2010-1130-man0042
万葉短歌0042 潮騒に0030
潮騒に 伊良虞の島辺 漕ぐ舟に
妹乗るらむか 荒き島みを 柿本人麻呂
万葉短歌0042 Shu1141 2010-1130-man0042
□しほさゐに いらごのしまへ こぐふねに
いものるらむか あらきしまみを
○柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)=原文は「柿本朝臣人麻呂(かきのもとの あそみ ひとまろ)」。
2010-1130-man0042
万葉短歌0042 潮騒に0030
潮騒に 伊良虞の島辺 漕ぐ舟に
妹乗るらむか 荒き島みを 柿本人麻呂
万葉短歌0042 Shu1141 2010-1130-man0042
□しほさゐに いらごのしまへ こぐふねに
いものるらむか あらきしまみを
○柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)=原文は「柿本朝臣人麻呂(かきのもとの あそみ ひとまろ)」。
2010-1129-man0041
万葉短歌0041 釧着く0029
釧着く 答志の崎に 今日もかも
大宮人の 玉藻刈るらむ 柿本人麻呂
万葉短歌0041 Shu1141 2010-1129-man0041
□くしろつく たふしのさきに けふもかも
おほみやびとの たまもかるらむ
○柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)=原文は「柿本朝臣人麻呂(かきのもとの あそみ ひとまろ)」。
2010-1128-man0040
万葉短歌0040 嗚呼見の浦に0028
嗚呼見の浦に 舟乗りすらむ をとめらが
玉裳の裾に 潮満つらむか 柿本人麻呂
万葉短歌0040 Shu1141 2010-1128-man0040
□あみのうらに ふなのりすらむ をとめらが
たまものすそに しほみつらむか
○柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)=原文は「柿本朝臣人麻呂(かきのもとの あそみ ひとまろ)」。
2010-1127-man0039
万葉短歌0039 山川も0027
山川も 依りて仕ふる 神ながら
たぎつ河内に 舟出せすかも ○
万葉短歌0039 Shu1132 2010-1127-man0039
□やまかはも よりてつかふる かむながら
たぎつかふちに ふなでせすかも
○柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)?
2010-1126-man0037
万葉短歌0037 見れど飽かぬ0026
見れど飽かぬ 吉野の川の 常滑の
絶ゆることなく またかへり見む ○
万葉短歌0037 Shu1132 2010-1126-man0037
□みれどあかぬ よしののかはの とこなめの
たゆることなく またかへりみむ
○柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)?
2010-1125-man0035
万葉短歌0035 これやこの0025
これやこの 大和にしては 我が恋ふる
紀伊道にありといふ 名に負ふ背の山 阿閉皇女
万葉短歌0035 Shu1130 2010-1125-man0035
□これやこの やまとにしては わがこふる
きぢにありといふ なにおふせのやま
○阿閉皇女(あへの ひめみこ)。
2010-1124-man0034
万葉短歌0034 白波の0024
白波の 浜松が枝の 手向けくさ
幾代までにか 年の経ぬらむ 高市古人
万葉短歌0034 Shu1127 2010-1124-man0034
□しらなみの はままつがえの たむけくさ
いくよまでにか としのへぬらむ
○高市古人(たけちの ふるひと)=「高市黒人[(たけちの くろひと)]の誤り。」
2010-1123-man0033
万葉短歌0033 楽浪の0023
楽浪の 国つ御神の うらさびて
荒れたる都 見れば悲しも 高市古人
万葉短歌0033 Shu1124 2010-1123-man0033
□ささなみの くにつみかみの うらさびて
あれたるみやこ みればかなしも
○高市古人(たけちの ふるひと)=「高市黒人[(たけちの くろひと)]の誤り。」
2010-1122-man0032
万葉短歌0032 古の0022
古の 人に我れあれや 楽浪の
古き都を 見れば悲しき 高市古人
万葉短歌0032 Shu1124 2010-1122-man0032
□いにしへの ひとにわれあれや ささなみの
ふるきみやこを みればかなしき
