蓮の花の景色をアップします。
以前にも貼り付けたものもあります。
フィルム写真もありグラデーションが異なります
宇治平等院
宇治三室戸寺
京都東寺
奈良喜光寺
琵琶湖烏丸半島
烏丸半島の蓮は現在、外来魚等により絶滅してしまいました
ご訪問有難うございました
蓮の花の景色をアップします。
以前にも貼り付けたものもあります。
フィルム写真もありグラデーションが異なります
宇治平等院
宇治三室戸寺
京都東寺
奈良喜光寺
琵琶湖烏丸半島
烏丸半島の蓮は現在、外来魚等により絶滅してしまいました
ご訪問有難うございました
異常な猛暑が続いていて、蓮や睡蓮の撮影へ出かけたいが二の足を踏んでいる。
これまで撮った蓮の一部をアップして振り返りたいと思います。
クローズアップから。景色はまた改めて。
フィルム写真もありグラデーションが異なります。
ご訪問有難うございました。
人間が人間として本質的に持たなければならないのは「人を思いやる心」であり、その心がなけれ人の心を動かすことも自分を活かすこともできません。 イソップ物語にある「北風と太陽」の教訓に見るように、攻めたてたとしても人の心のマントを取ることができないのです。人の心に寄り添うということの大切さを教えた寓話なのですが、では、人の、相手の心に寄り添うということについて、日本の古典本から例をあげてみると、「商い」について考えを述べたものなのですが、人付き合いにも通じるものがあると思います。
江戸時代に石門心学を築いた石田梅岩の「都鄙問答(とひもんどう)第一巻「商人の道を問う」に、その根幹が記されています。それには「働いて得るお金はお客様からいただいたものである」という教えがあり、これが人と人との関係の根幹をなす考え方です。この認識を失えば私利私欲に立脚した自分本位に陥ってしまいます。だが、日本人は「お客様は神様です」という顧客上位の風潮がありますが、それは間違っています。提供するものがあれば受けるものが居る、相関関係でなりたつものなのです。欧米ではサービスを提供する、それを享受する。サービスによる料金の受持は対等な立場なのです。
別の視点から考えてみますと、人間が人間として本質的に持たなければならない心のあり方、それは人を慈しむ心、思いやりで、私はこれを「人の心に花一輪、棘を残さず花を残せ」の精神だと考えてきました。
中国の古典「論語」に書き記された話ですが、孔子が自らの生き方について「吾が道は一、以てこれを貫く」と弟子たちに説きました。弟子たちは「吾が道は一」という意味がわからず、孔子の高弟である曾子にその意味を聞くのです。曾子が言うには、「吾が道は一」とは、「忠恕(ちゅうじょ)」であると教えるのです。「忠」とは誠、誠実な心であり、「恕」とは慈悲深い思いやり。つまり「誠実な思いやり」という意味なのです。
「忠恕」の教えも「人の心に花一輪」も思うところは同じで、誠実な思いやりを持って人と接し、相手の心に心地よい印象を残すというもので、自らを活かし相手も活かす人間関係のあり方なのです。互いに思いやるということが大切なのです。
昨今、意見が異なると「分断」という言い方をマスコミなどでも使っています。意見の違い、考え方の違い、人種の違い等々、異なることって多いものですが、それを分断というべきではなく、考え方の相違というだけのこと。その相違があることを認識し合い共存することが大切なことで、「忠恕」であり「人の心に花一輪」ということだと思うのです。
「恋」布施明:歌yama
数年ぶりに歌ってみようかなと思い、昨年暮れにボイストレーニングをはじめ、そのときに挑戦した曲です。
導入部分が難しく何度もやり直しましたが、「こんなんでいいかな」と諦めムードでトレーニングを終えたものです。
ブレスも今一、それよりも横隔膜筋が衰えていて押しがきかない。
今、一休みしていますが、また挑戦してみます。とりあえずこ容赦を。
暑くて閉じ籠りの一日となったが、幸いにも得意先の株主総会や総代会の資料整理もありそれに没頭できた。
花の写真を趣味としているわりには蝶の写真は少ない。少ない中から何点かをアップしてみました。
フィルムカメラ時代のものもありグラデーションがかなり異なります。
