夜更けて つらつら思いこと。
前回の寒がり女性、
会った時に、私にこう聞いた。
「えー! 夕方、海を散歩して怖くないですか?」
私は一瞬、何のことか分からず、
「暗くなるまではいないわよ。」
と答えた。
すると、
「1人で、ですか? 」
とさらに驚いたような顔で言う。
いったい何のことやら・・
雨の日以外、私は夕方、ワンコと海辺を散歩する。
そんなもん、ワンコ散歩は通常飼い主1人に決まってるじゃない。
彼女の言葉がチンプンカンプンだから、テキトーに返事した。
「釣り人がいつも10人くらいはいるけど。」
晴れた土日はその3倍はいる。
よく釣れる場所らしく、邪魔なくらいたくさん来る。
彼女は呆れ果てたという顔で、声を張り上げた。
「 危なーい! クマが出るかもしれないのにー!」
・・はぁ?
クマって、・・もしかして、熊のこと?
呆気にとられた。
「海に熊なんか、いないわよ」
ちょっとムッとした。
わたくしの地元の海辺に、なんで熊がのしのし歩いていると言うのだ。
すると、最近東京から移住したばかりの女性が話に入ってきた。
「だって、熊の注意情報、出たよね? 親子の熊が海にいた、って。」
「そうそう! 市から注意情報がメールで届きましたよね?」
「◯北地区の、海の近くだって書いてあったよねえ?」
「それそれ! 海以外にも、あちこちで熊が出てますよねえ。」
「怖いわよねー! 海、行けなーい!」
「怖い怖い。散歩なんか危ないですよ。」
へえ・・
私にはそんなメール来ないわ。
災害緊急メールしか登録してないし。
2人は私を、
やだ、この人ったら、なんで知らないの、おバカさんねえ。
みたいな顔して見てる。
寒がり女性は、すごく山あいの地域に住んでいる。
うちに雪が2センチ降ると、彼女の家には40センチ積もる。
最近移住してきた女性は、私の住む場所を知らない。
その場の空気に調子よく同調する癖がある。
温泉街に買った新居は、前にカモシカが出没した辺りだ。
あのぅ、もしもしぃ、あなた達ぃ、
地形が違うのよ、山が遠いのよ、うちの海は。
◯北地区は、山肌に海岸道路1本あるだけの場所が多いでしょ。
熊出没地も、山から海まで100メートル範疇の所だよ、そこは。
ここは、山から15キロ以上離れてんのよ。
熊さんが辿り着くには、住宅地や道路をいくつも超えなきゃいけないの。
15キロ間、熊を野放しで散歩させるかしらね、住民も警察も。
あなた達の家の方が、熊さん出る確率ははるかに高い。
私が熊さんに出くわす前に、
あなた達はとっくに熊さんに襲われてるわよ。
注意情報はわかったけど、
私はなんだか、シラ〜としてしまって、
頭の中で、ふらっと夕陽の浜辺を散歩した。
あ、潮騒が聞こえる。 あ、陽が落ちる・・
めんどくさくなって、2人に言った。
「そうなんだあ。 熊ねえ。 気をつけよう。」
2人は、ほんとに気をつけてねえ、とため息まじりに頷いた。
人って分かり合えないのが常だもの。
いくら話しても、分かるのは、話が分かる人だけ。
いいわ、彼女達とは通じ合えなくても。
で、帰宅して、シャワーしていたら思い出した。
そうだ、3年前、見たわ、海で。
散歩してたら、
遊ちゃんが急に立ち止まった。前を見たら、
ほんの10メートルくらい先に、こげ茶色の中型犬。
顔は三角、毛は硬そうなフサフサ、ポメラニアンの混ざった雑種?
ひょんひょんと軽いテンポで歩いてくる。
そして、こちらに気づいた三角顔の目と、私の目が合った。
私を見てから、目線を落として遊ちゃんを見た。
犬かな? 飼い主がいない。犬だけ?
遊ちゃんは吠えもせず、私と共にフリーズ。
ひょんひょんも、こちらを見つめてフリーズ。
3秒、世界が停止した。
と、ひょんひょんは向きを変え、
動揺のカケラも見せず、ひょんひょんと草むらの中へと歩き去った。
硬直したまま、疑問符な後ろ姿を見送り、ハッと気づいた。
狸だ。
犬じゃない。
だけど海に狸?
そうだ、ばったり狸と遭遇した事があった。
波打ち際から30メートルくらい離れた、コンクリートの小橋の上で。
砂地ではないが、海辺には違いない。
うーん、狸が出るなら、熊も出るかな。
この海でリュウグウノツカイも網にかかるんだから、
熊くらい出ても不思議はないか?
海に熊くらいいるわよねえ?
・・・やだやだ。
時とともに何でも変わるのねえ。
やっぱり、熊さんに襲われるのは、私の方が先なのかな。