○高市黒人(たけちの くろひと)=原文題詞は「高市古人」、依拠本訓は「たけちの ふるひと」、同釈注は「高市黒人[(たけちの くろひと)]の誤り。」 原文左注に「或書云高市連黒人」。「黒人は伝未詳だが、皇室直轄領大和六県(ろくあがた)の一つ高市県(たけちあがた)を宰領した県主家の出身らしい。この高市県主が傅育(ふいく)したらしい皇子に高市[2字傍点]皇子がいる。黒人は、この皇子を介して宮廷に出仕したものか(…)。」左注釈注項は、「この記述が正しい。他に作者の疑問のある一首を除けば、集中に一八首を残す。すべて短歌で、旅の歌が目立つ。」
【編者注】1(参照本・岩波版の注)題詞の作者名「高市古人」は、歌の初句原文「古人」から紛れて誤り伝えられた可能性がある。題詞の注に「或書」の本文として記された「高市連黒人」をもって正しい作者名と見るべきであろう。黒人には「近江旧都」を詠んだ歌がもう一首ある(305)。
2(参照本・小学館版の人名注「高市古人(たけちの ふるひと)」)未詳。高市黒人の「黒人」を32の歌の原文の初め二字の「古人」と誤ったものとも考えられる。
3(同上人名注「高市連黒人(たけちのむらじ くろひと)」)伝未詳。持統(じとう)・文武(もんむ)両天皇のころ、宮廷歌人として活躍した。行幸に供奉したほか各地に旅行し、旅の歌を多く詠んだ。残っている歌は十八首、短歌ばかりだが、印象鮮明で自然観照的なものが多い。58,70,270-277,279,280,283,305,1718,4016;32題
2010-1121-man0031
万葉短歌0031 楽浪の0021
楽浪の 志賀の大わだ 淀むとも
昔の人に またも逢はめやも ○
万葉短歌0031 Shu1116 2010-1121-man0031
□ささなみの しがのおほわだ よどむとも
むかしのひとに またもあはめやも
○柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)?=第29歌(長歌)詠者。
2010-1120-man0030
万葉短歌0030 楽浪の0020
楽浪の 志賀の唐崎 幸くあれど
大宮人の 舟待ちかねつ ○
万葉短歌0030 Shu1116 2010-1120-man0030
□ささなみの しがのからさき さきくあれど
おほみやびとの ふねまちかねつ
○柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)?=第29歌(長歌)作者。「持統・文武朝の下級官人で宮廷歌人。『古事記』の始祖伝承に第五代孝昭天皇の子天押帯日子命(あめおし たらしひこの みこと)の子孫として和珥(わに)氏一族をあげている中に、柿本臣(おみ)の名がある。和珥氏一族は今の奈良県天理市和爾(わに)に蟠踞(ばんきょ)した雄族で、代々皇妃を多く出して大和朝廷に臣従した。年代の知られる歌々の様相から推定すると、人麻呂の死は奈良遷都以前、和銅元年(七〇八)頃だったらしい。年五十数歳か。」(第29歌注)
2010-1119-man0028
万葉短歌0028 春過ぎて0019
春過ぎて 夏来るらし 白栲の
衣干したり 天の香具山 持統天皇
万葉短歌0028 Shu1112 2010-1119-man0028
□はるすぎて なつきたるらし しろたへの
ころもほしたり あめのかぐやま
○持統天皇(ぢとう てんわう)。
2010-1118-man0027
万葉短歌0027 淑き人の0018
淑き人の よしとよく見て よしと言ひし
吉野よく見よ 良き人よく見 天武天皇
万葉短歌0027 Shu1109 2010-1118-man0027
□よきひとの よしとよくみて よしといひし
よしのよくみよ よきひとよくみ
○天武天皇(てんむてんわう)=原文は「天皇」。
【編者注】「天皇」の読みは、依拠本は他の個所で「すめらみこと」とするが、編者は以後「てんわう」とする。
2010-1117-man0024
万葉短歌0024 うつせみの0017
うつせみの 命を惜しみ 波に濡れ
伊良虞の島の 玉藻刈り食む 麻続王
万葉短歌0024 Shu1098 2010-1117-man0024
□うつせみの いのちををしみ なみにぬれ
いらごのしまの たまもかりはむ
○麻続王(をみの おほきみ)=未詳。「天武朝の官人。」
2010-1116-man0023
万葉短歌0023 打ち麻を0016
打ち麻を 麻続の王 海人なれや
伊良虞の島の 玉藻刈ります 人
万葉短歌0023 Shu1098 2010-1116-man0023
□うちそを をみのおほきみ あまなれや
いらごのしまの たまもかります
○人(ひと)=「時の人、の意。社会時評ともいうべき時人(じじん)の歌はすべて仮託の歌と見てよい。」