ウトウト昼寝をしてしまった。 何やら肩のあたりが急に冷たく感じて目が覚めた。寝付く前までは晴れていたのだが、この時節、急に強い風がふき涼しくなる時は決まって雨が降る。 「ハット」我に返りベランダを見ると、やはり雨だ。 妻は奥の部屋で寝ていて気付いていない様子。 急いで洗濯物を取り入れたが、本降りの雨だったため物干しの物はかなり濡れてしまったが、干し物掛けのほうは窓際に置いていたため何とか無事だった。
やれやれ、昼寝の続きを・・・。だけど横になっているだけで寝付くことはなかった・・・・
写真は京都東本願寺「渉成園」
京都タワーが借景となって見える
梅雨ともなれば梅酒作りをという方も多いかと思う。
京都ではこの時期、特別な和菓子「水無月」をお茶のお供にという家庭も多い。
白いういろうの上に小豆を散らして固めた生菓子で、透明感のある涼し気な感じで三角形の形をしている。そして「半夏生」を茶掛けと共に活けるというのも粋な風習。
「半夏生」といえば、京都東山の禅寺「建仁寺」の塔頭のひと「両足院」が広く知られている。
何年か前に撮りに行ったことがあった。USBメモリーの写真アルバムを開いていると、その写真が出てきた。
これまで写真サイズを800ピクセルにてアップしておりましたが、大きすぎてグロテスクに見えてしまうことから、推奨サイズの640ピクセルにて貼り付けることにしました。メモリー容量も節約できるので・・・。
梅雨入りしたばかりだというのに、梅雨が明けたような猛暑となった。
昨日出稿したゲラが印刷所からFAXされてきた。さっと目を通すと手直しするような箇所が見当たらず、本社校正担当へ送るように印刷所へ連絡を入れた。
腱鞘炎で痛めた指と肩、首筋のツボに低周波をあてながら20年前の日記を紐解いて見た。
妻が東京の実家へ、母の介護から帰ってきた日のことが綴られていた。
・・・・・・・・・・・
「待望の雨である。ここのところ連日猛暑が続き、ベランダは鉄板を敷き詰めたような熱さで、鉢植えの観葉植物たちも悲鳴をあげていた。水やりは欠かさず怠らずであったから枯れずにすんでいた。地方に居た頃は、庭も広くテラスなどもあったことから、盆栽や歌壇などもつくり楽しんでいた。盆栽は小品盆栽で50鉢近く世話をしていたが、東京に住まうようになり、しかもマンションがあてがわれたことから、引越しの前に、部下や世話になった方々に皆、お礼代わりにお配りした。一つだけ大鉢(火鉢大)に大雪石楠花を植えて可愛がっていたのを、某自動車関係の社長にプレゼントしたのだけは惜しまれた。それから東北の福島に再び転勤したが、以来、盆栽からは手を引いた。
「忘れずに、水をお願いしますね」、と念を押して上京した妻が大切にしている鉢を枯らすことはできず、毎日、丹念に水をさした。
妻は実の母が転んで骨折し入院をしたことからの上京であった。85歳になろうとしている母は、痴呆も進行しはじめ同時に乳がんも患って、このたびの骨折。苦労をしてきた母が、悠悠自適の生活に入ったのは30年も前になるが、長男と同居し、嫁、姑の関係で必ずしも自由の身とはならなかった。
次男は若くして2児を残し交通事故でこの世を去った。夫も50半ばで病死。母は嫁に来た時から、舅、姑で泣かされ生活も楽ではなかったようなのだ。そんな母が哀れで、妻にはできるだけ上京し親孝行するようにと言ってある。
自分は単身赴任や独身時代が長かったこともあって、独り暮らしには慣れており、「なんてことないよ、心配しないでいいからね」と、言ったものの、2週間も経つといささかだらけてしまう。炊事、掃除、洗濯、何ともないよとは言ったもののやはり面倒。次第にコンビにやスーパーで出来合いのおかずを買ってきたり、洗濯も3日に1回のペースになったり、掃除も日を置くようになった。
3週間が経った今夜、妻が帰ってきた。特別な会話もなかったが、居るだけでいつもの環境が整ったということか、ホッとするのである。疲れて帰ってきた妻は、居間で座布団を枕に、両足を座卓の上に乗せて、高いびきで眠っている。母の看病と兄嫁に気を使って、さぞかし疲れたことだろう、そっと寝かせておこうか。」
・・・・これが7年も続いた----。