俊徳丸は悲しみのあまり盲目となり、弱法師と呼ばれ放浪する。父親に発見され、落日に極楽浄土を想う瞑想法を授かる。極楽浄土に迎えるの阿弥陀如来。


弱法師の着物は所々が破れ、柄が重なっている。漂う梅の香り、散る花びらに、仏の施行を感じ、落日に祈る。


この場面を悲劇的に扱ったのが、黒澤明監督「乱」のラストシーン。

大殿一文字秀虎(仲代達矢)の次男(根津甚八)の嫁、末の方(宮崎美子)は、秀虎がかって滅ぼした武将の娘。弟鶴丸(野村武司)は報復を怖れられ秀虎によって盲目にされた。

落日の焼け落ちた城の石垣で、姉、末の方の帰りを待つ鶴丸
手には末の方から渡された「阿弥陀如来」の巻物

姉、末の方は無惨に殺され、鶴丸が待つ石垣に疾風が起り、「阿弥陀如来」の絵巻は鶴丸の手から離れ、石垣から落ちる、阿弥陀如来の後背が落日に輝く…
武満徹は、石垣から落ちる絵巻を鼓の一打ちで表現した


明治の洋画の始まりは、

高橋由一 鮭 1877(明治10)年


今回初めて観た唯一の作品は、山本芳翠(やまもとほうすい)の裸婦
驚きました…

山本芳翠 裸婦 1880(明治13)年頃
(撮影不可 ネット画像借用)

なんと! “鮭”の3年後だ?!
山本芳翠(1850(嘉永3)年〜1906(明治39)年)は、1876(明治9)年に工部美術学校に入学しフォンタネージに師事したが、翌年退学、1878(明治11)年にパリ万博事務局員として渡仏。エコール・デ・ボザールに入学。アカデミスム美術のジェロームに師事。わずか2年で「裸婦」を制作している。裸体、顔、青みをいれた肌の表現など当時のアカデミズム美術をしっかり身につけている。しかも、背景の暗い自然表現は山本芳翠独自の感性のようだ。

黒田清輝の師匠、ラファエル・コランの「フロレアル」1886年

【参考】
と比較しても遜色ないのでは


パリに10年暮した芳翠は、法律家としてフランスに留学した黒田清輝に画家の道を勧め、転身させた。
黒田清輝は帰国して、日本洋画発展の主役となる。

黒田清輝 湖畔 1897(明治30)年


岸田劉生 麗子微笑 1921(大正10)年


関根正二 信仰の悲しみ 1918(大正7)年
(撮影不可 ネット画像借用)

鈴木長吉 十二の鷹 1893(明治26年)


どれも有名な作品ばかりで、新鮮味はないが… 連動した近代美術館のコレクションは必見!!
つづく…



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