コワモテなのに、いつもにこやかに話をしてくれる伊藤さんが、その日はえらく不機嫌で、むすっとしている。横に座ってる伊藤さんの同僚の佐野のおじさんは、いつもどおり無精髭をはやして、タバコをのみながら、ちょっとろれつが回らないような、しゃべり方で、こちらはいつも通りでちょっとホットした。
それは西宮のとある酒造でバイトしていたときのこと。工場ではいろんな部署があるものの、毎朝リーダーが割り振るため、出勤してみないと、誰と、どこの部署にあたるかはわからない。
一緒の部署になった伊藤さんが終始無言だったのは、業務時間が終わってからわかった。その日は、工場のなんかの記念日で、バイトに日本酒が配られたのだ。
配られた酒は中途半端なものではなく、金粉入りで、白い布に包まれて箱詰めされたもの。そこの工場で生産している最高の大吟醸だった。
私は初めてだったので、ビックリしつつ、そんな中で、なぜか伊藤さんと佐野さんがもらってないのが気になり
「あれ?伊藤さんらは?」
「わしら、出向やからもらえへんのや」
と言いつつ、更衣室へ。
それで今日は不機嫌やったんか??
出向の人がもらえない理由は不明だけど、現実もらえていない。私は当時からビール派で、日本酒は全く飲まないし、もって帰っても意味がないので、更衣室で先に着替えて帰る伊藤さんとすれ違うとき、
「伊藤さん、これあげますわ。ボク日本酒飲まへんし。佐野さんにも飲ませたってください」
「ほんまか?、ええんか?」
というわけで、きっと軽く10歳以上は年上だったと思われる伊藤さんが、
めちゃめちゃうれしそうにしてるので、あげて良かったと。
それから伊藤さんに気に入られたようで、部署が一緒になったとき、これまでの話した内容に比べると、相当ヘビーになっていった。
「前、兄貴が淀川に浮いとったいうて、警察から電話あってな」
「げ!」(私)
「しゃーないから行ったったら、所持金15円や言われて、わし、恥ずかしかったわ。恥ずかしいからあんま誰にも言ってへんねんけどな」
「いや、そいう感じっすか」と変な受け答えをする私。
見た目もただ者ではなさそうでしたが、
「前、飲み屋でなんや若いやつらと喧嘩なってな
ボディービルダーやな、あれ、こんなごつい体しとって、
そんなもん勝てるわけあれへんやん。
わし、ボコボコに殴られてんけどな。知り合いのやくざにすぐ来てもろて
やりかえしたったんや。そいつ泣いて土下座しとったわ」
「げげ!」
下ネタもあるのですが、下品なので書けません。
バイト期間はたしか2ヶ月ほど。
佐野さんもけっこうおもしろい話をしてくれたんですが、ろれつが回ってないような、
話し方のせいか、あまり覚えてないのが残念。
それでも、伊藤さん、佐野さんのおかげで
けっこう楽しい2ヶ月でした。彼らの過去を詮索するとちょっとビビるのですが^^;
今も元気でいて欲しいものです。