「古都逍遥 京都・奈良編」「花の詩」「日常のこと」や花や風景写真

 京都・奈良を中心に古刹・名刹や「花の詩」等の紹介。花や風景写真、オリジナルの詩、カラオケ歌唱など掲載しています。

「東寺」(とうじ)

2006年08月20日 18時19分01秒 | 古都逍遥「京都篇」
 古都・京都の象徴として知られている東寺の五重塔は、天長3年(826)弘法大師(空海)の創建にはじまるが、天災、火災などによって4回も焼失している。
 現在の塔は寛永21年(1644)徳川家光の寄進によって竣工、現総高55㍍、現存する古塔の中で最も高く、純和様の容姿を守り初重内部の彩色の落ち着きなど、江戸初期の秀作と賞されている。

 朝焼け、夕焼に映える五重塔のシルエットは、京都庶民におよばず訪れる人々に大きな感動を与えている。
 延暦13年(794)桓武天皇が、動乱の奈良から長岡京を経て平安京に都を遷し、羅城門の東西にそれぞれ大寺を設置。東寺が本格的に活動を始めたのは弘法大師の造営以後で、高野山を大師の修禅道場として開き、東寺はその修行によって得られた「利他行」の実践教育の場として広められた。「祈りなき行動は妄動であり、行動なき祈りは妄想である」との信念を貫き、水なき所に池を掘り、橋なき所に橋をかけ、道なき所に道をつけ、食の乏しき者には食を得る方法を教え、病む者のために良医となる道を歩んだ“行動派”
で、同時期の最澄・伝教大師とは異なった道を歩んだ。

 東寺の金堂(国宝)に安置される薬師三尊と十二神将は桃山時代の大仏師康正の名作で密教的な信仰の形を留め、講堂内の大日如来をはじめとする立体曼荼羅は平安時代(一部は後作)前期を代表する密教像の秀作。

 交通:JR京都駅から近鉄奈良線で東寺駅下車、徒歩5分。

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