遊ちゃんと2人だけの夜

・・自分記録の独り綴り・・

人はなぜ縊死を選ぶのか

2019-06-15 21:25:09 | 不思議なこと
風が強い。
ここら辺りではこれをダシの風という。
東風と書いてダシの風。
しかし、どうかな。
こんな強風もダシの風に入るのかな。台風並みだ。



倒れたジャガイモの茎は、
あたし、もう立ち上がれないわ、と寝転び、
すっくと立って、数日前からの強風に耐えていたのも、
今回はあきまへん、と倒れてしまった。


朝の6時から、私は薔薇の護衛に当たる。

数えると110以上咲いて散ったストラボバビロンの枝を剪定して低くし、
ツボミをたくさんつけているジャストジョイに添え木をし、
この風にさらされるよりは、と咲いてる子は切り花にし、
鉢植えはすべて風除室や風の当たらぬ場所に移した。

今、夜になって、風はさらに強まった。

冬の音がする。
夜中に恐竜が唸るのだろう。




人はなぜ縊死を選ぶのか。



我が家から直線距離で200メートル。
車で曲がって曲がって1分半の家の、23才の男の子がクビを吊った。

今日は15日だから、2日前のことだ。
私が知ったのはさっき。


縊死はやめて。


彼は自宅でクビを吊った。
そういえば、2日前、救急車の音がしていた。

どこに住んでもそうだが、
救急車のサイレンは珍しくない。

この辺でも頻繁に救急車が通過する。
この地域で救急車といえば、たいがい老人を乗せる。
ああ、また、どこかのお爺さんかお婆さんが倒れたかな、と思う。
親類や母の葬儀に多額の香典をもらった人でなきゃいいが、とも思う。
何しろ、こちらでは、葬儀が多い。
極力かかわらないで過ごしたい。
一番多かった月は三軒の葬儀に関わり、香典でめまいがした。


それはともかく、
2日前の、あの音が、ソレだったのかもしれない。


私は半分、今もよそ者だから、
その家に誰が住んでいるかも知らなかった。


アジのマリネを取りに来て、美味しいのができたから。
と、叔母から電話が来て、叔母宅に行って聞いた。

なるほど、
あの家の息子の23才が・・



叔母が作るアジのマリネは、その時々によって味が違う。
今日のはパーフェクトに美味しい。珍しく甘くない。

ローソンで買い物して、
クジで当たった500ミリ缶酎ハイをロックで飲みながら、
叔母の新タマネギたっぷりのマリネを食べ、
5回くらい見たサイコサスペンス映画をBSで観ながら、

人はなぜ縊死を選ぶのだ、
としみじみ、
そう、しみじみと私は考えた。
この缶酎ハイはアルコール9%、回りが早い。




縊死を選ぶな。

ましてや自宅では。
自宅周辺でも。

駒沢公園でも。

他人宅は言うまでもなく。


縊死を選んではならない。


自宅マンション、持ち家、転売がきかなくなる。
転売のできない不動産なんか価値がない。いずれ負債だ。

とにかく家族が住む家では首を吊るな。



最近読んだネット記事に、
自殺する者と、
死にたいと何度も思いながら死なない者の脳は違うのだと書いてあった。
自殺の最後の決め手は、やはり発作的なものだとか。

常にネット記事はテキトーにしか覚えてないが、
ちょっと、なるほどねえ、と感じた。

最後は、発作的に死に向かう。
その発作的にやってしまう脳と、思い留まる脳の違いが、
どうだらこうだら書いてあった。

最後の最後は発作的じゃなければ、できないかも。
この世には、その一歩手前で生き延びていく人に、溢れているかも。


死のうと決意したら、

で、
運転免許があり、車があるなら、
30分か1時間ドライブして、
もっとロングドライブでもいい、

ドライブしても、
どうしても死ななきゃやらないなら、

海か山か、
どこかの急カーブから落下せよ。


自殺か事故か、身内すら判然としない、

だけど、これは事故だった、
というストーリーで始末できるようにして死んでゆけ。


できない?
いや、できないはずはない。
死ぬまで思い詰めたら、それくらいできる。


きちんと上手くクビを吊ると、
だいたい17秒で人は死ねるらしい。
最後は酸欠になりふわっと気が遠のくらしい。
ほんとかどうか知らないけど、ネットに書いてあった。


死んだ後のことなど考える余裕もないから、
辛くて耐え難くて死を選ぶのに、

その死に方はダメだなんて、
言ったところで何にもならない、
死にゆく人にバカなことを!

と、言えるのは、

身近に縊死した者がいない人。



イシ。
死亡診断書には、そう書かれる。
特別な所に死亡診断書をもらいに行かねばならない。
三親等以内の人が。

だから、17歳の息子を連れて文京区まで行った。
私はすでに離婚してた。
17歳だぞ、17歳。
息子は、縊死という字を初めて知った、とぼつりと言った。

聞こえてるか、ビデオ!
17歳の息子が書類にサインしたんだぞ。
あの時の息子の、
怒りと絶望感を押し隠して無表情を装った顔を見たか。
大バカ野郎!
死んだ後はさらに何重にも父親失格。




誰が言わなくても私は言う。


3日発見が遅れてごらん。
足は緑色よ。
緑色の足、見たことがあるかな。ほんとに緑色。


吊るしたのが金属だったら、
首が切れて体が落ちるってさ。
コマザワコーエンの警備員がよく言ってた。
ああ、またかよ、参るよなあ、って。


自ら吊った姿を発見した家族は、
一生その映像を目に焼き付けて生きる。

そうさせたいから吊るのか。
自分は苦しかったのだと、見せつけたいから。

当てつけでやる意味があるなら、それはそれ。

同情して悲しんでほしいなら、首吊りは違う。


死ぬことだけが頭を占めて、
他のことなど1ミリも想像できないくらい行き詰まっていたとしても、

残された家族は、
あなたが生きて悩んだ以上に、生きて苦しむ。


海か山で、
事故に見せかけて自殺しなさい。

そしたら家族は、
自殺かなと思いながらも、
あなたの死を悲しんで、あなたの生を美しい物語にして、
なんとか耐えてきれいに生きていける。

縊死を選ぶな。
家族はどれだけの面倒と屈辱と傷を背負うか。




死者を責めるのは私くらい?

いえ、それでも責める。


私はビデオの縊死を今も許さない。
しかも不動産会社をやってた奴が、
神宮ど真ん中のお高い自室マンションで首を吊るとは、バカが!
その部屋、事故物件にしてどうする!



もう酔いも覚めてきた。

今日聞いたご近所の件は他人事だ。


しかし、気が滅入る。
発作的に死ぬ前にドライブに出るべきだ。






ドライブして、
それでもどうしても死にたかったら、
対向車も人気もない場所で、
木に突っ込むなり、ガードレールを突っ切りなり、
海なり崖なり、どこにでも突っ込んで死んで。
事故死にならなくても、自殺だと判っても。


首を吊って、その写真を警察で娘が確認させられるよりはマシ。
世界で一番好きなパパの足が緑色になっているのを見るよりマシ。

死んで、あなた、ふわり安らかな魂となってしまったかしら。
その後も生きて苦しみ続ける娘を、空からゆるり気ままに眺めてるかしら。


気楽な奴。
17秒で死にやがって。


ビデオには車で突っ込めと言いたい。今でも。

そしたら、あなたの死を私が上手くきれいごとにしてみせた。
娘にも息子にも誰にでも。

それなら迷惑も多少減ったわ、確実に。





さて、タブレットで映画見て寝るか。














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